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第116話 団体戦へ──七人の持ち場

# 団体戦へ──七人の持ち場


 八月後半。部室。蝉の声が窓から入ってくる。


 凛先輩がホワイトボードの前に立った。赤マーカー。


「地区団体コンクール。九月第一週。あと二週間」


「二週間!?」


「二週間だ。合同誌とステージの総合点で順位が決まる。審査員が三名。合同誌五十点。ステージ五十点。合計百点満点。桜庭と北嶺が相手だ」


 凛先輩がホワイトボードに書いた。赤で「合同誌:50点」。青で「ステージ:50点」。黒で「合計:100点」。


「桜庭はプレゼン力が強い。ステージで高得点を取る。北嶺は文章力が高い。合同誌で高得点を取る。朝凪の強みは何だ」


「多様性」


「そうだ。合同誌にもステージにも多様なジャンルを出せる。偏りがない。それが武器だ」


 壮介が手を挙げた。


「俺は何すればいい?」


「お前はMC。ステージの進行を全部お前に任せる」


「全部!?」


「全部だ。ステージの空気はお前が作る。ステージ五十点のうち、MC次第で十点は変わる」


「十点!! 俺の声に十点!!」


「十点は冗談だ。たぶん五点」


「下がった!!」


「五点でも大きい。百点中の五点。お前の声がチームの得点を左右する」


 ひなたが。


「覚醒イベントですね」


 と目を輝かせた。

 壮介が真剣になった。MCの責任。フェスのステージでは内容ゼロだった。合宿のあるある大会では少し仕切れるようになった。今度は本番だ、点数がつく、審査員がいる。


「ただし壮介。台本を書け」


「台本!?」


「今までアドリブでやってきた。フェスでは通じた。だが団体戦は点数がつく。アドリブだけでは不安定だ。台本を作れ。骨組みだけでいい。暗記しろとは言わない。持っておけ」


「台本。俺が台本を書く」


「書け。お前は声で場を動かせる。台本があれば、声に構造が加わる」


 壮介が頷いた。台本を書く。壮介が文章を「話す」ために書く。


「楓」


「はい」


「合同誌のデザインとレイアウト。七人分の作品を一冊にまとめろ。表紙もお前だ」


「承知しました。表紙のテーマは?」


「お前に任せる。楓の美意識を信じる」


 楓の目が一瞬光った。凛先輩に美意識を信じると言われた。楓にとって大きい。


「壮介先輩の作品を最初に配置していいですか」


「なぜ壮介が最初だ」


「壮介先輩のエッセイはインパクトがあります。最初に読者の心を掴む。掴んだ後に詩織先輩の短編で深める。凛先輩のミステリで引き込み、朝倉先輩の短編で走らせ、ひなた先輩のラノベで休ませ、最後に私の連作短歌で静かに閉じる。この流れが最適です」


「楓。お前、編集者に向いてるんじゃないか」


「短歌詠みです。でも配置は好きです」


 先生が缶コーヒーを一口飲んだ。


「楓が俺を最初に置いてくれる!!」


「インパクト担当です。先輩の声と同じで、最初にどかんと」


「どかん!! 俺がどかん!!」


「先輩。喜びすぎです」

「先輩にとっての 特別は 最初の位置」


 ちゃぶ台の上のお茶が波打った。


 先生のポケットから飴が転がり落ちた。「非常食だ」。教師の非常食が飴。


 凛先輩が楓の提案を聞いて頷いた。


「壮介→千歳→凛→朝倉→ひなた→楓。楓のレイアウト案を採用する。表紙も楓に任せる」


「表紙のテーマは"七色"にします。七つの色が重なる表紙。壮介先輩の色は赤。声の色です」


「俺が赤!! 熱い!!」


「先輩はいつも熱いです」


「ひなた」


「はい!」


「ステージ台本のエンタメパート。壮介のMC台本とは別に、ステージ全体の流れを書け。朗読の順番。間の取り方。客を飽きさせない構成」


「私がステージの台本を!?」


「お前のラノベのテンポ感はステージ向きだ。会話劇で客を引き込む。ひなたにしかできない仕事だ」


 ひなたの目が輝いた。ラノベのテンポ感がステージに活きる。凛先輩がひなたの「軽さ」を武器として使う。


「千歳。看板作品を仕上げろ。合同誌の核だ」


「はい。もう書き始めています」


 詩織さんの声が落ち着いている。凛先輩の言葉で。


「朝倉」


「はい」


「全体統括。全員の作品を読んで、バランスを見ろ。合同誌のトーンが揃っているか。ステージと合同誌の印象が矛盾していないか。俺の代わりに全体を見る目になれ」


「俺の代わりに」


「そうだ。来年の練習だと思え」


 


    *


「一つ伝えることがある」


 凛先輩の声が少しだけ低くなった。


「俺はステージに立たない」


 音が消えた。壮介の声がゼロになった。


「先輩がステージに立たない!?」


「立たない。裏方に回る」


「なぜですか」


 楓が聞いた。


「理由は二つ。一つ。俺がステージに立つと、朝凪が"凛の部"に見える。団体戦はチームの力を見せる場だ。部長が目立つとチームの力が見えない」


「もう一つは?」


「来年、俺はいない。来年のステージに俺はいない。今年から俺なしのステージを作っておいたほうがいい」


 凛先輩が自分を外す、ステージから、最後の団体戦なのに。凛先輩はそれを手放した。


「先輩。本当にいいんですか」


「いい。俺は裏から見る。お前たちのステージを。見て、修正して、仕上げる。それが俺の仕事だ」


「凛先輩」


 壮介が呼んだ。


「先輩がステージに立たないなら。俺が先輩の分まで叫ぶ」


「叫ぶな。お前は自分の分だけ叫べ。俺の分は要らない」


「でも」


「俺は裏にいる。客席にいる。お前たちを見ている。見ていないわけがないだろう」


 凛先輩の言い方が静かだった。ステージの上にいなくても見ている。


 楓が聞いた。


「凛先輩。先輩がステージにいないことで、審査員の印象は変わりませんか」


「逆だ。部長がいなくても回るチームのほうが評価が高い。一人に依存しないチームは強い」


「部長が いなくとも立つ 舞台こそ」


「楓。それは褒め言葉か」


「事実です」


 ひなたが手を挙げた。


「凛先輩。ステージ上の判断は誰がするんですか」


「朝倉だ。壮介のMCのタイミングを見て、詩織の朗読の入りを見て、全体を回す。俺は客席から見て、終わった後にダメ出しする」


「ダメ出しは出すんですか」


「当然だ。裏方のダメ出しは表より厳しい」


 先生がコーヒーを飲みながら凛先輩を見ていた。


「凛。お前が裏に回るのか」


「はい」


「去年なら考えられなかった」


「去年は五人だった。全員がステージに立たなければ成り立たなかった。今年は七人いる。一人が裏に回れる」


「余裕じゃない。お前の意志だろう」


「そうです」


 先生が頷いた。


 詩織さんが万年筆を握っていた。キャップが開いている。


「凛先輩。先輩がステージにいなくても、先輩の声は聞こえます。先輩が書いたステージだから。構成が先輩の声です」


「千歳。上手いことを言うな」


「取材で鍛えました」


 凛先輩が笑った。


    *


 全体統括。凛先輩に言われた役割。全員の作品を読んで、バランスを見る。


 七人分の原稿がちゃぶ台に並んでいる。凛先輩の作品短編。


 六作品、六つの色、読み始めた。


 凛先輩の作品短編。構成が精密だ。犯人の手が震えるシーンが入っている。白石の指摘を取り込んだ跡がある。凛先輩は外の批評を素直に吸収する。


 詩織さんの手紙形式の短編。密度が濃い。一行一行にインクの重さがある。これが金賞の文章か。読んでいて胸が詰まる。差出人の声が耳元で聞こえるような錯覚がある。審査員が「錯覚を覚える」と書いた理由が分かった。


 壮介のエッセイ、二千文字、熱い。読んでいると体温が上がる。でも後半が急いでいる。勢いだけで押し切ろうとしている。


「転がいる」


 のと同じ問題だ。


 楓の連作短歌、五首、着地に失敗している。


 ひなたのラノベ風短編。テンポが良い。三行削ると締まる。


 俺の短編。自分の作品は自分では見えにくい。


「朝倉。感想をくれ。全員に。俺はもう言った。次はお前の番だ」


 凛先輩が俺に振った。


 緊張する。凛先輩のように鋭い批評はできない。フィールド全体を見る。全体の流れを見る。


「壮介のエッセイ。熱がある。でも後半が急いでいる。最後の三段落を丁寧に書き直してほしい」


 


「楓の連作。五首目が弱い。四首目が強すぎて五首目が霞んでいる。五首目で着地させたいなら、もう少し言葉を磨いて」


「承知しました」


「ひなたの短編。テンポが良い。でも中盤の会話が長い。三行削れる。削ると締まる」


 部室が笑いに揺れた。


「三行! 削ります!」


「詩織さんの短編。完成度が高い。直すところが見つからない」


「ありがとうございます」


「凛先輩の短編も。直すところが」


「当然だ」


 凛先輩が即答した。


「朝倉。お前の作品は?」


「自分の作品は自分では見えにくい。誰かに見てほしい」


「俺が見る。赤ペンを入れる」


「お願いします」


 凛先輩の赤ペン。何度も受けてきた。赤ペンが入るたびに作品が良くなった。赤ペンが減るたびにペンが軽くなった。今回の赤ペンが、凛先輩からの最後の赤ペンかもしれない。


「先輩。赤ペン、厳しくお願いします」


「いつも厳しい」


「もっと厳しく」


「生意気だな。いいだろう。容赦しない」


 凛先輩が赤ペンを手に取った。俺の原稿に向かった、真剣な目、作品屋の目。一行目から読み始めた。


 全体統括の初仕事、全員に感想を言った。壮介に「後半を丁寧に」。楓に「五首目を磨いて」。ひなたに「三行削れ」。凛先輩のようには言えない。俺の感想はまだ平坦だ。でも全体は見えた。六つの色が一冊の合同誌になる。


「朝倉。悪くない」


「何がですか」


「全体統括としての初仕事。的確さは足りない。だが全体を見る目はある。壮介の後半が急いでいることに気づいた。楓の五首目が弱いことに気づいた。ひなたの中盤の冗長に気づいた。全部正しい」


「先輩ほどじゃないです」


「当然だ。俺は三年やっている。お前は初日だ」


 壮介が書き直しながら言った。


「陽翔の指摘、分かりやすかった。凛先輩の指摘は鋭いけど怖い。陽翔の指摘は普通だけど分かりやすい」


「普通って褒めてるのか」


 


「馬鹿とは言ってない」


 


 楓が推敲しながら呟いた。


「朝倉先輩の指摘は凛先輩と違います。凛先輩は一言で核心を突く。朝倉先輩は全体の流れで見る。どちらも正しい。スタイルが違うだけです」


「楓。それは」


「凛先輩がソファから見る目。朝倉先輩がちゃぶ台から見る目。場所が違えば見え方が違う。両方必要です」


 部室が静かに動いている。ペンの音、キーボードの音、コーヒーの音。それぞれの武器が鳴っている。


 ひなたが三行削り終えた。


「削れました! 確かに締まりました!」


「だろ」


「朝倉先輩、全体統括すごいです。三行って具体的な数字が出てくるのが分かりやすい」


「サッカーのフォーメーションと同じだ。何人動かすか。何行削るか。数字で考えると見えやすい」


 


 サッカー脳の統括。白石が言った。


「サッカーの戦術を文章に転用しろ」


 その通りにやっている。サッカーを辞めた俺が、サッカーの感覚で全体を見ている。


    *


 帰り道。凛先輩と二人で歩いている。八月の夕暮れ、影が長い。


「先輩。ステージに立たないって決めたのは、いつからですか」


「合宿が終わった時だ。お前たちが外で成長しているのを見て。俺がいなくても回ると確信した」


「回りませんよ。先輩がいないと」


「回る。今日証明しただろう。お前が全員に指摘を出して、全員が動いた。凛なしで回った」


「先輩がいたからですよ。先輩が隣にいたから」


「来年は隣にいない。でも赤ペンは送る。LINEで。お前の原稿に赤を入れる。距離は関係ない」


「赤ペンは距離を超えるんですか」


「超える。赤ペンはどこにいても赤い」


 凛先輩が少しだけ笑った。


「朝倉。一つ聞く。今日の全体統括、どうだった」


「怖かった。全員に指摘を出すのが。間違っていたらどうしようと」


「間違っていてもいい。間違えた指摘でも、出さないよりマシだ。俺も一年目は間違えた。壮介の最初のエッセイに"構成を直せ"と言った。四十二文字に構成もくそもない。あの時は的外れだった」


「先輩でも的外れな時があるんですか」


「ある。だから赤ペンが上手くなった。的外れな指摘をした経験がある人間だけが、的確な指摘を出せるようになる。間違えろ。間違えた分だけ上手くなる」


「間違えます」


「いい返事だ」


 夕日が沈んでいく。凛先輩の影と俺の影が並んでいる。


 七人の持ち場が決まった。全員が動き始めた。


 来週、壮介が人生初の台本を持ってくる。声だけの男が「書く」に踏み込む。いつもの掛け合いの、新しい形だ。


 壮介のMC台本、楓の合同誌デザイン、初陣。


 


 二週間。たった二週間で、七人の持ち場を仕上げる。短い、でも十分だ。七人いるから。


 帰り道の最後。凛先輩が立ち止まった。校門の前。夕日が校舎を染めている。


「朝倉。二週間後のステージ。楽しみだ」


「先輩は裏にいるんでしょう」


「裏にいても楽しみだ。むしろ裏のほうが楽しいかもしれない。お前たちのステージを、初めて客として見る。書いた人間が客として見る。贅沢だ」


「贅沢ですか」


「贅沢だ。部長をやっていると、自分のステージを見れない。来年からは見る側だ。見る側の楽しさを、今年から味わう」


 凛先輩が歩き出した。振り返らなかった。


 二週間後。団体戦。七人の持ち場で、初陣を迎える。

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