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2・通信

「あの女が仕切っているのなら、誰も俺の言うことなど聞かないだろう」


 アクセルはむっつりと言った。


「あの女の芝居には誰もが騙される。俺はあいつのせいで、竜に殺されそうになったんだ。あいつが一言、俺も竜の仲間だと言えば、一緒に殺されるだけだ」

「竜に殺されそうになった……って、どういう事? マリアって誰?」


 青ざめて霖は尋ねた。アクセルはしまったという表情を浮かべる。竜がマリアに色仕掛けで骨抜きにされた事は彼女には知らせたくないのに、不用意に仲違いの事を口にしてしまった。


 だが意外にも、口をはさんだのはラファエルだった。


「マリアはぼくが作ったバイオロイドだ」

「作った?」

「ばいお……ろいど?」


 話が理解できない二人をよそに、ウリエルは驚きの声をあげる。


「あれが……あれをきみが? どうしてあんなものを?」

「姉が最初の裁きを起こす前に、ぼくに頼んできたんだ。天使の姿をした美少女のバイオロイド。ああ、アクセル、霖、バイオロイドというのは、解りやすく言えば、人造人間だ。遺伝子を操作して肉体に様々な強化を加えている。その代わり、思考コントロールを施さないと自我が生まれない。まあ、刷り込み……だね。初期の段階で、ぼくがマスターである事は、必須項目としてセットしたが、他は真っ白の状態で姉に渡したんだ。単なる愛玩用だと思って……まさか、あんな風に人間への憎悪を植え込み、虐殺に利用するなんて、あの時は想像もしなかった……」


 ラファエルは頭を抱えた。呆然として霖が呟いた。


「人間を作るとか愛玩用だとか……あんたたち、おかしいよ。いくら長生きしてきても、おんなじ人間だと思って話してたけど、そうじゃないの? あんたたちにとっては、他の人間は、おもちゃみたいなものなの?」

「違う! マリアは試作段階で……いずれは、きちんとした人格と人権を持ったバイオロイドを作るのがぼくの夢だった。玩具だなんて思ってない、自分の娘のように思っていた。姉は美しいものを愛するし、きっと色々な教養や芸術を身につけさせて、レディのように教育してくれるだろうと思ったんだ……なんてばかだったんだろう、ぼくは。そしてあの事件が起きて、ぼくはマリアの事もすっかり忘れ果てていた……」

「なんで、人間が人間を作るなんてばかな事を考えるんだ? それこそ、冒涜じゃないのか」


 アクセルは語気を荒げた。ラファエルは悲しげに彼を見返した。


「まずは、科学者としての野心や欲望があった。だが、越えてはいけない一線は守るつもりだった。しかし、状況が変わり、それでは間に合わなくなってしまった……」

「状況って?」

「月では、新しい子供が産まれない。移住してすぐにその事が判り、大問題になった。きみも覚えているだろう、ウリエル?」

「ああそうだ、だから最初は何もかも半信半疑だった。もうエデンはとっくに消滅しているかも知れない、とも思っていたからな」

「消滅させない為には、バイオロイドの量産を急ぐしかなかった。そうでなければ、いずれ月都市は、ぼくと姉とミカエル、三人だけしかいない、都市とも呼べない墓場のような場所になっていただろう。それを防ぐ為には、移住した人間の遺伝情報を受け継ぐバイオロイド……人造人間を新たな住民として生まれさせる事が急務だった」


 ラファエルの言葉を理解しようと、アクセルと霖は暫く頭の中を整理する事が必要だった。


「つまり、最初に移住した普通の者たちが寿命で死んでしまった後は、人間はあんた達だけになってしまいそうだったので、それでは都市が滅びてしまうから、代わりに人造人間……を作った、という事か」


 アクセルの言葉にラファエルは頷く。


「決して悪い意図ではなかったんだ……少なくとも、ぼくは」

「……まあいい、そこを今議論しても仕方がない。とにかく、あんたがあの女を作った、と。それなら、あの女はあんたの命令を聞くのか?」

「ああ。最初にウリエルの話を聞いた時、ぼくはまずマリアの所へ行って彼女を止めようと思った。だが、マリアは姉の監視下に置かれている。接触するのは難しいし、マリアが姉に逆らうような行動を取れば、姉は彼女を破壊するだろう。それくらいの準備はしている筈だ。だから霖、きみに会い、竜の所へ連れて行こうと思ったんだ。地上の人間になりきる為に、ある程度地上人の言動パターンも脳にインプットしておいた。そして姉に極秘で小型艇を準備した……だが、それは結局姉の、或いはミカエルの知るところになり、妨害を受けた。それで出発が遅れて、その上、まんまと彼らを出し抜いたつもりでいたのに、エンジンに細工されていて、危うく地表に激突するところだった。しかし一時的に記憶を失ったぼくと除隊してあの道を歩いていたきみがあそこで出会ったのは、まさに奇跡といえる位の偶然だ。この事はきっと、何かが変わる予兆であるとぼくは思っている」

「だと、いいわね」


 霖が相槌を打った時、エアカーは音もなく停止した。


「シティが見える所まで近づいたようだ。これからどうするか、計画を練らなければならない」


 ウリエルがそう言った時だった。耳障りな警告音が車内に響いた。ウリエルとラファエルの面に緊張が走り、アクセルと霖は訳も解らずにきょろきょろした。


「……通信が入ったようだ。ベルゼが転送してきている」


 重い口調でウリエルは言うと、手元のパネルを操作する。壁の一角にモニターが現れ、間もなく、男の姿を映し出した。


『よ、久しぶり』


 モニターの中の男は軽い口調で言った。

 濃い金髪に薄青色の瞳、整った顔立ちの男は、一見人好きのする笑顔を浮かべている。まるで、学校の休暇が終わって久しぶりにクラスメイトに会った大学生のようだ、とウリエルは思った。

 実際には、三千年近い月日が流れたというのに。男の顔はかつての記憶の中のものと何ひとつ変わってはいない。その、明るく見せかけた笑顔の下に見え隠れする酷薄さも。


「ミカエル……久しいな」


 呻くようにウリエルは応える。

 エデンを去る時は、決して喧嘩別れした訳ではない。同じ境遇で実の兄弟よりも更に深い結びつきを持って育った間柄……それでも、ミカエルは幼い頃からずっと、誰にも本心を明かす事がなかった。結び付きを拒絶しはしない。だが、彼の方からきょうだいの手を必要とした事はひとたびもなかったのを、ウリエルもラファエルも解っていた。


「……すべては、お見通しという訳か」


 ラファエルが呟いた。


『おお、義弟よ、無事でよかった』


 ミカエルはラファエルに向かって笑顔で言う。ラファエルは怒気を露わにする。


「ふざけるな! エンジンに細工したのはあんただろう! 姉さんも知っているのか!」

『いいや、彼女には知らせていない。知れば、かっとなって全てをさっさと始末しようとするだろう。それじゃあ面白くないからな』

「面白いだと? 何が面白いんだ! こんな虐殺を……いったい何の為にあんたはあのひとに協力しようとするんだ?!」

『面白いショーを見たいのさ。彼女と似た者同士だ、動機が違うだけでね。彼女は憎悪と復讐の為、そして俺は娯楽の為。だってそうだろ? エデンには何の変化もない。永遠に安定した幸福な地……刺激がない。人間の殺戮ショーは最高の見世物だ』

「さ……最低よ! あんた!」


 叫んだのは霖だった。ミカエルは可笑しそうに霖を見た。


『初めまして、猿のお嬢さん。意外とキュートじゃないか』

「ミカエル。地上人を馬鹿にするのはやめろ。彼女たちも同じ人間だ」


 努めて冷静さを保とうとしながらウリエルが言う。


『ふぅん、ずっと地上で暮らすうちに、ウリーは猿と人間の区別がつかなくなってしまったんだね』

「ミック!」


 激怒したラファエルが叫ぶのを大袈裟な手振りで制してミカエルは、


『まあまあ、無駄話はこれくらいにしよう。通信費を考えてくれよ。別に心温まる話をする為に連絡してる訳じゃないんだぜ」

「何の目的なんだ!」

『ルールを伝えようと思ったのさ』

「ルールだと?!」


 散々挑発してきて、ミカエルは常に冷静だった。明らかに、彼に弄ばれているようだが、元々こちら側に有利に立てる点は何もない。彼の言葉をただ聞くしかなかった。


『そう……つまり、このショーは、ほぼ確実に人間側の敗北に終わる。だが、100%終末が分かっていては面白くないだろう? だから、いくつかの逃げ道を用意してはある。例えば、そこの大きいのが、克巳のクローンに警告する余地を与えてやったり。まあ、未だかつて、そうした逃げ道に気付いたクローンはいなかったがね。要するに、オリジナルの克巳が愚かだったからこうなる訳だ。地上の人間を救う為に命を投げ打つような人間だったから、そのクローン達も皆愚かな行動をとる』

「ミカエル! 克巳を愚弄する事は許さんぞ!」

『怒るなよ、ウリ-。これでも親切で言ってるつもりなんだ。俺は昔から口下手ですまないね。それで本題だが、おまえさん達は、克巳のクローンを救出して、ケルベロスを止めるつもりなんだろ?』

「……ああ」

『ラフィがマリアに接触すればそれは簡単にいくだろう。だが、それではつまらない。かと言って、折角、裁き始まって以来のイレギュラーな事態が起こったのに、ただ握りつぶすだけなのも勿体ない。だから、ルールを設けようと思うんだ』

「あんたに都合のいいルールか!」

『そう言うなよ。簡単な事だ。そこの二匹の猿に関しては、自由に動く事を見逃そう。ウリーもな。だが、ラフィがマリアに接触するのは駄目だ。もしもラフィがマリアを止める命令を出せば、こちらからコントロールしてマリアの脳髄を破壊する。そうすれば、民衆には、おまえが天使を殺したように見えるだろう。おまえは民衆に引き裂かれるし、結局克巳のクローンも助からない』

「くっ……」

『衛星から中継ですべて見ているぜ。せいぜい面白い花火を上げてくれよな。じゃあな』


 そう言うと、ミカエルは一方的に通信を切った。


―――


 暫く誰も口をきかなかった。

 皆がミカエルの毒気にあてられ、何を考えていいのかわからなくなってしまっていた。だが、口を切ったのは霖だった。


「あたし、行くわ」

「行く……?」

「あいつ、あたしとアクセルは自由にしていいって言ったわね。だったら、あたしは出来るだけの事をやる。町に侵入して竜を助け出す」

「無茶を言うな。何十人もの人間と、そしてマリアが見張っているんだ。あっという間に殺されるだけだ」

「どっちにしたってあたしは死ぬんだもの! ここでびくびくしてる位なら、一目でも竜に会えるように行動するわ!」


 涙ぐんで三人の男を睨み付けて宣言した霖をじっと見つめていたアクセルは頷いた。


「わかった。なら俺も行こう」

「アクセル?」

「マリアは勝利に酔いしれているだろう。奴をうまく言いくるめれば、秋野が竜に逢う事くらいは出来るかも知れん。そこから先は判らないが……」


 そう言ってから、ふとアクセルはラファエルを見た。


「あの女の人間に対する憎悪は尋常じゃなかった。何故だ?」

「恐らく、姉は、人間の歴史上のあらゆる人間の闇を……悪事を彼女の真っさらな脳に教え込んだんだ。だが、元々はぼくに対して忠実で素直な性質を持っている。記憶を入れ替えさえすれば、あの子は優しい子になれるんだ。……破壊させたくない」


 アクセルは不意に激しい怒りに捕らわれてラファエルの襟首を掴んだ。


「あの女のせいでどれだけの人間が死んだと思ってるんだ! 破壊させたくない、だと!」


 だが、ラファエルは悲しげな目でアクセルを見返しただけだった。


「あの子の罪じゃない。悪いのは、愚かだったぼくだ。罰する事が必要なら、ぼくを罰してくれ」

「……」


 少しの間、忌々しげにラファエルを睨み付けていたが、そうしていても何の益もないと思い直してアクセルは手を離した。


「行こう、秋野」

「待ちなさい、わたしも手を貸そう。ゆっくり計画を練るんだ。行き当たりばったりではいけない」


 ウリエルが止めた。この場で一番冷静なのは、彼だった。


「なにか策があるのか?」

「ああ……うまくいく可能性は低いが……」


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