第三話・隠し芸って持ってます?
やけに暖かいものに包まれている気がする。
まぶたの裏は暗く、じんわりと染み込む温かさは、私を再び眠りへと誘う。
おかげで勢いよく隙間から吹き込む夜風は寒くないが、強いて言うならもう少し柔らかい物がいい。
兄弟達の天然毛皮ベッドは最高だったなぁ。
そんなことを思いながら“それ”に頭をすり寄せる。
――――ん? おかしくない? こっちの世界に生まれてから一度も毛皮のベッド以外で寝たことないぞ! しかもなんか揺れてるよね!? どこで寝てんの、私!
ぼやけていた意識が警鐘を鳴らし、急速に浮上する。
どうにか弱った身体にムチを打ち、辺りに警戒する。同時に目を閉じて狸寝入りをしたまま耳をそばだてた。
その僅かな振動に“それ”は気づいたらしい。
「あ、もしかして起きちゃった感じ? もう少し寝てても良かったのに。そう言えば君の寝床ってコッチだよね? 僕鼻がいいんだよ。
なんて言っても、通じるわけないよね〜。調教してるわけでもないし。」
いきなり耳元で聞こえた声に二重の意味でドキリとする。
これってあの時の青年の声と同じじゃないだろうか? 自分は今どういう状況にあるんだろう。それに青年は私を捕まえようとしてたはずだ。何が目的なのか。ようやく捕まえた私を巣に戻しても青年にはいい事は何もないはずだ。巣ごと叩くため? それとも今のは嘘で、仲間のもとに連れていく気なのか。
ってか、今日本語話してた? 違うよね。なんで話してる言葉がわかるの? そう言えばさっきも何気に伝わってたよね? 遂におかしくなった?
どんどんわからないことが増え、パニックに陥っていく。
そんな私を知ってか知らずか、青年は淡々と話を続ける。
「僕の攻撃をまぐれでも避けるやつなんてそうそう居ないから、今回はご褒美として特別に見逃してあげる。大型なら『能力』が強いからまだわかるんだけどね。小型で強いのは珍しいんだよ。だから、もう見つかっちゃダメだよ。」
混乱している頭に「見逃す」という単語だけがやけに響く。焦りはピークを迎えていた。
――――そうだ、まずはここから逃げなきゃ。
私は周りを確認することなく、目を開けると同時に青年らしきものを蹴る。次に襲ったのは嫌な浮遊感。
え、ええぇぇえ〜〜。
どうやら私は青年の服の合わせに居たらしい。
そこまではいい。いや、良くないけど。
問題は何故青年は木と木の間を猿みたいにひょいひょいと渡っているのか。私が落ちるじゃないか。
「ふぎゅゅ〜!(お前は忍者かぁぁ〜!)」
と八つ当たり気味に鳴いてみるが時既に遅く、蹴った衝撃で服の合わせから飛び出した身体は重力にあわせ空中へと舞う。
ひえぇ〜、羽根、羽根、翼がほしい〜!
バサッ。
どこからともなく音が響き、はたと、正気に戻る。
あぁ、あぶなかった〜。そういえば私、翼持ってたよ。使わなすぎてうっかり忘れるとか、マヌケじゃん。
目の前の珍事に流石の青年も驚いたのか、一本の木の上で止まり、私を見据える。
「え。君、翼もってたの? 寝てる君を運ぶのに楽だし、ついでに隠せるから衣に突っ込んでたけど気付かなかった。それに自分で飛び出したのに翼を使わないで落下するとか、君結構変わってない? 逃げてた時も使ってなかったよね。普通、翼を持ってる妖獣はあまり地面を走るのが好きじゃないのに。子供だからかな?
それに純白だし。へぇ。」
青年が普段とはまた違う、感情の見える笑みを浮かべた。
いつもの空虚な笑みよりは断然ましだけど、次は何ですかその意味ありげな微笑。嫌な悪寒しかしない。
驚いた衝撃でようやくパニックから解放された私は、警戒しつつ、目の前の青年をじっくりと見つめ直す。
さっきまで焦ってて気付かなかったが、青年は気配こそ空気に馴染むが、顔をよくよく見ると絶対に馴染む訳がない顔をしていた。
本当に何故気付かなかったのか! イケメン過ぎるんだけど!
やや中性よりも男に片寄ってはいるが、整った美しい顔立ち。透けるような肌。高めの鼻に、長いまつ毛。黒に近い紫電の瞳。髪は亜麻色で短髪。
服装は驚いたことに着物の様なものを着ていた。藤紫の内衣に、薄く透けるような群青で長めの外衣を重ね、その上には紺青の袖なしの羽織に似たものをまとっていた。腰のあたりは濃藍の帯で縛り、ちゃっかり長剣と短剣を差している。
夜風に揺れる衣はひらひらと妖花のように舞い、雅でたおやかな雰囲気を醸し出していた。
ゴクリと喉を鳴らす。
なのに衣の合わせにいた時に気づいたんだけど(不可抗力だからね)、見た目は細くて儚そうなのに、隠れるようにしっかり筋肉はついていた。でも、不思議なことにわざと何か見た目だけじゃわからない所に筋肉をつけてるような感じだった。
今更だが、不思議なことといえばどうして青年は新月で星さえないこの夜に自由に木の上を渡れるんだろう。
もちろん私は夜目が使えて、昼間のごとく辺りが見えるけど。そのへんは魔力のおかげだろう、たぶん。
とりあえず自分のことは棚に置いといて。
本当にこの青年は何者なんだろう?
「もういい? 悪いけど、もう少し大人しくしててよ。さっさとあいつらに見つかる前に行かないと僕が酷い目に遭うんだよね。君もムチなんかに打たれたくないでしょ?」
それは絶対嫌だという合図で首を縦にぶんぶんとふる。……ちょっと酔いそう。
はっ! そう言えば呑気に話してる場合じゃなかった。こいつ暫定、敵だったよ! 危ない、危ない、警戒心が解けかけてた。
とか考えている間に青年に身体を鷲掴みにされて衣の合わせに戻される。狭かったので仕方なく翼を仕舞う。
警戒しなおした途端に鷲掴みとか。そんなに隙が多いのかなぁ。やられてばかりなのも困る。
いきなり何すんのさ、とペシペシと青年の腹あたりを小さな前脚で叩く。まぁ、乱暴な割に痛くはなかったけど。でも獣だからって乙女には違いないんだぞ。
「なに〜? もしかして拗ねてたりする? 次は気をつけるね。」
青年はほんのり笑い、ぽんぽんと私の頭を撫でると再び木と木を軽々と渡り始めた。
連載って続けるの大変ですね。
時々息抜き作品として短編を投稿しようと思ってます。




