第十四話・もう非常食の出番!?
ときは約三十分前。
色々な意味で冷汗ものの謁見を済ませた私は、忍者の如く屋根裏を移動する夜涼に連れられて何処かの壁から明るい場所へと連れられて来ていた。
着いた場所は和風の部屋である。しかし部屋の中に置いている物は洋風の物が多い。
目につくのは、二人用ぐらいの広いベッドと書類らしき紙の重なる机、それとクローゼットぐらいしか無かった。良く言えば無駄がなくシンプルな、悪く言えば生活感がない部屋だった。
なんとここは夜涼の私室だという。隣には立派な襖があり、そちら側にちゃんとした執務室兼面会室があるのだとか。
軽く部屋の説明をしたあと、夜涼は食事を取りに居なくなってしまったので、今部屋にいるのは私一人ということになる。
ハッキリ言って暇である。流石に許可も無く他人の部屋を物色するのはどうかと思ったので大人しくベッドの上に居たが、もう我慢の限界だ! どうやら元人間としての理性は、好奇心旺盛な子ウサギの本能に競り負けたようである。無念。
まず私が目に付けたのは今自分が乗っているベッドだ。もうこれを見たらやるしかないよね。
後ろ脚に力を入れ飛び跳ねる……が、ポスンと音がして兄弟達の天然羽毛に勝るとも劣らない布団に受け止められ、私の身体はトランポリンのようには跳ね返ってくれなかった。どうやら体重が軽すぎるのも問題のようである。口を尖らせる。残念だ。
仕方が無いので、気を取り直して次は机に目をつけた。掌サイズしかない私にとって部屋のものはどれも大きく見える。前世は当たり前の大きさだったのに! どう移動しようかと悩み、遅れて自分が翼を持っていた事を思い出した。どうやら翼に慣れるのはまだまだ先そうだった。
ばさりと翼を出し飛ぶ準備をする。そう言えばこれって何処に収納しているんだろ? 人体ならぬ、獣体の不思議である。
机に向けて角度をつけ飛ぼうとした。ふわっふわだ。大事な事だからもう一度言う。わっふわっふだ。何がと言うと布団が。
やばい! バタバタと翼を必死に動かすが、小さな身体は蟻地獄にはまったようにどんどんと布団に埋まってしまう。こんな所で布団に溺れ死になんて洒落にならないぞ。
「ぷぎゃぁああ~~!!(誰かぁぁあ!!)」
こんな事になるんだったら、もっと美味しい物沢山食べておけばよかった!
暴れる程にじわじわと額から熱が身体に巡っていく。気がついた時には目も眩むぐらいの、眩い金色の光が自身を包んでいた。
そこはきつね色だった。油の匂いもする。
下を見ればクリーム色がかった白い地面が見えた。前脚を動かしたら少し低めの音がする。まるで陶磁器のようだ。
今度はぴすぴすと鼻を鳴らし嗅ぐ。とてもいい匂いがする。甘い匂いが脳髄を溶かしていき、もうここが何処だとかそんなことは何も考えられなかった。食べるのには邪魔だから翼をしまい、誰も居ないことを確認して匂いの元へと齧りつく。
いっただっきまーす!
美味しいっ!
気持ち油っぽいかも知れないが、それは紛れも無く揚げドーナツだった。モグモグと口いっぱいに含む。む~豆乳ドーナツかな。あっさりとした自然な甘みが広がる。
「………ドーナツは……?
…………桜大福…………?
……食べても……、いい?」
ボソボソと声が聞こえた気がする。
私は突然現れた手に身体を鷲掴みにされた。
ぐえっ、苦しい。じゃまするな~。ついドーナツを落としてしまった。まだ食べていたかったのに。
異常なほどイライラする。食事を邪魔されたからだけではないイライラだ。
ゾワゾワとした不快感が身体を襲い、翔流青年のことを思い出した。触られたからと言って、ここまで不快感を感じるものだろうか。どうもこの身体になってからな気がする。
とにかく私は必死に荒れ狂う神力を抑えていた。
ダメだから! 流石に消し炭は! でももう一人の私が、『この私に触れたのだからこの世から抹消すべきだ』と囁く。いつからこんな危険思想になってしまったのだろうか。とほほ。
とりあえず意識をそらす為にも、逃げる為にも敵を確認せねばなるまい。上を見上げ、息を詰めた。恐怖の余り、いつもはもふもふの毛もピタリと身体に張り付く。
「………動いた……。………食べ物…?」
骨の様な指が温かいことに気付き、安堵のため息を吐き出す。
幽霊かと思った……!!
だって全体的に暗いし、隈が酷い。寝ているのだろうか。前髪が長くて瞳は見えないが、輪郭や背格好から夜涼より二、三歳は年上だろうと予測する。曲がった背筋が怪しい雰囲気を醸し出していた。
遅れて知らない人に会ってしまったという焦りが、ジリジリと湧いてくる。こ、これって不味いんじゃ……。
「〈やまあらし〉さ~ん。早く出てこないと、傀儡のやまちゃんって呼んじゃいますよ~。」
一瞬、夜涼が来てくれたのだと期待したのだが、やはりそんな都合のいい事は起こらなかった。
聞こえた声は女性特有の甲高いの声である。けれどどんなに動こうとも胴体を掴まれている私は、宙ぶらりんになったままの四本脚がブラブラするだけ。
というかここは何処なのだ。夜涼の所に帰りたい!
内心は知らない場所、知らない人物への興味と恐怖でない混ぜになりつつも、首だけで振り向く。
現れたのは成人したかしないかぐらいの少女だった。見方によって清楚系とも、あざとい後輩キャラとも取れそうな顔立ちである。そして自己主張の激しい、なんともけしからん胸をお持ちだった。服装もまた特徴的で私が生きていた頃のようなフリルたっぷりのミニスカートの巫女服を着ていた。
可愛いけれどもそれでいいのか。今まで結構和風(といっても時代が混ざっているようだった)が多かったのに。はしたないとか言われそうな格好である。
ちぐはぐな世界観に驚くが異世界ならありだろう、と納得させる。順応能力が高いのが売りですから。
「あ、此処に居たんですね。
あれ? もしかしてまた徹夜したんですか? 休みの日ぐらいは夜中に寝るべきですよ。隈が酷いです。
ところで手に持ってるのは何ですか? もしかして新作のお菓子? とっても美味しそうですけど、それじゃご飯の代わりにはなりませんよ。め!」
後輩ちゃん(仮)はじゅるりと涎を垂らしそうな目をしながら、やまあらし(これは名前でいいのか)の手から奪い取る様に私を取り上げた。
ぷらーん
「きぁっ!!」
「ぷぎゅっ!?」
もう! びっくりしたじゃないか! 生き物だから大事に扱って欲しいんだけど。
跳ね飛ばされそうになった私は、咄嗟に巫女服の袖にすがり付き、事なきを得た。
でもこの事がきっかけで遂に怒りは限界に達してしまった。
私を中心として金の光は部屋を侵食していく――――
すみません。
これから更新ペース遅くなるかも知れません。