第120話 来年は1位を取る──先輩、来年は……
# 来年は1位を取る──先輩、来年は……
審査員がマイクを持った。三校がステージ前に並んでいる。
「第三位。朝霧ヶ丘高校文芸部」
「三位!」
「初出場で三位!!」
落胆ではなかった。壮介は三位を。
「初出場で三位」
と受け取った。
「第二位。北嶺高等学校文芸部」
氷室が小さく頷いた。
「第一位。桜庭高等学校文芸部」
白石が穏やかに笑った。桜庭の統一感が勝った。
審査員の講評。
「第三位、朝霧ヶ丘高校。多様な個性が一つの舞台で調和する独自のスタイルが印象的。"ビカビカ"という独自の表現が記憶に残った。合同誌四十二点、ステージ三十八点、合計八十点」
八十点、桜庭が八十七点、北嶺が八十三点。七点差と三点差。大きな差ではない。
壮介が拍手した。一番大きな拍手を。
「白石くんおめでとう!!」
「ありがとう。朝凪のステージ、審査員が"ビカビカ"を引用してた。順位は三位でも記憶に残ったよ」
氷室が凛先輩のところに来た。
「桐谷先輩。朝凪のステージは三校で一番"声"が聞こえました」
「声か」
「技術では桜庭が上。構成では北嶺が上。でも"声"は朝凪が一番でした」
凛先輩が少しだけ笑った。
合同誌の講評も出た。朝凪の合同誌四十二点。内訳は、楓のレイアウトが特に高評価。壮介のエッセイが「冒頭配置として効果的」。
詩織さんの短編が。
「単体で賞をあげたいレベル」
ステージ三十八点の内訳は、MC構成が高評価。朗読のバリエーションが評価。ただし。
「全体の統一感がやや不足」
が減点理由だった。
「統一感か。桜庭の強みだ」
「統一感と多様性は両立しにくい。朝凪は多様性を選んだ。間違いではない」
「でも七点足りなかった」
「足りなかった。来年は多様性を保ったまま統一感を出す方法を見つける。お前たちが」
*
先生がポケットからカイロを出した。独身教師の冬装備は万全だ。
表彰式の後、ホールの外、九月の空が高い。
七人と先生が並んでいる。
「三位。初出場で三位。上出来だ」
凛先輩が言った。
「桜庭の統一感には負けた。北嶺の個の力にも負けた。七点差と三点差。埋められない差ではない。来年は」
凛先輩が空中に指で書いた。見えない文字を。
「来年は一位を取る」
全員が静まった。壮介の声量がゼロになった。詩織さんの万年筆が止まった。
沈黙、五秒、言ったら確定する。
「先輩。来年は」
俺が言いかけた。言えなかった。
窓の外を見た。全員が書いている気配が背中に伝わってくる。
俺はちゃぶ台から全員を見渡した。
詩織さんが万年筆を強く握っている。キャップは閉まっている。
壮介が口を開いた。
「じゃあ俺たちが取ります」
声五十パーセント。全部が入っていた。壮介の五十パーセントには百五十パーセント分の感情が入る。
「凛先輩が来年いなくても。俺たちが一位を取ります」
「先輩の分まで」
「先輩の分は要らない」
「え?」
「俺の分は俺が持っている。三年間で十分もらった」
凛先輩の声が低い。でも震えていない。
「お前たちは自分の分を取れ。俺のためにではなく。朝凪のために。お前たちが取りたいから取れ。俺の代わりに走るな。自分の足で走れ」
「自分の足で」
「そうだ。来年は朝倉が部長だ。朝倉のやり方でやれ。俺の真似をするな。壮介のMCは壮介のものだ。俺の指示ではなく壮介の判断でやれ。楓の校正は楓の目でやれ。千歳の文章は千歳の感情でやれ。全員が自分のやり方を見つけろ。俺のやり方を引き継ぐな」
「引き継がなくていいんですか」
「いい。引き継ぐのは掟だけだ。書け。読め。笑え。泣くな。それだけ引き継げ。やり方は自分で見つけろ。俺がソファから見ていたように、朝倉はちゃぶ台から見ろ。場所が違えば見え方が違う。違う見え方が新しい朝凪を作る」
凛先輩が長く話した、凛先輩は普段は短い。二文字三文字で核心を突く。でも今日は長い。最後の夏だから。言い残すことを全部言っている。
壮介の目から涙が落ちた。
「花粉だ!!」
「また花粉か」
「花粉だ!!」
凛先輩が笑った、壮介も笑った、泣いている。
楓が短歌を詠んだ。声が震えていた。
「先輩の 背中を追って 走る日々 来年もきっと 走り続ける」
字余り。楓の感情が溢れた。
「楓も泣いてる」
「泣いていません。字余りです」
「字余りは涙だ!!」
「感情の過剰です」
ひなたが静かに泣いていた。先生の目も赤い。花粉が四人分。
凛先輩が全員を見た、一人ずつ、先生を。
「お前たちは強い。俺がいなくても強い。俺がいた時より強くなる。断言する」
「先輩」
「来年、一位を取ったら連絡しろ。赤ペンで返す」
「赤ペンで!? 一位を取っても赤ペンですか!?」
「赤ペンが入るうちはまだ上がある。赤ペンがなくなった時が本当の完成だ」
「先輩。来年、一位取ります。朝凪の一位を」
「いい返事だ」
*
ホールの近くにかき氷の屋台があった。
壮介が賞状を片手に叫んだ。泣いた顔のまま。
ひなたがスマホでこっそり実況している。
「先輩たちの掛け合い、テンポ神です」
「いいね」
「暑いですから」
二十人がかき氷を食べている。
壮介がイチゴ味、楓がメロン味、先生が抹茶味。
「かき氷の色と文芸部は関係ありません」
「矛盾です」
楓の耳が赤くなった。壮介は気づいていない。楓がメロンのかき氷を一口食べた。
「壮介先輩。今日のステージ、どうでしたか」
「私ではなく凛先輩のおかげです」
「凛先輩が教えてくれて、楓が電話で校正してくれた。二人のおかげだ」
「先輩。それは」
「楓がいなかったら俺の一秒は一・二秒だった。〇・二秒の差は楓が埋めた。〇・二秒は大きい」
「〇・二秒を大きいと言ってくれる先輩は初めてです」
「壮介のテンションに換算しないでください」
壮介の独自理論。〇・二秒を壮介の熱量に換算する。楓が呆れている、でも嫌そうではない。壮介の独自理論を楓は否定しない。否定せずに校正する。
白石がかき氷を食べながら言った。
「朝倉くん。来年は朝倉くんが指揮を取るんでしょ。桐谷先輩はソファから全体を見る人。朝倉くんはちゃぶ台から一緒に走る人。違うものが見たい」
「白石にまで分析されてる」
「分析屋だからね」
「桜庭は来年も白石が指揮か」
「うん。三年目。最後の年。お互い最後だね」
「最後か」
「最後だよ。だから全力でやり合おう。来年の団体戦が最後のぶつかり合いだ」
白石が真剣な目をしていた。穏やかな笑顔の奥に。白石も三年生になる。白石にとっても最後の年だ。
握手した。かき氷を持ったまま。シロップでベタベタだ。
氷室が詩織さんに。
「千歳さん。来年は"遠い声"を超えてください」
「超えます」
「何を書くつもりですか」
「まだ分かりません。でも超えます」
「分からないのに超えると。千歳さんらしい」
「書けば分かります。いつもそうです。書いている途中で分かる」
「書きながら分かる。僕には真似できない。僕は書く前に全部決めるから」
「氷室さんと私は逆ですね」
「逆です。だからライバルとして面白い」
詩織さんと氷室、書き方が逆、逆だからぶつかる。ぶつかるから面白い。
園田がかき氷を食べながら楓に声をかけた。
「萩原さん。朝霧祭、呼んでくれるなら行きますよ」
「ぜひ来てください」
「また即興対決しましょう」
「負けません」
凛先輩の「外を中に呼ぶ」計画が、かき氷の場で動き始めている。
凛先輩がかき氷のスプーンを置いた。
「白石。北嶺。聞いてくれ」
白石と氷室が振り向いた。
「朝凪の朝霧祭。十月。三校合同のステージをやりたい」
「三校合同!?」
「桜庭と北嶺を朝凪の朝霧祭に呼ぶ。フェスで外に出た。合宿で外と混ざった。団体戦で外と戦った。次は外を自分たちの場所に呼ぶ」
白石が笑った。
「面白い。やろう」
「氷室は?」
「参加します。桐谷先輩の企画なら」
「企画書を送る。ミステリ屋の企画書だ。構成は完璧だ」
「楽しみにしています」
三校合同の朝霧祭。去年は朝凪だけで五十七人だった。三校が集まれば百人を超える。
「先輩。それ、最高ですね」
「最高だ。俺の最後の朝霧祭だ。最高にする」
凛先輩が「最高」を使った。今年の「最高」は朝霧祭で使われた。
凛先輩が空を見上げた。九月の空が高い。
「いい夏だった」
三文字。重い。凛先輩の「いい」は年に数回しか出ない。
*
帰りのバス。七人と先生。
壮介が賞状を声に出して読んでいる。三回目。
「"第三位。朝霧ヶ丘高校文芸部。多様な個性が調和する独自のスタイル"!! チームの名前だ!!」
「壮介。三回読んだ。もういい」
壮介が卓を叩いた。お茶が跳ねた。
「落ち着け」
「チームの名前だな」
楓が壮介の隣に座っている。イチゴの赤。
「壮介先輩。口が赤いです」
「かき氷の跡!?」
「拭いてください」
壮介がハンカチで口を拭いた。楓のハンカチだ。
「洗って返す!!」
「楓のメロン美味しかった?」
「美味しかったです」
「俺のイチゴは?」
「先輩のイチゴは先輩の色でした。赤くて大きくて、声みたいに」
「先輩。カレーうどンとは比べないでくださいね」
「先輩の 食の基準は カレーだけ」
詩織さんが窓の外を見ていた。
「詩織さん」
「はい」
「"遠い声"。ステージで聴いて、もう一回聴きたいと思った」
「もう一回?」
「朝霧祭で。凛先輩が三校合同って言ってた。朝霧祭のステージで詩織さんの"遠い声"をもう一回聴きたい。もっと多くの人に」
「朝霧祭で」
「去年は五十七人だった。今年はもっと来る。百人。百人の前で詩織さんの"遠い声"を聴きたい」
詩織さんが微笑んだ。
「朝倉くんにそう言われたら、読まないわけにはいきません」
「読んでくれるか」
「読みます。取材です」
「取材?」
「はい。朝倉くんが百人の前で聴きたいと言った。その感想は取材対象です」
「俺の感想が取材対象か」
「最重要取材対象です」
最重要。
「最重要」
でも詩織さんが笑っているからいいことだ。
「取材なら仕方ない」
「仕方ないです」
「メモします」が完全版で戻ってきた。合宿以来、減っていた「気になります」が。詩織さんが書き上げた後の、
凛先輩がバスの最後列にいる。先生が隣にいる。
「凛。十年顧問をやって一番いい夏だった」
「先生の十年が嘘じゃないなら、嬉しいです」
「嘘じゃない。事実だ」
「先生。来年もいてくれますか」
「いる。顧問は辞めない。お前がいなくなっても」
ちゃぶ台の上のお茶が波打った。
「先生がいるなら安心です」
「安心するな。俺は寝てるだけだ」
「寝てるだけの顧問が一番いい顧問です」
「凛。お前も十年顧問やれば分かる。寝てるだけで生徒が育つのが最高の顧問だ」
部室が笑いに揺れた。
「うるさい。缶コーヒーのせいで口が滑った」
先生がコーヒーを飲んだ。凛先輩と先生の間に言葉にならない信頼がある。
壮介が賞状をもう一度見た。
「陽翔」
「ん」
「来年。俺、MCやる。凛先輩がいなくても。台本書く。楓に校正してもらう。一秒の沈黙も入れる。でも凛先輩のコピーはしない。俺のやり方で。俺のビカビカで」
「壮介。一緒にやろう」
声が戻った、百パーセント、バスが揺れた。楓が壮介の隣で呟いた。
「先輩の 声が戻れば 大丈夫」
「短歌で確認するな!!」
「来年は新星じゃなくて恒星になります!」
「恒星!! カッコいい!!」
楓が。
「恒星は星が死ぬ前の状態です」
と指摘した。ひなたが。
「超新星!!」
と喜んだ。
夏が終わる、二年目の夏、外を見た夏。三校で戦った夏。全部があった夏だった。
九月の空が暗くなっていく。バスの中で七人がそれぞれのことをしている。先生がコーヒーを飲んでいる。
壮介が最後に叫んだ。
「来年一位!!」
「ごめんなさい!!」
凛先輩が最後列で笑っている。小さく。でも確実に。
部室に帰ったら、テーブルを元に戻す。リハーサルでどかしたちゃぶ台を。ちゃぶ台の跡が畳に残っている。あの跡の上にちゃぶ台を戻す。いつもの位置に。部室に。
でも部室は、もういつもの部室ではない。三位の賞状が壁に貼られる。ホワイトボードに「団体戦3位」と書かれる。凛先輩の字で。
考えるな。今は考えるな。今は秋のことを考える。
壮介のいびきが聞こえ始めた。壮介は泣いた後にすぐ寝る。楓が小さく笑った。




