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3・夫婦

 近くの公園に降り立ったラファエルの娘達(エリア、ミリア、イリアと名乗った)は、すぐに傍に停めておいたエアカーに全員を誘導した。エアカーは音もなく最高速で走り出した。自動運転がセットされており、高層ビルの合間を縫って右に左に進路を変えて、万一の追っ手に対応できるようにしてある。だが今のところ追っ手が迫って来る気配はない。逃亡はとりあえず成功したようだった。


 今日は休日であり、運悪く仕事に従事している者以外の殆どが、ミカエルのプロデュースしたイベントを現地か中継で見る事にしていたので、街中に人通りはまばらだった。


「どこへ逃げる?」

「まずはマスターのラボへ。出来ればその方の手当も急ぎたいところですが……」


 霖は高熱を発し、意識も朦朧となっている。


「秋野、しっかりしろ、もう少しだ」


 喘ぐ霖の手を思わずアクセルは握り締めた。どうにかして、無事に地球に帰してやりたい。死んだ竜の為でもあるが、自身の願いにもなっている事にアクセルは気づき始めていた。


「あれくらいでミカエル達が死ぬ筈はない。すぐに追っ手をかけてくる筈だ」


 ウリエルが言う。


「マスターのラボへ逃げ込んでそれで立て籠もる訳ではありません。ラボの地下はセンターに繋がっているのです。ミカエル様達も多分ご存じない筈です」

「そうなのか!」

「センターってなんだ?」

「エデンの中枢だ。その地下にはエデンの都市機能を司る全てがある筈だ。もしもそこを我々が掌握出来れば、ミカエル達も我々の要求を呑まざるを得なくなるだろう」

「勝目が出てきたって訳か。こいつは面白い」


 ウリエルの言葉にアクセルは身体が熱くなるのを感じる。月に来て以来、全く歯の立たない得体の知れないものにいいようにされてきたが、ようやく闘いによって本当の勝利を得る事が出来るかも知れないと思うと胸が躍る。例えうまく行かずに途中で果てるとしても、ここへ来た甲斐はあったというものだ。エアカーは、今は主なきラファエルのラボの地下へ滑り込んだ。皆がエアカーを降りるのと殆ど同時に、遠くからサイレンの音が聞こえてくる。


「もう追っ手が近づいてきましたわ。さあ早く!」


 マリアにしか見えない女に助けられるのはおかしな気分だったが、アクセルは霖を背負い、彼女達の後に続く。

 三千年もの間ラファエルが籠っていたラボは、きちんと整頓され、帰らぬ主の几帳面さを窺わせた。アクセルたちが中に入ると、娘たちは侵入を食い止める為に入り口を爆破した。もちろん、僅かな時間稼ぎにしかならない。

 ラボの地下通路の奥の小部屋に、センターへの直通エレベータが隠されていた。だが、長年機能を停止されていたエレベータのパスを入力する作業に少し手間取る。その間に兵士たちが瓦礫に塞がれた玄関を破り、ラボ内に侵入してきていた。足音が廊下に達した時、ようやくエレベータの扉が開く。


「ここは私が食い止めます。皆様は早く」


 エリアが言う。彼女らは必要に応じて皆の盾になるように、自己犠牲の精神を学んでいるのだ。とてもあのマリアと同じには思えない。

 三人の中で長姉の役割であるらしいエリアがそう言うと、ミリアとイリアは涙ぐんで彼女の手を握ったが、姉の言葉に異を唱えて時間を無駄にする事はなかった。

 人間らしい涙の別れだが、人間の実の姉妹ならば、会ったばかりの他人の為に姉が犠牲になる事を。すぐに諦められるものだろうか……一瞬アクセルはそんな事を思ったが、霖を助ける為にはエリアの申し出を受けるしかない。すまない、と言い残してウリエルら皆はエレベータに乗り込むしかなかった。扉が閉まると共に、激しい銃撃の音が聞こえ、やがて遠ざかっていった。


 エレベーターに乗っていた時間はそんなに長くはなかったが、アクセルには、慣れていない事もあり酷く重い時間に感じられた。鉄の箱に詰められて、どこに向かって動いているのか外も見えないのだ。高速で動いている事はわかるので、今この瞬間にもどこかにぶつかって大破するのではないか、という想像を頭から追い払うのに苦労した。

 しかし実際は十数分の移動で、彼らは目的の場所に無事に着いた。


 センターの地下は機密区域であり、人の出入りはない。厳しい警戒網が敷かれているのは無論の事だが、ミカエル、ガブリエラ、ラファエルだけは出入り自由なキーを持っていた。ラファエルからそれを預かっていたミリアが慎重にそれをかざす。もしやミカエルによってセキュリティコードが書き換えられているのではとウリエルは緊張したが、意外にもすんなりと一同は機密区域に入り込む事が出来た。

 無人のエリアには精密なコンピュータや機械群が所狭しと並んでいる。理解の範疇を越えた機械の部屋……アクセルはもうそれに驚くには、感覚が麻痺してしまっていた。ただ、彼はマリアの顔をした娘たちに向かって叫んだ。


「おい、まずは秋野の手当だ!」

「判っています」


 ミリアはインプットされている記憶を頼りに進んでゆく。アクセルの背の霖はぐったりとして口をきく気力もない様子だ。


「ありました、ここです。このメディカルブロックには、全ての既知の病に対する薬剤が揃っている筈です!」

 ウリエルもアクセルもほっとする。これで、ここまで来た目的の半分は達せられるというものだ。だが、その時、警報が鳴り響いた。

「遂に居場所を突き止められたか。ミリア、早く薬を出してくれ」

「分かりました」

 ミリアが素早くコンピュータに必要事項を入力していく。が、その時、扉の前に人影が現れた。


「おいおい、随分やってくれたじゃないか。俺の面目は丸潰れだ」

「ミカエル!」


 ミカエルとガブリエラの夫妻が立っている。護衛の姿は見えなかった。機密区域なので簡単に兵士を立ち入らせる事は出来ないし、自分たちだけで事の始末をつけられる自信があるのだろう、とウリエルは思った。


「うまく入り込んだつもりかも知れないけど、お前達は袋の鼠なのよ。まんまと誘い込まれたって訳」

「ガブリエラ……君が私を憎む気持ちは解らなくもない。克巳の最期を看取ったのは君でなく私だ。彼は最期まで君の事を心配していた。私を殺すなら殺せばいい。だが、どうかもう、地球に対する復讐心は捨ててくれないか。そこまで克巳を愛しているのなら、彼が護ったものをどうして壊せるんだ?」

「うるさい、ウリエル! お前を殺したくらいじゃあたしの気が済む訳ないでしょう! 三千年も持ち続けて来たこの恨み……」

「その根源は、克巳と共に去った私にある筈だ。私がいなければ、或いは克巳は途中で断念して月へ帰ったかも知れない」


 必死にウリエルは説得を試みる。無駄と思いつつも……しかしその言葉に、ふとガブリエラの表情に戸惑いが浮かぶ。


「そう……お前があたしの克巳を奪った根源……そうだ、それなのになんであたしは、確かめもせずに、お前は死んだと思っていたのかしら?」


 誰も答えようもなかった。ミリアはその間にも作業を進めようとする。だが、無慈悲なミカエルの銃は彼女の頭を撃ち抜いた。


「ミリアっ!」


 血飛沫をあげて言葉もなく倒れる姉の姿に残ったイリアが悲鳴を上げるが、ミカエルは淡々と、


「許可なく動くな」


 と告げただけであった。


「ミカエル?」


 ガブリエラは不思議そうに夫の顔を見た。


「そう言えば、あなたが言ったのよね? ウリエルを殺してきてやった、って」

「そうだったかね? そんな昔の記憶は俺は消去してしまった」

「いいえ、あなただわ。思い出した。一体なぜあたしを騙して?」

「どうでもいいじゃないか、そんな事は」

「よくないわ! そうか。裏切っていたのね、あたしを!」


 叫び様。ガブリエラの銃は唯一の味方であり、三千年を共にしてきた夫に向けられていた。ミカエルは軽く目を見開いた。


「おいおい、何の冗談だ。たかがそれくらいの事……君が奴に執着すると面倒臭いから、奴の記憶を改竄して引き籠もらせた……それだけの事じゃないか」

「それだけ、ですって?! あたしには大事な事よ!」


 場の全員が息を呑んだ。ガブリエラの銃が光を放つ。何発ものレーザーがミカエルの頭部に撃ち込まれた。


「ば、馬鹿なっ! 何をする!」


 ウリエルの叫びにもガブリエラは応じない。狂ったように泣き叫びながら何発も何発も、夫にレーザーを浴びせかけた。


「どうせあたしの手は汚れている。今更、こんな事なんでもないのよ!」


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