静寂の宙域…
そこは、人類が描いた銀河地図の空白地帯だった。
既知の航路から外れ、FTL通信(超高速通信)すら届かない深い静寂の領域。
辺境管理局の依頼を受けた調査船は、
その余白を埋めるために、誰も踏み入れたことのない宙域へと進んでいく。
船体の外側を包むのは、星々の光よりも濃い沈黙だった。
外界の音は一切なく、船内に響くのは計器の微かな脈動と、
五人のクルーが交わす呼吸のリズムだけ。
彼らの任務は、銀河の縁に散らばる未踏の星々から、
FTL通信の中継基地や港として利用できる惑星を見つけ出すこと。
地図の上ではただの余白に見える領域も、
実際には通信も救助も届かない、底の見えない静寂が支配している。
未開宙域の調査が危険なのは、未知の脅威が潜むからではない。
何かが起きたとき、助けを呼べないことが致命的なのだ。
この領域では、FTL通信は沈黙する。
救難信号も、航路情報も、外の世界へは一切届かない。
まるで銀河そのものが、ここだけを切り離しているかのように。
マリナの指先が、コンソールに走る微かな波形の乱れに止まった。
彼女は数秒、息を潜めるようにデータを追い、
やがて小さく吸い込んだ呼気が、ブリッジの空気をわずかに震わせた。
「……船長。救難信号です」
その声は大きくも鋭くもない。
けれど、沈黙に沈んでいたクルーたちの意識を確実に引き戻した。
振り返った面々の表情には、驚愕よりも“なぜここで”という戸惑いが浮かぶ。
マリナは淡々と続けた。
「電波式の救難ビーコンです」
未開宙域での遭難は、珍しい話ではない。
宇宙では“最初に見つけた者”に権利が発生する。
その一攫千金を狙って航路の外へ踏み込む者は、後を絶たない。
だが、この静寂の領域で信号を拾うのは、やはり異常だった。
セラは前方の虚空から視線を外さずに言った。
「発信源は」
マリナは画面を見つめたまま、わずかに声を落とす。
「ここから……0.7光年です」
0.7光年。
電波が届くまでに八か月。
つまり、遭難は八か月以上前。
生存の可能性は限りなく低い。
それでも、セラの判断は揺らがなかった。
「……フォールドランの準備を」
その一言で、船内の空気が静かに動き始める。
誰も余計な言葉を発しない。
クルーたちは淡々と持ち場へ散り、
未開宙域の沈黙の中で《サイレント・ホライズン》はゆっくりと進路を変えた。
外の宇宙は何も語らない。
ただ、八か月前の声だけが、遅れて届いていた。




