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子兎は波乱万丈な人生を  作者: フィアナ
第一章・悠久なる森で
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第四話・欲求には勝てないよね



目の前に出された黄色い物体に我慢できず、青年から少し離れた位置でピョンピョンと跳ねる。


あれは! まさかっ!


黄色くプルプルとしていて、茶色のカラメルがたっぷりとかかり、甘い香りで人を魅了するもの。


前世で甘党だった私がよく今まで甘味を食べずに生きてこれたと、狂喜乱舞する。


まさにそれは私が愛してやまなかったプリン!


この世界にもプリンが存在するとは思っていなかった! 食べれるものなら今すぐにでも食べたい。だが残念ながら、それを手から差し出しているのは謎の青年――夜涼(やりょう)だった。



* * * * *



どうやら青年は約束通り私を巣に戻してくれるつもりだったらしい。巣の近くの木の上まで来たのはいいけど、近くにはあの男二人が何かを探すかのようにウロウロしていた。

片手には、青年いわく『灯の術』という光る球を魔術で出している。―――やっぱりこの暗闇じゃ見えないのが当たり前でいいんだよね。ここに一人例外がいるけど。


男達の衣は記憶に残ってる時よりもさらに薄汚れていて、所々破けていた。あの後もまだ私達を探していたらしい。


「あのウサギはどこにいった!」だの、「雇ってやった小僧はどこで寝てやがる!」だの散々文句を言いまくっている。

さぞかし鬱憤が溜まっているのだろう。


そう言えば青年はあの人達の仲間の筈なのに、ここにいて大丈夫なのだろうか。ふと、ぬくぬくと温かい衣の隙間から青年の顔を窺うと、


――――ひぃぃい、悪魔、悪魔様がおられる!


はい、そこには恐ろしいほどの笑顔で、目をギラギラと輝やかせている青年がいました。なんか後輩をいじる先輩というか、ようやく獲物にありつけた野獣というか。めちゃめちゃ好戦的な底光りのする瞳をたたえていました。――――本物の野生の獣である私よりも凶暴ではないだろうか。

おまけに「……が。でも屑のくせに五月蝿いから殺っちゃってもいいよね。…………とか、……とかがあるしなぁ。どうしようか。」

なんて上でいろいろと言っていた。


この時ばかりは小声さえも所々拾ってしまう自分の耳を恨んだ。

“やる”って、絶対こっちの“殺る”だよね!? 逆にあの男達が可哀想になってきた……。


「……あともう少しの辛抱だし。終わったら……して、……して絞めようか。いややっぱり……の方がいいかなぁ。」


魔王様は相変わらず恐ろしい冷気を出しまくっておられた。

思わず、身を小さく縮こませたてしまったのも、耳をヘニョリと垂れさせてしまったのも必然だと思う。こんな中で普段通りいられるほど私は化物じみてないですから!


とそこで私の存在を思い出したようだ。笑顔のままこちらを振り向き、


「あ、話せないとは思うけど、他の人に今の事教えちゃダメだよ。わかってる、よね?」


がくがくと必死に頷いた。まだ死にたくないので。


仮面(ペルソナ)の様な青年の瞳が僅かに大きくなった。どうしたのだろうか。あまり大きく感情を見せなさそうなのに。


そう言えば先程も男達を見つけるまでは笑みを浮かべつつ、親とはぐれた子供のように寂寥感を滲ませていたはずだが、今は瞳から喜びが溢れている様な印象を受ける。


「あいつらを絞めるまで危険だし、無理に帰ってもせっかく隠している巣の場所がバレると行けないから今夜は一緒にいようね。」


青年の瞳がウキウキしまくってる〜。もしかしなくてもこの危険人物と一晩中一緒だということか。拒否権は……無サソウデスネ。

なまじ顔が整っているだけ、美しい顔からのオーラは半端ない。お、悪寒が。


「んー、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。流石にまだ警戒はとれないとは思うけど。もともと僕は君を襲うつもりなかったから安心して。」


いやいや、信用出来ないんだけど。そう簡単にとれたら自然界に生き残れないでしょ! 弱肉強食だぞ! 今、目の前の奴に喰われかかっている気がしないでもないけども!


「あぁ、そう言えば自己紹介してなかったよね。これで少しは警戒心も薄れるかな?

僕の名は夜涼。蒼碧國(そうへきこく)の剣部の長をしているんだ。

今は訳あって雇われ用心棒をやってるけどね。」


えぇっ! くに!? 國!?

国単位のお偉いさんがどうしてここにいるの!? ってか、国は大丈夫なのか? こんな森の奥地に来てもいいことないぞ!


と思う一方で、道理でこんな強いはずだと納得した。これで一般人ならどうしようかと思ったよ。


「何故この『聖獣の森』に居るのかは僕達だけの秘密だよ。」


不敵な笑みで青年改め、夜涼は笑った。




* * * * *




時は現在に戻る。


男達に気付かれないまま巣から離れた私は、水が飲めるからと夜涼に強制的に連れられ、小川の近くを今夜の寝床にした。




分かったことは、ここが『聖獣の森』って所だということ。能力持ちの獣が珍しいであろうこと。

あとは夜涼は国のお偉いさんで、訳アリでここにいて、私は「調教する」とか怪しいことを言う男達――――恐らく珍獣ハンターらしき人達に追われていること。


ん〜、夜涼が国を裏切った訳では無いのなら、任務か何かかな? 元々襲う気はなかった、って言ってたし。




そんなことを考えながら少し休んでいたら、夜涼は今日のお詫びと言ってプリンを出したのだ。動物にプリンってどうなのさ。健康上良くない気がする。


プリンを差し出している夜涼は最初の時以外は未だに攻撃を仕掛けていないが一応警戒するに越したことはない。ということで、夜涼と距離を置くようにした。

そんなもので簡単に餌付け出来ると思うなよ。


「そんなに離れないでこっちにおいで。此処では見た事無いと思うけど異国のプリンって言う菓子なんだ。甘いよ。」


一瞬仮面(ペルソナ)の奥にある瞳が哀しそうに揺れたが、すぐに先程と同じニコニコとした笑みに戻りとプリンを差し出してくる。


その様変わりが少し気になったが、もうその表情からは読み取れなかった。


だが、夜涼には私の表情がバレバレなようだ。私が迷っているのをいいことに根気よくプリンを差し出す。

目の前に大好物があるのに! 罠だとわかっていつつも拒みきれない。なんという事だ!


追い打ちをかけるかの様にプリンを揺らし、徐々に距離をつめていく。一歩、また一歩とつめる。


甘い香りが!

ゔゔ〜〜〜、ヤバイ。欲望に忠実な幼獣の身体が空腹を訴えている。

ダメだって! 目の前の奴は危険人物なんだってば!

理性ではわかっているのに、一方で食べてしまえと思う自分もいる。

夜涼が極悪人だとしても食べ物に罪はない! 勿体ない! と自分を納得させる。


念入りに夜涼の顔を覗き込む。うわっ、やっぱり綺麗な紫色。じゃなくて敵意がないことを確認する。


あとはもう一瞬のことだった。


目をキラキラ、耳をピコピコさせ、プリンに飛びつく。口が小さいからあまり一気に食べれないけど、一心不乱に食らいついた。プリンの欠片が辺りに飛び散る。



後ろからプリンを乗せていない手が恐る恐る近づくが、プリンに夢中な私は大人しくサービスとして撫でさせてあげた。



味は前世のものに似ていたが、なんとなく柑橘系の香りがする。でもこれはこれで美味しい。最後になるとがっつり夜涼の手を隅々まで舐めていた。恥ずかしいっ。


すみません、すみません、悪気はなかったんです。


正気に戻った私は、とっさに後ろに飛び退いた。その場でグルグル回り、深呼吸。


「きゅう〜(ごめんなさい〜)」


「っっ!」


必死に体全体で手にスリスリして少しでも痕跡を消そうとしていた私は気付かなかった。

夜涼の目尻が下がり、口が緩んでいたなんて。






満腹まで食べると子供も幼獣も仕組みは同じようで、眠くなった。


またか! 不審人物が近場にいるって言ってるのに!

だが、自分の身体はお構いなしだ。プリンのおかげで大分警戒心は薄れていたのもあるのだろう。餌付けの効果はあったらしい。

なんか負けたみたいで悔しい。


強烈な睡魔が襲う。

うつらうつら、意識が飛びそう。


「まだ寝ちゃ駄目だよ。風邪ひくといけないし、少し待ってね。」


私が食べ終えたのを見届けた後、夜涼はそっと私を枯れ草の上に置き、せかせかと動き出した。


まず石を集め、円形に並べた。

次にどこかに一瞬で消えると、小枝を持ってきて、石の上で三角になるように積み上げてくという動作を数回繰り返す。


焚き木でもやるのかなぁ〜。

火つければ助かるはずだよね〜。


この時点で既に目はほぼ開いていなかった。

いやだって、強烈すぎるんだもの。


半分以上頭の回ってなかった私は、迂闊にもわずかに回復した魔力を行使する。この時はプリンのお詫びに手伝うか、ぐらいにしか考えていなかった。


まるい球の光が額に集まるのをイメージ。額が熱くなったら下準備オウケイ。さらに元は金色の魔力を、炎にする。あとは目標に向けてボールを投げるイメージで、っと。


あれ? ちょっと大きかったかな。ま、いっか。

任務達成したし。


枯れ木にはあっという間に火が付き、ポカポカと周囲が暖まる。おまけに近くに迫っていたらしい獣の足音が遠ざかった。


元々眠かった私は、仕事をやりきったとばかりに達成感を連れ、夢の世界へと旅立った。






朝方(といってもまだ暗いが)ふと目が覚めると、種火の残る焚き木から少し離れた位置に夜涼を見つけた。気を使ってくれたのか私とは距離をとってくれている。


体を丸めて独りで寝る様は、親を亡くした子供のようで。なんとなく近親感を覚えた私は重い四肢を動かして夜涼に近寄り、起こさないように身体を腕の隙間に割り込ませ、また眠りについた。






夢の中で、


「欲しいな。」


誰かがとろけるような笑みを浮かべ、囁いた気がした。




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