10.任務
幸太郎が銃の扱いにも慣れた頃、その朝は突然やって来た。
「おはよう!!朝早いが、二人にとある任務を頼みたい!!」
二人が居る部屋を、ノック無しで開き、開口一番に炎天はそう言った。もちろん、耳が痛くなる程の大声で。
ちなみに、時刻は朝の四時だった。
「……」
幸太郎も劉牙も、あまりの突然さに文句の一つも浮かばなかった。もっと言えば、劉牙の沈黙は、苛立ち故のものだった。
半ば押し付けられた戦闘服に着替え、幸太郎は眠たい体を引き摺って寮を出た。
□■□
事前に渡された端末に届いた地図を頼りに、幸太郎達はその場所に着いた。
見えたのは、人里離れた山奥にある、大きな別荘だった。近くには車が停めてあり、その屋根には土埃が薄く積もっていた。
「だいぶ経ってるな」
劉牙は、周りの景色を見回しながらそう言った。
「うん。車も置きっぱだし……」
幸太郎は劉牙の後に続いた。
幸太郎はこの数日間、劉牙から虐められる事はなく、僅かだが緊張を解いていた。
(だからって、安心は出来ないけど……)
ちなみに、劉牙からの虐めは、ほとんど馬鹿にされた程度で、肉体的な事は無かったが、当時の幸太郎には堪えるものがあり、苦手意識が根付いていた。
劉牙は扉の前で立ち止まった。
「おいおい……酷い臭いがしやがる」
幸太郎は、劉牙の隣に立つと、鼻を塞いだ。
(何の臭いだ……鼻が潰れそうだ)
「開けんぞ」
劉牙が扉を開けると、その臭いは更に濃くなった。鼻が拉げそうな程だった。
幸太郎は、反射的に腕で鼻を塞いだ。それでも、間を縫って、臭いは鼻に入り込んだ。
「慣れるまで塞いどけ」
「う、うん」
劉牙は、鼻をハンカチで塞ぎながら、幸太郎の前を歩いた。
中は、別荘とは思えない程の荒れ様だった。物が散らかり、壁には引っ掻いた跡があり、何より全体的に薄汚れていた。
何かが起きたのかは明白だった。
「汚ねぇ。足の踏み場もねぇな」
劉牙は、物を避けながら、終始舌打ちと悪態をついていた。
どこの部屋も荒れており、人が居る気配も無かった。静寂さだけが妙に目立っていた。
(生活の跡が見えない)
幸太郎は、キッチンや風呂場を見たところで、違和感を感じた。
炎天の説明では、三週間前に失踪したはずだ。しかし、あまりにも生活していた痕跡が見れず、本当かどうか疑わしい程だった。
それから、手分けして調べる事になった。
そう広くはないが、汚れている以外何も情報が得れず、進展しそうに無かった。
幸太郎は庭を調べた後、二階を調べようと、階段に足を乗せた。
「……っ!?」
瞬間、空気が鉛の様に重くなり、次の一歩を踏み出せられなかった。
(これは……嫌な予感がする)
ビリビリと肌に突き刺さる様な感覚がした。「上に行ってはいけない」と、体中から拒否反応が出ていた。
幸太郎は嫌な予感がした。
劉牙を呼ぼうかと考えたが、呼ぶ事はせず、階段を一歩一歩慎重に上った。
片方が異変に気付けばなんとかなる。そう幸太郎は考えた。しかし、それは安直だったとすぐ後悔した。
上に行くにつれて、慣れたはずの臭いが強くなり、何かの息遣いまでも聴こえてきた。さらに、散らかってるうえに、薄暗い。
冷や汗が一筋流れる。音を立ててはいけない様な静寂さ。
幸太郎は、そろそろと静かに進んだ。
息遣いから伝わるのは、人間ではない事。これは確かな事だと、幸太郎は直感した。
そして、その直感は当たった。
寝室だった部屋に佇むのは、人間とは程遠く、蛇の様な顔に、龍の様な尻尾と角。さらに、狼の様な四肢だった。
(まるで、実験の失敗作だ)
見るだけで気分を損なうイレギュラーは、一度威嚇すると、幸太郎に向かって足で攻撃してきた。
「っ……!」
すんでのとこで躱すも、攻撃は止まず、次々に繰り出され別荘を傷付けた。
幸太郎は負けじと避け続け、隙をついて反撃をしようと試みた。しかし、イレギュラーの一撃が、いち早く幸太郎に当たった。
幸太郎の体は吹っ飛ばされ、別荘も壊れた。
外に放り出され、木に当たった幸太郎は、そのまま意識を失った。
□■□
一方で劉牙は、家の周りと中を徹底的に調べていた。
しかし、何も得れず途方に暮れていた。
幸太郎と一度話をしようと探していた頃、突然家中が振動した。地震とはまた違う振動だった。
(……上か)
土埃が上から降っているのを見て、劉牙は二階に上がろうと足を掛けた。
その時だった。一際大きな音と共に、上から物が降ってきた。
ぎょっした劉牙は、冷静に物を避け、収まったところで階段を駆け上がった。
そして、幸太郎が対峙したイレギュラーを見つけた。
二階の状態は酷く、イレギュラーの反対側の壁は無く、外の景色が見えていた。
劉牙は口角を上げると、大剣を構え、イレギュラーに突っ込んだ。
イレギュラーは咆哮しながら、足で攻撃を繰り出した。しかし、劉牙は避けると、すぐに大剣を振った。
「くそったれが!」
その攻撃は、イレギュラーの足に当たり、その肉を引き裂いた。イレギュラーは一瞬怯んだが、すぐに別の足で攻撃した。
劉牙はすんでで避けたが、服の裾がイレギュラーの爪に引っ掛かった。
(やべっ)
ぶんぶんと足を振られ、抜けたかと思うと、一瞬にして吹っ飛ばされ、劉牙は背中を打った。
劉牙の口から小さく呻き声が漏れた。
強烈な痛みにすぐに動けず、攻撃を避ける事が出来なかった。
イレギュラーの爪の間に挟まれると、壁や天井、床へと何度も叩きつけられた。次第に劉牙の顔に、一筋の血が流れてきた。頭を打ったのだろう。
なんとか這い出ると、劉牙はふらふらと立ち上がり、大剣を構え、攻撃を受けるギリギリのところで大剣を振った。
足の裏に横一線の血が流れた。それと共に悲痛な咆哮が響いた。
「舐めてんじゃねぇよ」
息も絶え絶えでそう叫ぶ劉牙に対し、イレギュラーは怒りの炎を目に宿らせ、容赦なく尻尾を振った。
足以上の威力で飛ばされ、遂に壁を突き破り、地面に叩きつけられた。
「……うっ」
だらだらと血が流れ、痛さに目が眩んだ。
イレギュラーは、二階から劉牙を見下ろし、今にもその体に喰らいつこうとしていた。
劉牙は、腕も足も動かず、もう終わりだと覚悟した時だった。
どこからか発砲音がし、イレギュラーの意識はそっちに向けられた。
その先には、目を覚ました幸太郎が居た。幸太郎は向かってくるイレギュラーに対し、冷静に二発撃ち込み、攻撃も避けた。
「っぶな」
イレギュラーの爪は、幸太郎のすぐ脇を通過した。服の脇が少し引き裂かれた。
幸太郎は、意識を戻し今に至るまでの間、どうすれば良いか考えていた。熟考の末、目を狙うべきという結果になった。
狙いを定めながら、避けることは神経を大量に消費するが、幸太郎は踏ん張っていた。
何故なら、劉牙は今動けない状態にあり、応援も呼べない。唯一動ける幸太郎が頑張るしかないのだ。
(大丈夫、大丈夫。落ち着け幸太郎。あれは人参だ。攻撃してくる人参だ)
自分に暗示をし、戦意を奮い立たせ、イレギュラーに立ち向かった。




