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アダムとイブのその先に  作者: まある
19/20

19.心当たり

早々に病室から追い出された幸太郎は、メモに書かれた物達を求め、部屋に入っては棚の上段から下段まで血眼になって探すを繰り返していた。


それはもう凄まじい形相で。


幸太郎とすれ違う者は皆、目を合わさない様、決して声を掛けられぬ様、さながら祈る気持ちでそそくさと通り過ぎていった。


当の本人は気付かず___残念ながらそれを(さと)してやれる者も居ないが___かれこれ三時間は探していた。


(あとちょっとなんだけどな)


そのちょっとが見つからないのであれば、頼んだ本人である莉々(りり)___ちなみに、莉々は頼んだ事をすっかり忘れていた___に聞けば良いのだが、それすら思い浮かばない程に真剣だった。いや、最早意地と言ってもおかしくはないだろう。


しかし見つからない現状があり、最初こそ粘っていた幸太郎も次第にやる気をなくしていった。


それはもう風船の如く。


(……一旦、休憩しよう。そうしよう)


一人で勝手に納得した幸太郎は、休憩室の椅子にどかっと腰を下ろした。幸い、人は居らず幸太郎ただ一人だけだった。


長時間熱中していたからか頭がぼんやりする、とふわふわした頭で思えば、ふいに声を掛けられた。


「お疲れ様」


そう言って紙コップを差し出してきたのは茉莉奈(まりな)だった。


三ヶ月前、弟である龍太(りゅうた)を目の前で失った茉莉奈はろくに食事も取らず、三日三晩泣き腫らした挙句、「龍太が待ってるから」と言って窓から飛び降りようとした。精神的にも肉体的にも危険な状態が続いたが、時間の経過と周りの支えがあって何とか正気を取り戻し、今では幸太郎が話し掛けても泣かない程になった。


それでも隙あらば死の事を考え実行しようとする場面も少なからず、人の目が必ずある場所___とは言っても、病室から休憩室までの範囲であるが___への行動は許されていた。


「ありがとう、櫻井さん」


そう言って幸太郎が受け取ると、茉莉奈も前の席に座った。


「だいぶ疲れている様だけど、何かあったんですか?」


「あ……あはは。やっぱり顔に出てるよね」


自虐的に小さく笑うと、幸太郎は事のあらましを話し始めた。終始穏やかな顔で聞いていた茉莉奈は、時折、驚いた様に目を見開いたり「大変だったね」と眉尻を下げたりした。


そんな百面相もとい三面相に幸太郎はひっそりと安堵していた。口に出しはしないが、同期である茉莉奈の事を誰よりも心配していた。それこそ、傍で支え続けたのは言わずもがな幸太郎であった。


そして、幸太郎の話を聞き終えた茉莉奈は「それなら」と良い手があると言わんばかりに微笑んだ。


「頼んだ張本人に聞くっていうのはどうでしょうか? 本当は一緒に探してあげたいですが、まだ許可が降りてないんです」


微笑みから一転、残念そうに溜息をついた茉莉奈に、幸太郎は慌てて「良い考えだね」と笑った。


幸太郎の経験上、許可云々(うんぬん)の話に触れると再び塞ぎ込もうとするのが常だった。だからこそ、後者には触れずに前者の提案だけを拾ったのである。


「そういえば、劉牙(りゅうが)さんは目覚めたんですか?」


「うん、さっき目覚めたよ。何か伝えたい事でもある?」


予想していなかった質問に驚きつつも、幸太郎は首を傾げた。


「いえ、特にはないんですが……」


言い淀んだ茉莉奈は、幸太郎と目が合うと気まずそうに目を逸らした。いよいよ怪しいと思った幸太郎が口を開こうとした時、「あ、あの……!」と控えめながらもよく通る声が聞こえた。


見れば、見知った顔の少女が居た。


幸太郎が「こんにちは」と笑うと、少女は恥ずかしそうに俯いた。


「妹さん……ではないようですが、お知り合いですか?」


不思議そうに茉莉奈が尋ねれば、「そうだよ」と幸太郎が頷いた。


「この子は亜門さんの部下の……」


「は……はじ、初め……まして。花っ……は、花村っま、真衣……です」


幸太郎に促され、少女もとい真衣は何とか言い切り、幸太郎の背に隠れる様にチラチラと茉莉奈の反応を窺っていた。


そんな真衣と怪訝そうに見つめる茉莉奈を交互に見て、幸太郎は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「ごめんね。この子人見知りなんだ……真衣ちゃん、この人は櫻井茉莉奈さん。僕の友達だから安心してよ」


「と、友達……!?」


”友達”という言葉に驚いた茉莉奈に、今度は幸太郎がおろおろとした。


「ご、ごめん!! 嫌だったら取り消すから!!」


「ちがっ……違います! その、気恥ずかしいというか、何というか……」


顔を真っ赤にした茉莉奈は言葉尻が弱くなり、ごにょごにょと口の中で呟いた後「どうぞ! 話を続けて下さいな!」と強引に促した。


幸太郎は何か気に触っただろうか、と気が気ではなかったが茉莉奈の言葉通りに話を続けた。


「……それで真衣ちゃん。何かあったの?」


少し屈んでそう尋ねると、真衣は「えっと、えっと……」と顔を真っ赤にして俯いた。


「その……は、はん……あ、亜門さんが、おっ、お呼び……です」


「亜門さんが? 分かったすぐ行くよ」


幸太郎がそう返事をすると、真衣が慌てた様にとってつけた。


「さ、ささ……さくっ、櫻井さんも、です」


「え? 私も?」


突然の呼び出しに顔の熱など吹っ飛び、代わりに困惑の表情で首を傾げた。


てっきり幸太郎だけだと思っていた茉莉奈は幸太郎と顔を見合わした後、「行きましょうか」と移動を促した。




□■□




莉々は予想通り、解剖室に居た。今まさに終わったところなのか、汚れた手袋を外していた。


「は、班っ……は、班長……!!」


その光景が怖いのか、ビクビクと肩を震わせた真衣が呼ぶと、


「ちょっと待っててちょうだい」


それだけ言った莉々は奥の部屋に引っ込むと、数十分掛けて出てきた。それも、未だ汚れた白衣のままで。


もちろん、真衣は「ひっ……!!」と叫びながら解剖室を出て行ってしまった。それを見た莉々は「心外だ」と言わんばかりの表情をした。


「本当に手のかかる子ね」


疲れと鬱憤(うっぷん)が限界に達したのか、「そもそも……」と文句を言う莉々を幸太郎が「まあまあ……」と宥めた。そして冷静さを取り戻した莉々は咳払いをした。一瞬で空気が変わった事もあり、幸太郎はビクッと肩を震わせた。


「単刀直入に聞くわ。貴方、能力を手に入れたでしょう?」


「は……?」


突然の問い掛けに驚いた幸太郎に身に覚えはなく、「訳が分からない」と言いたげに首を傾げた。


「検査結果がどうにもおかしくてね……常軌を逸しているのよ」


「でもどれがどうして能力を持ってるかに繋がるんですか?」


「まずは見ろ」


渡された検査結果は確かに常軌を逸していた。特に、心臓部分が。


「……心当たりがあるっていう顔ね」


検査結果を見て明らかに動揺した幸太郎は、莉々に指摘されしぶしぶ”声”の事を話した。


(頭おかしいって思われてそう……)


自分の話があまりにも非現実的で幸太郎自身、信じきっていなかった。


しかし意外にも反応があり、それは否定的な反応ではなかった。むしろ「まぁ、そうだろう」という雰囲気だった。幸太郎はその反応に安心こそしたが、妙な緊張感もあった。まるで秘密にしていたことを暴露する時の様なそれだった。


最後まで話しきると幸太郎はおずおずと二人の顔色を窺った。否定的な反応ではないにしろ、こんな突拍子な話を信じてもらえるとは思っていなかった。


莉々は少し考え込んだ後、「そう」と口を開いた。


「櫻井さん。貴方への話はまだだから席を外しても構わないわ」


「……お気遣いありがとうございます。ですが……私も()()()()()()()()()()と思うので、ここに居させてください」


「別に好きにすれば良いわよ。だけど責任とか一切取らないから」


茉莉奈が小さく頷くと、莉々は溜息をついて話始めた。そして、この話は幸太郎を苦しめるものでもあった。

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