第115話 封筒の中の答え──金賞の名前
# 封筒の中の答え──金賞の名前
合宿から三週間が経った。八月中旬。部室。
先生が封筒を持って入ってきた。七通。七人分。
「開けよう!!」楓が「静かに開けてください」と止めた。壮介が「静かに開けられない!!」と返した。いつもの掛け合いだ。
「詩織さんから」
凛先輩が指名した。
詩織さんが封筒を手に取った。万年筆ではなく指で封を切った。紙を取り出した。目が文字を追っている。三秒。詩織さんの目が見開かれた。
「金賞」
声が震えていた。部室が一瞬静まった。
「金賞!?」
壮介が飛び上がった、ちゃぶ台が揺れた、お茶がこぼれかけた。楓がお茶を救出した。
「詩織ちゃんが金賞!! 金!!」
「壮介、お茶!!」
「お茶も大事です」
……いや、違う。そうじゃない。
部室の空気が締まった。全員が書く体勢に入った。
詩織さんが結果通知を見つめていた。金賞。去年は佳作だった。一年で二段階上がった。
「千歳。金賞だ」
凛先輩が言った。短く。
「はい。金賞です」
「氷室は?」
詩織さんが結果通知の入賞者リストを見た。
「銀賞。氷室さんは銀賞です」
金賞が詩織さん。銀賞が氷室。去年は二人とも佳作で同格だった。今年は詩織さんが上に立った。
「氷室に勝った!!」
壮介の声と楓。沈黙が部室のバランスを作っている。
「審査員コメントがあるぞ。読む。"感情の密度が他の応募作品と一線を画している。特に手紙形式の構成が秀逸。差出人の声が読者に直接届くような錯覚を覚える。書き手の真摯さが文章の隅々にまで宿っている"」
手紙形式、差出人の声。詩織さんが合宿の後に書いた作品だ。凛先輩に「書け。告白を書け」と言われて書いた作品だ。俺はそれを知らない。でも審査員のコメントを聞いて、詩織さんの顔が赤くなった。頬が赤い、耳まで赤い。
「詩織さん。審査員に褒められてる」
「はい。嬉しいです。とても」
声が震えている、嬉しいのか、恥ずかしいのか。たぶん両方だ。
ひなたが詩織さんに抱きついた。
「詩織先輩すごい!!」
楓が。
「先輩の 金の冠 輝けり」
と詠んだ。
「楓が祝い句!!」
*
「次。朝倉」
俺の番、封筒を開けた、紙を取り出した。
銅賞。
「銅賞」
「銅!! 陽翔が銅賞!!」
壮介がまた飛び上がった。楓がまたお茶を守った。
「朝倉。銅賞か」
「はい」
「去年は入選止まりだった。銅賞は成長だ。構成を意識した効果が出ている」
白石に「構成が甘い」と言われた。一ヶ月かけて直した。外の批評が俺を変えた。
「次は銀だ」
「はい」
「その次は金だ」
「先輩、気が早い」
「気が早いくらいがいい」
楓が静かに壮介の原稿を正した。赤ペンではなく鉛筆で。優しさだ。たぶん。
凛先輩が少しだけ笑った。
「凛先輩の番」
「ああ」
凛先輩が封筒を開けた。凛先輩は結果に動じない。いつもそうだ。
紙を取り出した。目が動いた。
「入選」
「入選!?」
壮介が三度目の飛び上がり。楓が三度目のお茶救出。
「凛先輩が入選!! 先輩初めてじゃないですか!?」
「初めてだ」
凛先輩の声が静かだった。三年目にして初の個人入賞。凛先輩は去年も一昨年も入賞できなかった。
「先輩。三年目で」
「ああ。三年かかった」
「遅い。遅すぎる。俺のミステリは審査員に伝わりにくい。構成が複雑だから」
「でも今年は伝わった」
「白石に"犯人に血を通わせろ"と言われた。通わせた。それだけだ」
フェスの合評会バトルで白石が指摘した。凛先輩がそれを一ヶ月で消化して作品に反映した。外に出たから変われた。
「おめでとうございます」
「ありがとう」
先生がポケットに手を突っ込んだまま。
「凛。三年目で入選。遅いが確実だ」
「先生にも遅いと言われた」
「遅いのは悪いことじゃない。確実なのがいい」
「壮介」
壮介が封筒を開けた。手が震えている。
先生のコーヒーが空になった。
奨励賞。四十二文字の壮介の作品から始まった男が、二千文字で奨励賞を取った。
「壮介。お前の二千文字が認められた」
「"なぜ俺は文芸部にいるのか"。審査員がお前の答えを読んだ。伝わった」
壮介の目が真っ赤になった。
「泣くか?」
ひなたがスマホでこっそり実況している。
「先輩たちの掛け合い、テンポ神です」
「目が赤い」
「八月に花粉はない」
「先輩の 初めての賞 おめでとう」
楓が五七五で祝った。壮介の涙腺が崩壊しかけた。
「事実を述べただけです」
壮介が分かっている。楓の「事実です」が褒め言葉だと。壮介は楓の言語体系を理解し始めている。
壮介が楓を見た。
「楓。俺、賞取ったぞ」
「はい。知っています。目の前で見ました」
「もう一回言って。"おめでとう"って」
「一回で十分です」
「おめでとうございます。壮介先輩」
散文だった。短歌ではなく散文で。
「散文のおめでとう!!」
楓の耳が赤くなった。大事なことは散文で言う。楓の法則だ。
「楓」
「はい」
楓が封筒を開けた、静かに、楓は静かに開ける。
紙を取り出した、楓の目が動いた、一瞬。戻った。
「佳作」
佳作。楓にとって初めてのコンクールで佳作。連作短歌。
「部室の窓から」
が佳作を取った。
「はい。佳作です」
先生のコーヒーが空になった。
「すごくありません。先輩方の金賞や銅賞に比べれば」
「先輩がそう言うなら、少しだけ嬉しいです」
「少しだけで十分です。先輩の声で補えますから」
「俺の声で補う!?」
凛先輩が楓を見た。
「楓。連作の構成が良かったんだろう。"部室の窓から"は内と外の視線移動がある。審査員はそこを見た」
「はい。フェスで外を見たことが歌に入りました」
「経験が歌になった。それでいい」
「ひなた」
「はい!」
ひなたが封筒を開けた。
「奨励賞です!」
壮介とひなたが手を合わせた。ハイタッチ。奨励賞コンビ。壮介のエッセイとひなたのラノベ。ジャンルは違うが賞は同じだ。
「ひなた。ラノベで奨励賞は立派だ」
「本当ですか?」
「本当だ。ラノベだから低いということはない。審査員がラノベとして認めた。ジャンルを超えた評価だ」
凛先輩がひなたを認めた。ラノベが認められた。ひなたがフェスで佐々木と出会い、合宿で自信を持ち、書き上げた作品が奨励賞を取った。
「佐々木くんに報告します!」
「しろ。お前の同志も喜ぶ」
全員の結果が出揃った。
金賞:千歳詩織。銀賞:氷室蓮(他校)。奨励賞:大和壮介、雪村ひなた。
七人全員が何かしらの賞を取った。去年は詩織さんの佳作だけだった。今年は金賞から奨励賞まで、七人全員。
壮介が立ち上がった。
「何で乾杯するんだよ」
楓がお茶を注いだ。七人分。先生はコーヒーで参加する。
湯飲みが合わさった、カチ、小さな音。コーヒーの音も混ざった。ぷしゅ。先生が新しい缶を開けた。乾杯用だ。
詩織さんが万年筆を止めた。
先生のコーヒーが空になった。
「先輩たちの掛け合い、テンポ神です」
窓の外を見た。全員が書いている気配が背中に伝わってくる。
「全員揃った。これで団体戦に行ける」
俺はちゃぶ台から全員を見渡した。
「七人出して七人全員が何かしらの賞を取った。文芸部の顧問を十年やっているが、全員入賞は初めてだ」
「褒めてない。事実だ」
先生が壮介を無視した。先生は壮介の言語解読を無視する。
全員がお茶を飲んでいる。湯飲みの温かさが手に伝わっている。八月だが部室のお茶は温かい。凛先輩がいつも温かいお茶を出す。夏でも温かいお茶。凛先輩のこだわりだ。
*
詩織さんが部室を出た。廊下で電話をしている。氷室に電話しているのだろう。
数分後、詩織さんが戻ってきた。
「氷室さんに電話しました」
「何て言ってた?」
「最初は"おめでとうございます"と。それから"次は負けません"と」
「素直ではないと思います。声が少し震えていました。悔しかったんだと思います」
「悔しいよな。銀賞は」
「でも最後に言いました。"千歳さんの金賞は納得です。あの文章には勝てなかった。何が変わったんですか"と」
「何て答えた?」
「"書きたいものが見つかりました"と」
書きたいもの。詩織さんが合宿で見つけたもの。俺はそれが何か知らない。でも詩織さんが何かを見つけたことは分かった。見つけたから金賞を取れた。
「氷室さんに"ファンです。それは変わりません。でも来年は金賞を取ります"とも言われました」
「ファンでありライバル。いい関係だ」
凛先輩が頷いた、氷室と詩織さん。ファンでありライバル。敵であり味方。文芸部の人間関係は単純ではない。
*
夕方。部室。七人が結果を噛みしめている。
凛先輩がホワイトボードの前に立った。赤マーカーを持った。
「個人コンクールは終わった。全員入賞。いい結果だ」
マーカーで書いた。「個人コン結果:金1/銅1/入選1/佳作1/奨励2」。
「だがこれは個人戦の結果だ。次は団体戦」
「地区団体コンクール。合同誌とステージの総合点。チーム朝凪としての初陣だ」
凛先輩がホワイトボードに大きく書いた。「団体戦・初陣」、赤マーカーで、凛先輩の字は綺麗だ。作品屋の字は構造的だ。一画一画が計算されている。
「桜庭も北嶺も出る。フェスと合宿で顔を合わせた相手と、今度はチームで戦う」
「氷室の北嶺と。個人では結果を出した。だがチーム戦は別だ。個人の力の合計がチームの力とは限らない。一プラス一が三になることもあれば、ゼロになることもある」
「ゼロ!?」
「チームワークがなければゼロだ。個人では金賞を取れても、チームで負けることはある。逆もある。個人では奨励賞でも、チームで金賞を取ることは」
「お前のことだ。壮介のMCがチームを引っ張る。個人の賞とは別の力が必要だ」
「個人で結果を出した。次はチームで出す。七人七色で。壮介」
「編集長として合同誌を回せ」
本棚の文庫本が一冊傾いた。
「楓。デザインを頼む」
「承知しました」
「ひなた。ステージ台本を」
「書きます!」
「朝倉。全体統括。全員の作品を見ろ」
部室が笑いに揺れた。
「見る」
「千歳。看板作品を書け」
「書きます」
詩織さんの声が力強かった。合宿前とは違う。ペンが止まっていた人が、今は「書きます」と即答している。何かが変わった、合宿で。凛先輩の言葉で。
「俺が全体の演出と戦略を担当する。部長の最後の仕事だ」
「先輩」
「ん」
「勝ちましょう」
「勝つ。当然だ」
凛先輩が笑った。
「それと朝倉」
「はい」
「来年の団体戦は、お前が指揮を取る。今年の俺のやり方を見ておけ。真似するな。見て、学んで、自分のやり方を見つけろ」
「見つけます」
「いい返事だ」
「先輩たちの掛け合い、テンポ神です」
声が部室に響いた、ちゃぶ台が揺れた、壮介が。
「下げられない!!」
壮介が卓の下から自分の文の即席麺を取り出した。
先生のコーヒーが空になった。
「部室で食うな」
「先輩の 祝い方は いつもカレー」
「湯を沸かすな」
自分の作品の匂いが部室に広がった。壮介が全員に取り分けている。
畳がきしんだ。
「友情の割り算って何だよ」
七分の一の自分の作品。ほとんど味見程度だ。
「祝い」
から祝いになる、壮介が場を作る、自分の作品で。声で。気持ちで。
先生が最後に言った。
「七人全員入賞。悪くない」
「褒めてない。事実だ」
先生が眼鏡を押し上げた。目が笑っている。
ホワイトボードに新しい数字が刻まれた。「57」「地区フェス参加」「個人コン全員入賞」「団体戦・初陣」。凛先輩が二年間で書き続けてきた目標の列。
壮介の自分。作品の匂いが部室に充満している。
「換気しろ」
壮介が窓を開けた。八月の風が入ってきた。熱い風、夏の風。自分の作品。匂いと夏の風が混ざった。
金賞と銅賞と入選と佳作と奨励賞と、自分の作品の湯気。全部がこの六畳間にある。七人と先生と、ちゃぶ台二台。
窓の外に蝉の声が聞こえる。八月の蝉、夏の真ん中。七人がテーブルを囲んでいる。自分の作品、匂いの中で。金賞の紙と奨励賞。紙が同じちゃぶ台の上にある。賞の大きさは違う。でも同じちゃぶ台の上にある。同じ部室の中にある。




