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第119話 地区団体コンクール──三校、激突

# 地区団体コンクール──三校、激突


 九月、地区の文化ホール、客席二百席。フェスの文化センターより大きい。照明がステージを照らしている。マイクが三本。審査員席に三名。


 朝凪の合同誌が審査員に提出された。楓がデザインした表紙。楓が一晩かけて描いた。


 バックステージで七人が待機していた。壮介がスマホを握っている。台本、ポケットに入れた、見ない。


「壮介先輩。手が震えています」


「震えてない!!」


「震えています」


「震えてるけど大丈夫だ!!」


「大丈夫です。先輩の手が震えている時は、声が出る準備ができている時です」

「三ヶ月で覚えました」


 ひなたが。


「これは伏線回収ですね」


 とメモした。現実をラノベで解釈するな。

 楓が壮介の手の震えを「声の準備」と読み取る。


 


「頑張ります!」


 詩織さんが原稿を確認している。「遠い声」。万年筆で書いた字を指でなぞっている。お守りのように。


 誰も喋らない。でも静かではない。


 先生がバックステージの隅でポケットに手を突っ込んだまま。


「お前たち。行ってこい」


「行きます!!」


    *


 桜庭が先攻だった。


 白石がステージに立った。スライドを使ったプレゼン形式。画面に作品の抜粋が映される。白石が解説を加えながら朗読する。論理的で鮮やか、構成が精密だ。桜庭の部員全員が揃いのTシャツで登壇している。動きも揃っている。視覚的な統一感。


 白石の声が会場を支配した。穏やかだけど芯がある。合宿で聞いた声と同じだが、ステージに立つと違って聞こえる。


 桜庭の合同誌も審査員に配られた。


「すげえ。プロみたいだ」


 壮介が小声で言った。


「構成が完璧だ。白石らしい」


 部室の空気が締まった。全員が書く体勢に入った。


「統一感があります。でも個人の声が見えにくい。全員が同じ色に塗られている」


 楓の指摘。桜庭の弱点。凛先輩が「七人七色」と名づけた多様性。


 白石の締め、穏やかに、桜庭の完成度は高い。


「強い」


「強いです。でも朝凪とは違う強さです」


 楓が冷静だ。


    *


 北嶺の番。


 氷室がステージ中央に立った。一人。他の部員は照明とBGM担当。氷室の一人朗読劇。


 氷室の声がホールに響いた。低くて鋭い。文章の構造が声に乗ると、ホールの空気が引き締まる。客席が息を呑んだ。一人で二百人を支配している。


 氷室の文章は冷たい。でも冷たさの中に正確さがある。ゼロ度の文章がホールを凍らせた。


 北嶺の合同誌も配られた。氷室の作品が全体の半分を占めている。ワンマン構成。ステージも合同誌も氷室中心。


 詩織さんが横で拳を握っていた。


「氷室さん。すごい」


「すごいか?」


「はい。一人であの空間を作れる。私にはできません」


「詩織さんにはできなくていい。詩織さんは一人で戦わなくていい。六人いるから」


「六人」


「六人と先生と凛先輩。全員がいる」


 詩織さんが頷いた、氷室は一人で戦う。詩織さんは七人で戦う。戦い方が違う。


 氷室の朗読が終わった。拍手。大きい。一人の力でこの拍手を引き出した。


「個の力は圧倒的だ。だがチームではない」


 凛先輩が客席の最後列から見ている。俺にはその声は聞こえない。でも凛先輩がそう思っていることは分かる。合宿で聞いた。


「氷室のワンマンだ。弱点はそこだ」


    *


 朝凪の番。


 壮介がステージに出た。マイクを握った。楓の文字と壮介の声が詰まったポケット。


 目を閉じた。一秒。壮介の沈黙は声百五十パーセントより重かった。


 目を開けた。


「朝凪高校文芸部です」


 叫んでいない。届けている。声ではなく密度で空間を作っている。


「七人います。全員が書く人間です。全員が違うものを書きます。一人一人はバラバラです。でも合わさるとビカビカです」


 客席がざわめいた。「ビカビカ」。審査員がメモを取った。


「カレーうどンみたいに。カレーだけでもうまい。うどんだけでもうまい。でも一緒になるとビカビカだ」


 客席から笑いが漏れた。自分の文の比喩。審査員の一人が口元を緩めた。壮介の声が会場の緊張を解いた。


 壮介の筆箱から消しゴムが三個出てきた。全部、名前が「壮介」と書いてある。自分の名前だけは間違えない。


 楓がステージに出た、立った、ステージでは立つ。マイクの前に。連作五首。


「七人の部室」


「"ちゃぶ台の 跡が畳に 残る日も ここにいたよと 証を刻む"」


 一首目、声が小さい、マイクが拾う。二百人が耳を澄ませた。壮介の壮介の叫びで緩んだ空気が、楓の声で引き締まる。緩急。壮介と楓の連携が無意識に機能している。


 五首目、楓が一瞬間を置いた、即興ではない。でも間を作った。凛先輩がリハーサルで言った。


「その場の空気を入れろ」


 楓が空気を読んだ。


「"七人の 声が重なる 畳の上 ここが世界の 真ん中だ"」


 「真ん中だ」。断定。凛先輩の一文字。宣言が会場に響いた。


 壮介の声と楓。沈黙が部室のバランスを作っている。


 ひなたがラノベの抜粋を読んだ。テンポが弾む、客席が笑った。ラノベの軽さがステージの武器になっている。ラストの一行。ひなたがゆっくり読んだ。凛先輩の指示。「走った後に立ち止まる」。客席の空気が変わった。笑いから静寂へ。


 壮介が繋いだ。


「次は朝倉陽翔。元サッカー部員が見つけた、走る文章です」


 俺がステージに出た、「走れ、春」の冒頭、届けた。


 壮介が繋いだ。


「そして千歳詩織。金賞作家の声を聴いてください」


 詩織さんがステージに出た。万年筆が胸ポケットに。原稿を手に。「遠い声」。


 読み始めた。


 空気が変わった。ホール全体の。インクの重さが声の重さになっている。


 「あなたに届けたい声があります」。詩織さんの声が響いた。「でもこの声は手紙にしか乗りません」。二百人が聴いている。受取人のいない手紙の声を。


 俺の胸がざわついた。この声はどこかに向いている。どこに向いているかは分からない。でも向いている、確実に。


 詩織さんの朗読が終わった。五秒の沈黙。客席が動けなかった。


 壮介がマイクの前に戻った。


「俺たちはここにいます。七人で」


 一秒、沈黙、目を伏せた。二百人の前で。声を出さない一秒。ゼロの壮介のテンション。


 目を開けた。


「聞いてくれて、ありがとうございました。ビカビカだっただろ」


 「だっただろ」。疑問ではなく確信。凛先輩が直した一文字。「でしょ」ではなく「だろ」。確信がホールを満たした。


 拍手、大きな拍手。壮介がステージ上で胸を張った。泣きそうだ。楓がステージ袖から見ている。


「先輩。泣くのはまだ早いです」


「泣いてない!! 花粉だ!!」


 花粉。壮介が初めて使った。凛先輩の伝統が受け継がれた瞬間。


    *


 バックステージ。七人が戻ってきた。


「やった!!」


 本番が終わった解放感。


 詩織さんがペンを止めた。

 壮介がちゃぶ台を叩いた。お茶の水面が揺れた。


 

 全員が興奮している。ステージの余熱が残っている。七分間。七人の声が一つの舞台に乗った七分間。


 凛先輩が客席から戻ってきた。一番後ろの席から。全員の前に立った。


 目が赤かった。


「花粉か」


「花粉だ」


「九月に」


「飛んでいる」


 先生が凛先輩の隣に立った。


「凛。感想は」


「百点」


 


「百点!?」


「百点だ。あと十点は本番で埋めると言った。埋まった」


「何が十点を埋めたんですか」


 楓が聞いた。


「全部だ。壮介の一秒。楓の断定。ひなたの余韻。朝倉の声。千歳の完璧。全部が噛み合った。リハーサルでは九十だった。本番で百になった。本番の緊張が全員を一段上げた」


「緊張が上げたんですか」


「緊張は敵じゃない。味方だ。緊張した時に一段上がれる人間は、本番に強い人間だ。お前たちは本番に強かった」


 凛先輩の分析。緊張が味方になった。七人全員が一段上がった。


「お前たちのステージを客席から見た。初めてだ。自分のチームのステージを客席で見るのは。贅沢だった」


「贅沢でしたか」


「贅沢だった。部長を三年やっていて一番贅沢な七分間だった」


 凛先輩の声が少し震えた。九月の花粉。


 


「お前の一秒で客席が止まった。二百人が動けなくなった。あれは百の言葉より重かった」


 壮介の目から涙が落ちた。堪えきれなかった。


 


「お前も花粉か」

 凛先輩が笑った。花粉が二人分。文芸部の伝統が受け継がれた。


 先生がコーヒーを全員に配った。自販機で買ってきた、七本、全員分。


「顧問の仕事だ。本番後の水分補給。経費で落とす」


「経費!?」


「嘘だ。自腹だ」


 先生の自腹。七本分。先生の愛情はコーヒーの形をしている。


 白石が朝凪のバックステージに来た。


「朝倉くん。良かったよ」


「ありがとう」


「"ビカビカ"、審査員がメモ取ってた。聞いたことない言葉だから。記憶に残った」


「白石も客席で見てたのか」


「見てた。桜庭のステージが終わった後。朝凪を聴きたくて残った。壮介くんのMC、フェスと全然違う。声は変わらないのに質が変わった。台本の力か」


「楓の校正の力だ」


 氷室も来た。詩織さんに。


「千歳さん。"遠い声"。客席で聴きました。負けました」


「氷室さん。あなたの朗読もすごかった」


「僕のは技術です。千歳さんのは感情です。技術は真似できる。感情は真似できない。今日は千歳さんの勝ちです」


「氷室さん。負けません。次も」


「どうぞ。ライバルが弱くなったら、僕も弱くなる」


 結果発表まであと三十分。


 「今は食べられません」。


「終わったら食べる!!」


「付き合います」


 散文で。


 七人がバックステージに座っている。コーヒーを飲んでいる。先生のコーヒー、凛先輩も飲んでいる、八本目だ。先生が八本買っていた。凛先輩の分も計算に入っていた。


 七人と先生。八人。壮介の声がバックステージを温めている。


 結果発表を待つ。三校のステージが終わった。桜庭の完成度、北嶺の圧倒。朝凪の七色。どこが一位か分からない。


 でもやりきった、七分間、七つの声。凛先輩の百点。それだけで十分だ。


 壮介がポケットに手を突っ込んだ。先生と同じポーズで。コーヒーを飲む壮介は先生に似ている。


「壮介。先生の真似か」


「記録します。今日の全てを」


 楓がノートに書いている。今日のステージを三十一文字に変換している。何首になるだろう。


「ビカビカって何ですか」


 詩織さんのペンと壮介のスマホ。


 詩織さんが万年筆のキャップを外していた。原稿の余白に何かを書いている。ステージの感想だろうか。詩織さんの万年筆が動いている。書いている、書ける、もう止まらない。


 結果発表のアナウンスが聞こえた。全員がステージに向かった。三校がステージ前に並ぶ。朝凪と桜庭と北嶺。


 白石が朝凪の列の横に立った。目が合った。白石が小さく頷いた。


「良い勝負だった」


 の頷き。氷室がその向こうにいる。腕を組んでいる、表情が読めない。氷室はいつも表情が読めない。


 壮介が俺の隣に立った。


「陽翔。どうだった」


「やりきった」


「俺も。一秒、できたよな」


「できた。完璧だった」


「完璧!?」


「百点。凛先輩が言った」


 


 壮介が声を抑えた、泣きそうだ、でも堪えている。


 楓が壮介の反対側に立った。左に楓。壮介を挟んでいる。


「壮介先輩。結果がどうでも、今日のステージは百点です」


「楓」


「凛先輩が百点と言いました。審査員が何点をつけても、凛先輩の百点は変わりません」


「変わらない」


「変わりません」


 楓の言葉が壮介を支えている。結果発表の前の緊張を、楓が散文で解いている。


 凛先輩が客席の最後列から立ち上がった。ステージ前に歩いてきた。全員の後ろに立った。腕を組んで。


 詩織さんがそれを握っていた。結果発表の前でも万年筆を持っている。詩織さんの万年筆は常に書く準備ができている。


 審査員が立ち上がった。マイクを持った。


「それでは、地区団体コンクールの結果を発表いたします」


 壮介の手が震えた。俺の手も震えた。詩織さんがペンを強く握った。


 七分間のステージ。壮介の一秒の沈黙。全部が審査員の手の中にある。


「記憶に残れ」


 残ったのか。残っていないのか。

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