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3・夫妻

 その奥の間に到達するには、いくつもの重厚な木製の扉を開けていかなければならなかった。

 小間使いの娘がおろおろと止めに入ったが、彼は全く無視した。

 まるで中世の宮殿を思わせるような豪華な作りの館。扉と扉の間の小部屋にはそれぞれ、贅の限りを尽くして作らせた美術品が並んでいる。殆どは、歴史上有名な作品のレプリカだが、それでもかなりの値は張る。しかし数十年もすれば彼女は飽きて廃棄するだろう。最近の趣味がロココ調であるのは、見れば判った。


「あ……そうよ、いいわ」

「ガヴィ……」


 最後の扉に手をかけると、中から微かに声が聞こえてきた。ミカエルはそっと扉を開けた。淫靡な喘ぎ声が耳に届く。美しく飾られ塵一つ落ちていない寝室の中央の天蓋付きのベッドで、睦み合うふたつの人影があった。


「もっとよ、もっときつく抱いて、克巳……」

「ガヴィ……愛してる」


 耳に心地よい男の低音の声が囁くと、女は男の顔を抱き寄せて胸に埋める。ミカエルが見ている事にはまだ気づいてないようだった。


「まだよ、まだ」

「ガヴィ……もう我慢できないよ」


 その男の台詞に、突然空気が変わった。女はむくりと寝台の上に身体を起こした。


「え……?」


 戸惑う男に向かって、女は枕の下から小型の銃を取り、いきなりその顔面に向けて発射した。男は声も上げずに血を撒き散らしながらベッドから転がり落ちた。血……真っ白な人工血液。


「克巳はそんな事言わないわ。駄目ね、まったく!」


 毒づいた女に向かって、ミカエルは大仰に溜息をついてみせ、広い室内を歩み寄った。


「ま~た、セクサロイドを壊したのか。気が短すぎるんじゃないのか?」

「ミ、ミカエル!」


 はっとしてガブリエラは反射的に血塗れの上掛けを引き寄せて裸体を隠す。だが、三千年も婚姻関係にある妻の身体など、如何に豪奢な美女であろうとミカエルは見飽きているし、何の感慨もない。そして、夫であるにも関わらず、妻の『不貞』を目撃してさえも、何の興味もなさげだった。


「勝手に入ってこないでよ!」

「俺は旦那なんだぜ。いちいち許可をとる必要なんかないだろ」

「何よ、一体何の用?!」


 妻の尖った口調など気にもとめずにミカエルは、床に転がった男の死体を跨いだ。遙か昔の友、克巳の劣化クローン……。


「夫に向かってそんな言いぐさはないだろ」

「あたしが愛してるのは克巳だけよ。大昔からそう言ってるでしょ」

「はいはい、聞き飽きてるよ。愛した男にこんな事するか、普通?」


 ミカエルはつま先でクローンの死体をつついた。


「どうしても本物と同じようには作れないわ……」

「記憶が細かすぎるんだよ。補正してやろうかと何度も言ってるのに」


 ガブリエラにとって、克巳のクローンは替えのきく玩具に過ぎない。ここで遊び相手にしているのは、成人の身体になってから起動させ、簡単な疑似人格を与えたもので、地上で人間として育った竜のようなクローンとは別物ではあるのだが。


「あたしの記憶は誰にもいじらせないわ」

「まあ、好きにすればいいがね。あまり悪評がたたないよう、目立たないように処理してくれよ」

 

 ガブリエラが内々に作るセクサロイドには人権はないが、彼女らが月移民の第一世代の遺伝子を使って作り上げたバイオロイドであるエデンの市民は人格も市民権も持っている。生殖能力はないが、婚姻関係を結べば当局に申請して、親である市民の遺伝子を継ぐバイオロイドの子どもを受け取り、育ててゆく。

 ミカエルとガブリエラから見ればいびつな生であるが、三千年の間に確立したこのエデン市民の生活は、彼らにとってごく自然な営みであり、地球の人間のように腹の中で子どもを育むなど、忌むべき下等な動物的本能であるとしか思えない。

 それが、彼らが『裁き』をショーとして楽しめる根本的な理由でもある。人間の形をしていながら下等な生物……そう教え込まれて育つから、数百年に一度の間引きは当たり前と思い込んでいるのだ。

 ミカエルとガブリエラ、そしてラファエルは、エデンの権力者ではあるが、王ではない。名目上は政治的、経済的なトップ。その気になればいくらでも操作する事は可能だが、何千年も変わりなく君臨し続ける絶対的な君主の存在は、人類の歴史を振り返ってみても、決して良い結果は生まないだろう。そう判断して、表向きは、市民と同様に世代交代を繰り返しながら、民主的なやり方で権力を握っている一族、と思わせている。だから、公にやりたい放題という訳にはいかないのだ。


「わかっているわよ。ちゃんと始末するわ。それで一体、何の用? 今回の裁きなら、もう概ね決着もついたでしょ。あのクローンが民衆に殺されれば、ケルベロスにもう一働きしてもらって眠らせて、マリアを回収するだけだわ」

「まあそうなんだけどな。今回はまだ面白い見物があるかも知れないぜ? セクサロイドと遊んでないで、目を離さないでいた方がいいかもな」

「なによそれ?」

「自分で見つけてみな」


 そう言うと、ミカエルは妻の唇に軽い口づけをし、手を振りながら室を後にした。

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