6・その夜
「予定通りに行ったようだ」
町の上空に監視カメラを飛ばしていたウリエルがラファエルに言った。二人は町外れのエアカーの中に待機している。
「彼女の勇気には恐れ入るね。僕たちが絶対に助けに来るという保証なんかないのに」
ラファエルの言葉にウリエルは首を振り、
「彼女はたとえ助けのあてなどなくても同じ事をしただろう。元々、恋人の傍で死ぬ為に歩いていたのだから。ほんの数時間話をしただけだが、あの娘は勇気とそして献身に満ちていると判る。我々がとうに失った、人間の感情だ。だが、それは時に大きな力を発揮する可能性がある」
それからふと、
「あの娘が無事に戻れば、あの娘の病を治してやれないだろうか?」
と尋ねる。ラファエルは眉を寄せ、
「そうしてやりたいのはやまやまだが、ここでは無理だ。エデンに帰れば特効薬も調剤できるだろうが……」
「きみのシャトルが破壊され、エデンに帰る道は閉ざされた、と思っているのか」
「ああ。まさかミカエルが迎えを寄越してくれるとは思えないしね。まあ仕方ない。こういう可能性も考えた上で僕はエデンを出たんだ。良ければ、きみの住居に厄介になってもいいかい?」
ウリエルはうっすらと微笑んだ。
「それも悪くはないが、私は彼女の為に冒険をしてみてもいいと考えている」
「冒険……今以上に?」
「そう。我々にとっては、今よりも遙かに危険な冒険だ。失敗すれば、宇宙の藻屑となって、この長い生に遂に終止符を打つ事になるかも知れない」
ラファエルの頬に僅かに赤みがさした。
「まさか……きみはシャトルを持っているのか?」
「三千年ものだがね。手入れは怠ってはいない」
「驚いた……てっきりきみは、エデンに帰らないと決めた時にシャトルも破棄したものかと思い込んでいた」
「別に破棄する必要はなかった。私はものを大事にするたちなのでね」
克巳と共に地上へ来た、証のシャトルである。破棄などしない、と思ったが、無論ウリエルはそうは言わなかった。
「帰れるのか……エデンへ」
ラファエルはウリエルの思いになど気づきもせずに呟いた。
「帰れるかどうかはわからない。機器に問題はないとは思うが、三千年もの間動かしてないのだし、エデンに接近すれば攻撃を受ける事も考えられる。それに対する兵器はない。つまり、無事にたどり着ける可能性は低い。もしまだこのまま生きていたいのならば、私の住居の設備を譲るからそこに住んだ方がいい」
「しかし、きみは行くつもりなんだろう?」
「ああ。仮に今の作戦がうまく行ってケルベロスを止められたとしても、エデンから地上への介入を阻止する根本的な解決にはならない。ミカエルとガブリエラを止めなければ……正直、ここで一人で生き続けるのも疲れた。それに、あの娘を救う手立てが僅かにでもあるのなら、それに賭けてみたいとも思う」
「そんなにあの娘を助けたいのかい?」
「ああ」
克巳のクローンが愛し、克巳のクローンを愛した娘。彼女が自分と関わった事は、きっとただの偶然ではなく「運命」とでも呼ぶに相応しい……そんな思いがある。
「なら、僕も協力しよう。ガヴィを止めるのは元々僕の役目なのだから」
ラファエルは静かに言った。
「ラファエル。きみにはまだやりたい研究や何かがあるんだろう? 無理しなくても……」
「いいや……もう充分だ。僕たちはあまりに長く生き過ぎた。この長かった生に意味を与えるのは結局、エデンを発展させる為に尽くした研究じゃなかったんだ。僕たちの三千年に比べれば、瞬き程度の時間しか生きられない地上人……だが、それが人の本来の姿なんだ。瞬きのような人生で僕たちよりももっと何かを成し遂げる……そんな可能性があの娘にあるのなら、僕もそれに賭けてみたくなった。エデンの防衛網については、きみより僕の方がずっと詳しい。乗り込むなら、きっと役にたつ筈だ」
「ラフィ……きみは……変わってないんだな」
「僕たちは長く眠りすぎていた。……しかし、この話は、今の計画が成功してからの事だ。霖や竜が死んでしまえばどうしようもない」
「そうだな。まずは、ケルベロスを止めることだ」
ふたりは頷き合った。
―――
微かな星明かりの下で、竜と霖は静かに寄り添い、話をした。
竜は喉を痛めているので言いたい事の半分も言えなかったが、それでも、霖の話に耳を傾け、相槌をうった。流石に深夜という事もあって、外からの罵倒の声もない。久方ぶりに許婚同士の二人は、二人きりの……そして、最後の夜を過ごした。話したいことはいくらでもあった。故郷での思い出話や、離れていた間にあった事……マリアの事は二人とも努めて意識の外へ出そうとした。だが、アクセルの事はよく話題にあがった。竜の親友で共通の仲間……。
「いい人だね。あたしを一生懸命助けてくれた」
「……ああ、いい奴だ。もっと、礼を、詫びを、言いたかった……」
落ち着いた口調で竜も頷く。
アクセルが無事で、偶然に霖と出会った話を聞いて竜はかなり驚いていた。彼が霖をここへ連れてきたという事も。
最初にその話になった時、竜は信じられない思いでいっぱいだった。霖自身がなんと言おうと、ここで、大罪人の自分と共に刑を受けて一緒に死にたい、などという願いは叶えられるべきではない。そんな要求をアクセルが呑んだとは、らしくないと竜は感じたのだ。
「きみは、生きなければ。何の罪も犯していない。死んじゃ駄目だ。生きて、故郷に、この裁きの真実を……」
だが、竜の言葉に霖は微笑して首を横に振り、自分はどのみち病で死ぬ事と、その役目はアクセルに頼んである事を告げた。
霖の揺るがない瞳を見ていると、竜はそれ以上何も言えなくなった。自分の業に霖を巻き添えにしてしまう事が辛くはあったが、どちらにせよ彼女の死の運命が避けられないのであれば、共にいてくれる事はどれ程にありがたい事か言葉では言い表せないくらいだった。
一人で死ぬのと二人で死ぬのはまったく違う……傍にある霖の温かな身体を感じながら、痛切にそれを感じる。やがて来る処刑の時も、今は静かな心持ちで受け入れられる気がした。恐怖も何も感じず、ただ早く終わらせてしまいたいとだけ思っていた時には、実はまだ自分の罪とも死とも向かい合いきれていなかっただけだったのだと自覚した。
あんなに大勢の人の死の引き金を引いたのに、それでもやはり自分は死ぬのが怖かったのだな、と自嘲気味に悟ったが、霖が来てくれた事で、最期の時まで正気を保てそうでよかった、とも思った。マリアが言うように、自分の死が殺戮を早めに止める手段になるとは信じられなかったが、どちらにせよ、自分は罰されるべきなのだ。
霖は、そんな事はない、竜は皆を救いたかっただけなのだから、と言ってくれたが、彼は、動機が何であれ、犯した罪は変わらないのだ、と言った。夜明け近くまで二人は話に耽ったが、朝日が射し始める少し前には、流石に疲れ果てて、互いにもたれ合いながら眠り込んだ。
そして、朝が来た。




