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アダムとイブのその先に  作者: まある
20/20

20.茉莉奈の話①

「コーヒーと紅茶、どっちが良い?」


「こ、紅茶で……」


「私も紅茶をお願いします。」


解剖室の奥にあったのは、小さなキッチンと申し訳程度の茶葉や調味料が並んだこじんまりとした部屋だった。三人程度なら余裕で談笑が出来るくらいだ。


そんな部屋で幸太郎(こうたろう)茉莉奈(まりな)は椅子に座らされ、紅茶を用意する莉々(りり)を待っていた。僅かに沈黙が落ちたが、暫くして莉々が「あのね」と口を開いた。


「これから話す内容は、遅かれ早かれ能力者として知らなければいけないことよ。だから貴方達がそれぞれどう受け止めようが、『しょうがない』の一言で終わることなの」


そう言いながら紅茶を用意していたため、幸太郎から莉々の表情は見て取れなかった。しかし、声音が幾分低く話す内容が暗いものだと思った。あれこれ思考を巡らせている間に、莉々は紅茶の入ったカップを幸太郎の前に置いた。


「能力を得るということはね、それなりの覚悟___とは言うけど、ほとんど()()()()うちにが多いけど___が必要なのよ。でもそんなことどうでもいいのよ」


「えっと……?」


「ここで一番大事なのは、『何を犠牲にしたか』『なにが条件なのか』なのよ」


「犠牲、条件……」


幸太郎は理解しようと言葉を噛み砕こうしたがそれは不可能に終わった。


「貴方の場合、『誰かの死』が条件で『心臓』が犠牲かしらね」


「___あ」


莉々の言葉にようやく話を飲み込めた幸太郎は、唇が痙攣(けいれん)するほど青ざめた。そんな幸太郎を横目に茉莉奈は怒りでも悲しみでもない声で、


「たまたま私の弟だったというだけです。別に気に病む必要はありません」


そう言った。


「確かに彼女の言う通り、能力を得るという事はこういうことなの。何かを得るためにはそれに見合う対価を払わなければならない。これは絶対的なの」


幸太郎を(なだ)めようと莉々がそう言ったが、幸太郎は俯いた。


(どうしよう……櫻井さんの横に立つ資格がない。顔を、上げられない)


どうしようもなく幸太郎が縮こまると、莉々が口を開いた。


「最初に言ったでしょう? これは『しょうがない』話だって。彼女自体もう(ゆる)しているんだから、貴方がいくら気に病んだところで迷惑な話よ」


「でも……!」


「とにかく私は仕事に戻るから。帰る時はティーカップとポットを洗って置いといてちょうだい。それじゃあね」


パタンと扉の閉まる音がして、部屋に残ったのは二人と気まずさだった。幸太郎がどう声を掛けようか、そもそも掛けても良いものなのか悩んでいると、茉莉奈が先に口を開いた。


「亜門さんが言った通り、私は幸太郎さんを随分前から(ゆる)しています。というよりも、龍太が死んだ時からかもしれません」


「死んだ時から……?」


思わず顔を上げた幸太郎と茉莉奈の視線がぶつかり、茉莉奈は微笑んだ。


「やっと顔を上げてくれましたね。私、親友……いえ、友人を犠牲にしたんです。引きますよね、こんな薄情な人間」


「そんなことは、ないよ」


「嘘でもそう言ってもらえると助かります」


「嘘じゃ」


茉莉奈は幸太郎の言葉を遮ると、


「何も返事をしなくていいので、独り言に付き合ってくれませんか?」


懇願するように訊く茉莉奈対し、断る理由のない幸太郎は小さく頷いた。


「私が十二歳の時の話です」




□■□




父親が警察官であったため、その子どもである茉莉奈と龍太は厳格に育てられた。とくに姉である茉莉奈は常日頃から管理され、修学旅行すら許されなかった。ゲームはもちろん、漫画などの娯楽は一切与えられず、あるのは参考書だけだった。いよいよ母親が見兼ねてテーマパークへ連れて行こうとしたが、あっけなく父親にばれてしまい不発に終わった。


その結果、茉莉奈は真面目で融通が利かない味気のない人間になってしまった。何より厄介だったのは度が過ぎた正義感だった。嘘を嫌い、間違いを許さず、自分の意見を貫いた。低学年ではヒーローのように憧れの視線を送られていたが、次第にその視線は消えていき煙たがられるようになっていた。


そして小学六年生に上がる頃には、『茜』と二人ぼっちになってしまった。互いに頼れる関係が他にはなく、依存する他なかった。そうやってぬるま湯につかるような、相変わらずな日々を過ごしていた。


しかし突然ヒビが入った。


「ねぇ、どうして言いなりになるの?」


「___は?」


その茜の一言に混乱した茉莉奈が答えあぐねると、茜はすぐに「ごめんね」と別の話題に切り替えた。しかし茜と別れた後も茉莉奈の頭にその言葉が浮かび続け、もやもやした気持ちが心を覆った。


それから夏休みが過ぎ、茜と会う時間は減った。しかし受験前日の放課後、茜は茉莉奈の腕を掴んでどこかへ走り出した。突然の行動に驚いた茉莉奈は「待って!」と叫んだ。


「ちょっと! どこ行くの!」


このまま塾をさぼれば父親に怒られることは目に見えていた。その恐怖心から茜の手を振りほどいた。すると茜は立ち止まり、暫くそのまま動かなかった。


「ねぇ、私これから塾に行かなきゃあいけないの。茜に構ってられないよ」


茉莉奈がそう言うと「……がい」と小さく聞こえた。あまりの小ささに聞き取れなかった茉莉奈が、「なに?」と首を傾げると、


「お願い……! これで()()だからついてきて」


そう言って振り向いた茜の目には涙が溜まっていた。どこか懇願するように言われ、茉莉奈はただ黙ってついていくことしか出来なかった。だから何が最後なのか、なぜ泣いているのか聞くことはなかった。

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