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第117話 壮介、台本を書く(人生初)

# 壮介、台本を書く(人生初)


 凛先輩に「台本を書け」と言われてから三日が経った。


 壮介がちゃぶ台の上にスマホを置いた。画面が開いている。メモ帳アプリ。タイトルが書いてある。


「だんたいせんだいほん」


 ひらがなだ。


「壮介。タイトルがひらがなだ」


「漢字が分からなかった!!」


「団体戦台本。変換しろ」


「変換した!! でも内容が書けない!!」


「レベルアップの音が聞こえます」


 ラノベの読みすぎだ。

 壮介のスマホのメモ帳。タイトルの下は空白だった。三日間。タイトルだけ書いて三日間。壮介は声で場を動かせる。でも声を文字にできない。声と文字の間に壁がある。


「何を書けばいいか分からない。俺のMCはいつもアドリブだ。頭で考えて口から出る。手を経由しない。口から直接出る。それを手に通すと止まる」


「壮介の回路は口が直結なのか」


「直結だ!! 脳→口。脳→手→口の回路がない!!」


 楓がちゃぶ台の向かいに座っていた。正座。ノートとシャーペンを持っている。壮介の台本を校正するために来た。校正する対象がまだ存在しない。


「壮介先輩。まず話してください」


「話す?」


「台本を書く前に、ステージで何を言いたいか話してください。口で。私がメモします」


「楓がメモ!?」


「先輩の声を文字にします。先輩は口が得意です。私は文字が得意です。先輩が話して、私が書く。それで台本になります」


 楓の提案、壮介が話す、楓が書く。壮介の声を楓の文字が受け止める。二人の合作。


「よし!! 話す!!」


 壮介が立ち上がった。声量百パーセント。


「えー、朝凪高校文芸部の地区団体コンクールのステージです!! 七人います!! バラバラです!! でもバラバラが武器です!! 聴いてください!!」


 楓がシャーペンを走らせた。壮介の声を文字に変換している。壮介が話すスピードと楓が書くスピードが同期している。


「先輩。"バラバラが武器"は凛先輩の言葉ですよね」

「先輩自身の言葉で言い直してください。凛先輩の借り物ではなく」


「俺の言葉!?」


「はい。先輩の声で言わないと、先輩のMCになりません」


 壮介が黙った、三秒、考えている。自分の言葉を探している。


「バラバラって、カレーうどンみたいなんだ」


「飯って、カレーとうどんだろ。別々だ。カレーだけでもうまい。うどんだけでもうまい。でも合わさるとビカビカだ。朝凪もそうだ。一人一人はバラバラだ。でも合わさるとビカビカだ」


 楓のシャーペンが止まった。壮介を見た。三秒。


「先輩。今のは良いです」


「良い!?」


「"合わさるとビカビカ"。先輩にしか言えない言葉です。それを台本に入れましょう」


「ビカビカが台本に!!」


 楓がメモに書いた。


「合わさるとビカビカ」


 壮介の原点の言葉が台本に入る。


    *


 壮介が話し続けた。楓が書き続けた。


「次に一人ずつ紹介する!! 最初は詩織ちゃん!! 金賞!! すごい!! 聴けば分かる!! 万年筆の音が聞こえる文章!!」


 楓が書いた。そして赤ペンを入れた。


「先輩。"すごい"を三回使っています。一回にしてください」


「一回!? すごいのに!?」


「"すごい"は一回だから刺さります。三回言うと薄まります」


「薄まる!?」


「はい。凛先輩の"最高傑作"も一回だから重いんです。先輩の"すごい"も一回にすれば重くなります」


「一回のすごいが三回のすごいより重い」


「はい」


 


「経済学ではありません。短歌の原理です。三十一文字に無駄はありません。MCも同じです」


 楓が壮介に言葉の密度を教えている。短歌の原理、無駄を削る、一語の重みを上げる。


 ひなたがスマホでこっそり実況している。


「先輩たちの掛け合い、テンポ神です」


「悪くないです。でも"走る"だけでは伝わりません。"元サッカー部員が見つけた、走る文章"。これで背景が伝わります」


「長くないか?」


「MCは一文が長くても大丈夫です。先輩の声なら最後まで聴かせられます。問題は文章の長さではなく、声の力です」


 


「あります。だから長くても大丈夫です」


 壮介が各メンバーの紹介文を次々と話していく。楓がメモして、直して、壮介に読ませて、また直す。


 


「いいです。"新星"が効いています」

「数えないでください」


 楓が黙って壮介の横に正座した。


「貴重ではありません。先輩の紹介が上手くなっただけです」


 


 台本を書きながら。楓の校正を受けながら。壮介の言葉が研がれていく。でも言葉の密度が変わっている。


「先生の紹介は?」


 先生がコーヒーのプルタブを弾いた。


 壮介がノートを落とした。拾おうとして頭をちゃぶ台にぶつけた。


「定義ではありません。観察結果です」

「先輩。"サッカーの戦術眼で文章を書く"は説明が長いです。もっと短く」


 


「いいですね。"走る文章の朝倉陽翔"。二十文字以内。MCにちょうどいい長さです」


 窓ガラスがびりびり鳴った。


 


「編集ではありません。校正です」

 壮介が嬉しそうだ。楓に校正されることが口元が緩んだ。何度間違えても「では次」と言うから。


「先輩。"人を斬る"は怖いです。"人の心を掴む"にしてください」


 


「そう言われると照れます」


「照れてる!?」


「照れていません。次に行ってください」


 楓の耳が赤い。照れている。壮介に「心を掴む」と言われて照れている。


 


「"天才"は言いすぎです。"新星"にしましょう」


 


「ひなた先輩はまだ一年目です。天才より新星のほうが正確です」

「凛先輩はステージに立ちません。MCでの紹介は短くていいかもしれません」


「今の冗談?」「本気」「本気のほうが怖い」


「短く? でも先輩を紹介しないわけには」


「紹介はします。"今日のステージを設計した人"。それで十分です」


「設計した人。凛先輩がステージを設計した。うん。それがいい。凛先輩はステージに立たなくてもステージを作った人だ」


 楓が頷いた。壮介が凛先輩の役割を理解している。ステージに立たなくても、凛先輩はステージの設計者だ。MCがそれを伝える、壮介の仕事だ。


「先輩。先生を弁当係で紹介するのは失礼です」


 


「"私たちを見守る人"でいいです」


「見守る人。先生は見守る人。うん。それだ」


    *


 二時間後。壮介の台本ができた。


 正確には壮介が話して楓が書いた台本だ。文字の合作。楓が書いたから読める台本になった。


「読んでみてください」


 壮介がスマホのメモ帳に楓の清書を写した。フリック入力で。壮介は紙よりスマホが読みやすい。


 壮介が台本を読んだ、声に出して、部室で。壮介のテンション八十パーセント。リハーサルモード。


「朝凪高校文芸部です。七人います。一人一人はバラバラです。でも合わさるとビカビカです。飯みたいに。カレーだけでもうまい。うどんだけでもうまい。でも一緒になるとビカビカだ」


 凛先輩がソファで聴いていた。腕を組んで、目を閉じている、聴いている。凛先輩は目を閉じて聴く時がある。文字ではなく声で判断する時だ。


 壮介が台本を最後まで読んだ。


「以上、朝凪高校文芸部でした。最後まで聴いてくれてありがとうございました!! ビカビカだったでしょ!!」


 凛先輩が目を開けた。


「壮介。悪くない」


「悪くない!?」


「"ビカビカ"が効いている。お前の言葉だ。借り物じゃない」


「先輩たちの掛け合い、テンポ神です」


「引き出したのは楓だが、言葉は壮介のものだ。お前にしか言えない言葉がある」


 部室が笑いに揺れた。


「でも先輩。一箇所直す」


「どこ!?」


「"ビカビカだったでしょ"。"でしょ"を"だろ"に変えろ。疑問ではなく確信で言え。お前が確信を持っていなければ客に伝わらない」


「"ビカビカだったでしょ"を"ビカビカだっただろ"に」


「そうだ。お前は聞いているのではない。伝えているんだ。MCは確信を声にする仕事だ」


 壮介が頷いた。


「ビカビカだっただろ」


 疑問から確信へ。一文字の変更で壮介のMCが変わる。凛先輩の赤ペンが一箇所だけ入った。一箇所、少ない。凛先輩の赤ペンが少ないのは認めている証拠だ。


 詩織さんが取材ノートに書いている。


「壮介くんの台本。楓さんが翻訳者になっていますね」


「翻訳者?」


「壮介くんの声を文字に翻訳する人。壮介くんは口から言葉を出す人。楓さんは手で言葉を受け止める人。二人で一つの台本を作った」


 


「翻訳者ではありません」


 


「認定していません。気になります」


 詩織さんが。


「気になります」


 を使った。久しぶりだ。「取材です」が出る時の詩織さんは元気だ。


 俺が台本を受け取った。全体統括として確認する。


 壮介の台本を読んだ。声に出さずに。壮介の台本は壮介の声が聞こえる。


「壮介。台本、全体のバランスは良い。でも一箇所。楓の紹介が短い」


「短い?」


「他のメンバーは二行ずつあるのに、楓だけ一行半。もう半行足してくれ」


 


「全体統括として言っている。バランスの問題だ」


 


 壮介が目が輝いている。


 壮介が楓を見た。


「楓。もう半行、何を言えばいい?」


「私の紹介は先輩に任せます」


「俺に任せる!?」


「先輩が私をどう紹介するかは、先輩の言葉で決めてください。私は校正しません」


「校正しない!? 楓の紹介だけ無校正!?」


「はい。先輩の言葉をそのまま使います」


 壮介が考えた。五秒。壮介が五秒考えるのは長い。


 楓の手が止まった。シャーペンが止まった。


「先輩。最後の一文は台本に入れなくていいです」


 


「事実ですが、ステージには関係ありません」


「関係ある!! 楓が飯を食べてくれたから俺は楓を信頼してるんだ!! 信頼がMCの根底にある!!」


 楓が小さく笑った。笑っている。壮介の回路をそのまま受け入れる。


「先輩。最後の一文は削りませんが、本番では言わなくていいです」


「言わない?」


「台本に書いておくだけで十分です。先輩が台本を読む時に、その一文が見える。見えるだけで声に力が入る。言わなくても伝わる力があります」


「言わなくても伝わる力」


「はい。書いてあるだけで、声が変わります。短歌と同じです。三十一文字の中に書かなかった言葉が、読む人に伝わる。台本もそうです」


 楓が壮介に。


「言わない言葉の力」


 を教えた。台本に書いてあるが口に出さない一文。それが壮介の声を変える。楓の短歌論がMCに転用された。


    *


 帰り道。壮介と楓が並んで歩いている。俺はその後ろを歩いている。


「楓。今日はありがとう」


「ありがとう、ですか」


「うん。俺一人じゃ台本書けなかった。楓がいたから書けた」


「先輩が話したから書けたんです。私はメモしただけです」


「メモじゃない。翻訳だ。詩織ちゃんが言ってた。楓は俺の翻訳者だって」


「翻訳者ではありません」


「翻訳者だ。楓が俺の声を文字にしてくれる。俺が楓の文字を声にする。合ってるだろ?」


 楓が三秒黙った。


「合っています」


 散文だった、短歌ではなく、「叫ぶ!!」。


 壮介のスマホに台本が入っている。楓の字で清書されたものをフリック入力で打ち直した。声だけの男が「書く」に踏み込んだ。


「壮介。台本、何文字だ」


 


 壮介がスマホの文字数を確認した。


 


「八百文字か」


「少ない!?」


「MCの台本で八百文字は十分だ。五分のステージに八百文字。一分百六十文字。ちょうどいいペースだ」


 


「先輩の八百は 声に乗る時 三千の力」


「三千!? 壮介の熱量で三千文字相当!?」


「声の大きさで文字数が増えるわけではありません。比喩です」


 


 壮介の八百文字。エッセイの二千文字とは別の八百文字だ。壮介の武器が増えた。


 ビカビカの台本が、部室のスマホの中で光っている。


 壮介が最後に言った。声五十パーセント。壮介の五十パーセントは普通の声だ。


「楓。来週のリハーサル、隣にいてくれ」


「台本の確認のためですか」


「確認もあるけど。楓が隣にいると安心する」


「安心」


「うん。楓がいるとでは次って言ってもらえる気がする。間違えても。何回失敗しても」


「言います。何回でも」


 散文だった、短歌ではなく、壮介が。


「散文の言います!!」


 と叫びかけた。楓が。


「叫ばないでください。今の雰囲気が壊れます」


 と止めた、壮介が口を閉じた、珍しく。

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