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《行詔・祈福天燈一》-01

 并州、涼州、益州――その三州のあいだに、数千里にもわたって連なる太行山がある。


 その山中に、一人の大王がいた。


 名を、燕行という。


 燕行は、数十万の兵を擁し、配下には数百の砦があると称されていた。しかも、その砦は今なお増え続けている。


 新しい砦、古い砦、表の砦、裏の砦。偽の兵糧倉、偽の馬小屋、偽の本陣。


 幾重にも重なり、根のように絡まり、山全体に張り巡らされていた。


 狡兎すら三窟という。


 ならば燕行がこの数年で築いたものは、少なく見積もっても三百窟はあった。


 外の者は、太行山に燕行がいることは知っている。


 だが、燕行が今夜どの砦で眠り、明日はどの谷へ移るのかは知らない。


 たとえ間者が幸運にも山へ入り込めたとしても、せいぜい外縁の砦を一つ二つ見るのが関の山。道を探る前に、たいていは山中の巡哨に捕まり、二度と戻ってこなかった。


 近隣の州郡や軍鎮が、彼を討とうとしなかったわけではない。


 ただ、燕行という男は、実に狡かった。


 風向きがよいときには山を下り、略奪を働き、小県と結び、商路を脅しつけ、まるで山中の土皇帝のように振る舞う。


 しかし、ひとたび大軍が討伐に来るとなると、たちまち太行山の奥深くへ潜り込む。そうなれば、誰も彼の髪の毛一本つかむことができない。


 無理に囲剿しようとすれば、兵糧を食い、兵を疲弊させ、人命を失う。


 その果てに得られるものは、空になった山と散った賊ばかり。まさに竹籃で水を汲むようなものだった。


 場合によっては、他勢力に隙を与えることすらある。


 だから、時が経つにつれ、近隣勢力の彼に対する態度は、なんとも微妙なものになっていった。


 燕行がやりすぎさえしなければ、各々がなだめ、時に取引し、片目をつぶる。


 乱世である。


 誰にだって、頭の痛い隣人の一人や二人はいるものだった。


 だが近年、益州に一人、なかなかの才略を持つ将軍が現れた。


 名を、允文という。


 允文は、声高に大義を叫ぶような男ではなかった。


 安城に駐屯していた二年のあいだ、彼は山路図を読み込み、糧道を七度洗い直し、十数組の斥候を山へ入れた。


 その末に、きわめて素朴な結論へたどり着いた。


 ――兵で押しても、崩せない。


 ――人を送っても、見つからない。


 もし攻める砦を誤れば、燕行はただちに異変を察する。


 そうなれば太行山全体が散り散りになり、砦は砦ごとに逃げ、谷は谷ごとに守りを固める。


 その後で改めて片づけようとしても、難しさは増すばかりだった。


 しかも允文が欲していたのは、燕行の死体ではない。


 燕行が死ねば、数百の砦にいる小頭目たちがそれぞれ勝手に王を名乗る。


 燕行が生きていてこそ、太行山にはまだ招撫し、編入する余地がある。


 ならば燕行を破るには、山道から攻めてはならない。


 燕行という人間、そのものから崩すしかない。


 そこで允文は、大金を払って、紅袖詔に依頼した。


 紅袖詔で任務を受けたのは、行司であった。


 行司は依頼を綺国へ持ち帰って評定させると、ほどなく一つの結論を出した。


 美人。


 そして、天命。


 山寨を破り、なおかつ招撫するためには、燕行を生け捕りにしなければならない。


 そこで一つの策が示された。


 ただし、その策にはある物が必要だった。


 しかも、それは使いすぎれば効かなくなる類のものだった。


 ゆえに行司は、策を允文へ渡すとき、ただ一言だけ付け加えた。


「この策は使えます」


「ですが、追加料金をいただきます」


 今回、太行山へ入ったのは、一組の姉妹花であった。


 姉妹とは言うが、本当に血のつながった姉妹なのかは、誰も知らない。


 紅袖詔の者にとって、身分とは外へ着て見せる衣のようなものだ。


 今日は姉妹。


 明日は寡婦かもしれないし、女商人かもしれない。琴師か、薬売りの娘か、落ち延びた官家の令嬢かもしれない。


 だが少なくとも、このときの二人は、実に姉妹らしく見えた。


 一人は、柔らかく微笑む温婉な女。


 一人は、恥じらいを含んだ愛らしい女。


 眉目は似ているのに、気質はまるで違う。


 二人が並んで立つと、静と動、冷と暖が寄り添っているようだった。


 山賊にさらわれてきた女にはとても見えない。


 むしろ、天がわざわざ太行山へ投げ込んだ、二輪の禍水のようであった。


 燕行の手下どもが山を下りて略奪した際、その二人を連れ帰ったのである。


 このようなことは、太行山では珍しくもない。


 普通、さらわれてきた女は、まず小さな匪首へ差し出される。そこで米や酒肉、あるいは褒美の銭に換えられる。


 その後どう分けられるかは、匪首たちの胸先三寸だ。


 だが、今回は違った。


 小匪首は二人を一目見た瞬間、胸がひやりとした。


 このほどの美貌を、自分が先に味見するなど、どうしてできよう。


 もし本当に手を出せば、翌日には燕行によって砦門に吊るされ、風干しにされているかもしれない。


 こうして姉妹花は、すぐさま燕行の前へ送られた。


 燕行は二人を見るなり、目を見張った。


 ほう、姉妹花か。


 しかも、これほど美しい。


 悪くない。


 実に、悪くない。


 普段の燕行なら、この手のことは三文字で済んだ。


 まず、収める。


 しかし、この姉妹花は帳に入るなり、しとやかに拝礼し、自分たちは落ちぶれてここへ流れ着いたが、もとは名門の出である、と語った。


 大王に仕えることは望む。


 ただ、どうか最後に残された清白と名声だけは、憐れんでほしい。


 琴を調べ、舞を献じ、酒を注ぎ、話し相手になるのなら、いくらでも心を尽くす。


 しかし、真に同衾するとなれば、せめて名分が欲しい。


 要するに――


 婚礼の前は、いけません。


 燕行は最初、眉をひそめた。


 彼は山大王であって、慈善堂の主人ではない。


 すでに自分の砦へ来た女が、今さら規矩を語るのか。


 だが、温婉な女が目を上げて彼を見たとき、その瞳には恐怖も嫌悪もなかった。


 むしろ、本当に彼を終生託すに足る英雄だと思っているような光があった。


 さらに愛らしい女が、かすかな声で言った。


「大王は天下に名高い英雄でいらっしゃいます。もし本当に私たち姉妹を生涯の伴侶になさるおつもりなら、ほんの数日すらお待ちいただけないのでしょうか」


 この言い方が、実にうまかった。


 もし二人が泣きわめけば、燕行は興ざめしただろう。


 もしただ拒めば、燕行はおそらく忍耐などしなかった。


 だが二人は拒んだのではない。


 この話を、「大王には、より体面ある形で手に入れる価値がある」と言い換えたのだ。


 これは、実に心地よかった。


 燕行はその場で大笑し、大きく手を振った。


「よし! 本王がその名分をくれてやる!」


 こうして婚礼までのあいだ、姉妹花は、燕行が当時身を置いていた核心大寨の後院に安置された。


 まだ正式に嫁いではいないとはいえ、その待遇は寨中の多くの女たちを上回っていた。


 食べるものは、山下から新たに買い入れた精米と上等な肉。


 着るものは、荊州の商隊が運んできた綾羅綢緞。


 世話をする小丫鬟でさえ、手足が清潔で、顔立ちのよい利発な者が選ばれた。


 初めのうち、燕行はこの姉妹花を美しい花瓶のように思っていた。


 なにしろ彼が太行山賊の頭目となって以来、寨にいる自分の女は多いとは言わずとも、三、四十人はいる。


 だが、この姉妹花ほどの美貌は、確かに他に一人もいなかった。


 しかし数日が過ぎると、燕行の心持ちは少しずつ変わっていった。


 この姉妹花は、ただ美しいだけではなかったからだ。


 普通の女は、彼を前にすれば、口ではどれほど媚びた言葉を並べても、目の底に恐怖を隠しきれない。


 だが、この二人が彼を見るとき、その眼差しは熱く、愛慕と崇拝に満ちていた。


 それは、作り物には見えなかった。


 少なくとも、燕行にはそう見えた。


 彼が酒を飲めば、二人は琴を弾いた。


 彼が鬱々とすれば、酒を注いだ。


 彼が昔いかに人を集め、兵を起こしたかを語ると、二人は瞳を輝かせて聞き入った。


 彼が上機嫌になれば、一差しの舞を献じた。


 その舞は見事だった。


 見事すぎて、普段は人を殺しても瞬き一つしない荒くれ者たちまで、一人残らず魂を抜かれたように見入ってしまった。


 さらに厄介なことに、二人は寵を急がなかった。


 地位を争うこともなかった。


 燕行がその気になれば、二人は頬を赤らめて半歩退き、甘えるように言う。


「大王はお約束くださいました。婚礼の前に、私たちを欺かないと」


 この半歩の退き方が、むしろ迎え入れるよりも致命的だった。


 燕行に、耐えられるはずがなかった。


 紅袖詔の女は、そもそも並の男が抗えるものではない。


 豪門に生まれ、美色を見慣れた貴族たちですら足をすくわれる。


 まして燕行のような、自らを豪雄と信じながら、半生を刃の上で血を舐めて生きてきた山賊に、どうして防げよう。


 わずか数日で、燕行は完全に落ちた。


 彼はついに、荒唐無稽な考えすら抱くようになった。


 女とは、必ずしも刀を抜く速さを鈍らせるものではない。


 時には、刀を抜くことこそ天下のためだと思わせてくれる。


 これは、なかなか恐ろしいことだった。


 婚期は三月十五日と定められた。


 日取りは、あの温婉な女が自ら選んだ。


 彼女は、自分は易経に少し通じていると言った。


 三月十五日は、月満ち、人も円満となる日。


 火は盛んで、風は順う。


 上半期で最も礼を成すにふさわしい日だ、と。


 燕行には、火旺風順などという理屈はわからない。


 だが、美人が良いと言うのなら、それは良い日なのだ。


 彼は膝を叩き、その場で決めた。


「ならば三月十五だ!」


 このたびの婚礼で、燕行は数百の砦すべてを大々的に祝わせるつもりはなかった。


 そんなことをすれば、費用がかさむどころではない。


 人を動かし、酒肉を運ぶだけで、山道は鍋の中の粥のように乱れる。


 ゆえに実際に花を挿し、紅を掛け、棚を組み、宴を開くのは、彼が当時いる核心区域近くの数砦だけであった。


 その他の遠い砦には、せいぜい喜報が届き、肉を一食増やし、酒を数甕分ける程度の、小さな賑わいで済ませる。


 しかし、まさにそれゆえに――


 どの数砦が婚礼を大々的に行うのかを知る者は、燕行が今どこに隠れているかを知ることになる。


 さらに妙なことに、婚礼が済むまでは、燕行も気軽に砦を替えにくい。


 この婚礼は、彼の行踪を一時的に、その山域へ釘づけにするものだった。


 この頃、燕行は周囲の隣人たちから不少の利益をせしめたばかりで、懐がかなり温かかった。


 そこで彼は惜しげもなく酒肉を大量に買い込んだ。


 さらに始末の悪いことに、小娘たちを笑顔にするため、三月十五日当日は必要な巡哨を除き、近隣の数砦で存分に飲んでよい、とまで考えていた。


 慎重に、と諫める者もいた。


 だが燕行は歯牙にもかけなかった。


 彼には、驕るだけの理由があった。


 北の地では、旅城と袁溪が司州を巡って死闘を繰り広げている。


 益州方面では、涼州と何度か小規模な衝突を起こしたばかりで、さらに数組の乱軍を討伐した直後でもあり、今はまさに休養生息の時期だった。


 この時に、いったい誰が物好きにも太行山を攻めに来るというのか。


 それに、たとえ誰かが来たとして――だからどうした。


 山中には数百の砦があり、暗道は蜘蛛の巣のように張り巡らされ、兵糧倉は深い谷に隠してある。


 彼、燕行が隠れようと思えば、誰にも捕まえられない。


 彼の一生は、その本領にこそ支えられていた。

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