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第110話 合同合評会──よそのちゃぶ台は、広かった

# 合同合評会──よそのちゃぶ台は、広かった


 合宿二日目の朝。壮介のいびきで全員が寝不足だった。


 氷室の目の下にクマがある。白石は耳栓をしていたのに。


「壮介くんのいびきは耳栓を貫通する」


 と報告した。田辺は体育会系の体力で五時間寝たが、それでも足りていないらしい。


 俺は慣れている。一年間壮介のいびきを聞いてきた。壮介本人だけが。


「よく寝た!!」


 と元気だ。


 午前、研修室、三校混合の合評会。凛先輩が立ち上がった。


「今日は勝負じゃない。"読み合い"だ。相手の作品を読んで、感じたことを率直に言え」


「殴り合いじゃないの?」


「殴り合いはフェスで済んだ。今日は握手だ」


「握手とは 言葉交わすが 礼儀なり」


 頭を振った。余計なことを考えるな。

 ひなたが。


「フラグが立ちました!」


 と小さく叫んだ。

 楓が短歌で場を整えた。凛先輩が「いい句だ」と頷いた。楓の五七五が凛先輩の言葉を補完する。二人のリズムが合っている。


 三校混合の小グループに分かれた。


 俺のグループ。俺と白石と北嶺の部員。壮介を固定席に座らせるのは不可能だ。


    *


 ひなたのグループ。


 ひなたの向かいに佐々木が座った。北嶺のラノベ書き。昨日の夕食でLINEを交換した同志だ。佐々木の作品をひなたが読んでいる。目が見開かれた。


「これ、異世界転生ものなのに純文学的な構成が入ってて」


「千歳さんの影響で、純文学の深さをラノベに取り入れたくて」


「私も同じことを考えてた! ラノベの軽さと純文学。深さの両立!」


「本当ですか!?」


「本当です! 学校が違うのに、会ったこともなかったのに、同じことを考えてた!」


 ひなたの声が弾んでいる。壮介の七割くらいの声。ひなたの興奮は声に出る。普段は控えめなひなたが、佐々木の前では声が大きくなる。同志と話す時のひなたは別人だ。


 佐々木がひなたの作品を読んだ。


「図書室で隣に座った人」


 読んでいる間、佐々木の目が動いている。速い。佐々木の読む速度はひなたと同じくらいだ。ラノベ読みの速度。


「雪村さん。この会話のテンポ、すごいです。掛け合いが生きている。キャラが勝手に動いている感じ」


「本当ですか!?」


「本当です。ラノベの良さってここだと思うんです。キャラが生きている。読者がキャラに感情移入できる。純文学では描写で引っ張る。ラノベではキャラで引っ張る。雪村さんの作品はキャラの力が強い」


 ひなたの目が潤んだ、褒められた、同志に。ラノベを書いている同じ種類の人間に。部室では詩織さんと凛先輩に褒められる。でもそれは。


「文芸部の仲間」


 としての褒めだ。佐々木の褒めは。


「同じジャンルの書き手」


 としての褒めだ。質が違う。


「図書室で一人で書いてた時期があって。仲間がいなくて」


「私も。中学の時、一人で。スマホで」


「僕もスマホです」


「スマホ仲間! フリック入力で小説書く人、いないんですよ」


「いないですよね! みんなパソコンか万年筆で」


 二人が目を合わせた。同志。


「一人で書いていた」


 者同士の共感。共通の孤独が今繋がった。ひなたの世界が段階的に広がっている。部内の読者を得た。フェスで外にも書く人がいると知った。合宿で同じ悩みの同志に出会った。「一人じゃない」の三段目。


 佐々木がひなたに言った。


「雪村さんのラノベ、投稿サイトに載せてますか?」


 ひなたが頷いた。


「載せてます。でもあまり読まれなくて」


 佐々木が。


「僕もです。でも今日読んでもらえた。それだけで嬉しい」


「私も」


 二人の声が小さくなった。嬉しすぎて声が出ない。壮介とは逆だ。壮介は嬉しいと声が大きくなる。内向的な書き手の嬉しさは静かだ。


 ひなたがスマホを取り出した。佐々木もスマホを取り出した。投稿サイトのURLを交換している。互いの作品を全部読む約束をしている。ラノベ書き同士のネットワーク。部室の中だけではない繋がり。ひなたの世界が外に広がっている。


 壮介がひなたのグループに顔を出した。


「ひなたちゃん! 楽しそう!」


「楽しいです! 佐々木くんとラノベの話が止まらなくて!」


「いいぞ! もっと話せ! 壮介が応援する!!」


「壮介先輩の応援は声で伝わります!」


「壮介の叫び!! 壮介パワー!!」


 佐々木が壮介を見ている。


    *


 楓のグループ。


 楓の向かいに園田が座っていた。桜庭の短歌部員、楓と同い年。楓が園田の短歌を読んでいる。五首の連作。読んでいる楓の目が動いている。速い、そして止まった。三首目で。


「三首目の季語の使い方が巧みですね」


「萩原さんの"部室の窓から"も読みました。視線の移動が構成を作っている。短歌で物語を語る方法として参考になりました」


「ありがとうございます」


「ただ、四首目の助詞"に"が少し引っかかりました。"へ"のほうが方向性が出るかもしれません」


 楓の目が動いた、指摘された、同類に。同い年の短歌詠みに。楓の中で何かが動いている。


「"に"は定点です。"へ"は方向。私はあの歌を定点として詠みました」


「意図的だったんですね」


「はい」


 楓と園田の会話は静かだ。壮介とひなたのラノベトークとは対照的。声が小さい。でも密度が濃い。一語一語に重みがある。短歌詠み同士の会話は三十一文字の密度で行われる。


「私の四首目の字余り、気になりましたか」


「気になりました」


「意図的です」


「分かっています。でも私なら違う崩し方をします」


「どう崩しますか?」


 楓が少し間を置いた、考えている、園田を見ている。園田も楓を見ている。


「崩し方 教えるほどには 親しくない」


 短歌で返した。園田が笑った。


「やりますね、萩原さん」


「園田さんも。また読み合いましょう」


「ぜひ」


 静かな笑み。火花。敵意ではなくリスペクト。短歌詠み同士の言葉を介した握手。楓にとっての「白石」であり「氷室」。嬉しさと悔しさが混じっている。


 口元が緩んだ。同じ世界を歩く人間がいた。悔しい、相手が上手い。楓は火で成長する子だ。園田との出会いが楓の火を強くする。


 楓が部室に戻ったら、今日の歌を詠むだろう。楓は経験を短歌に変換する。


 壮介が楓のグループにも顔を出した。


「楓! どう? 園田さんと!」


「静かにしてください。短歌の合評中です」


「短歌の合評って静かなんだな!」


「静かです。先輩の壮介のテンションは短歌には向いていません」


「向いてないのか!!」


 園田が壮介を見ている。楓と壮介の掛け合いを見ている。壮介が楓の別の面を引き出している。


「萩原さん、大和先輩と仲いいですね」


「仲良くありません」


「仲良く見えます」


「見えるだけです」


 楓の耳が赤くなった。認めないが、赤くなる。


    *


 午後の全体合評。三校二十人が一つの部屋に集まった。各グループの読み合いの成果を共有する。


 白石が俺の新作について語った。


「朝倉くんの新作。構成がフェスの時より良くなっている。中盤の"転"が修正されていた。身体感覚の描写は変わらず強い。構成と感覚の両立に近づいている」


 白石に「良くなっている」と言われた。フェスの時の「構成が甘い」から一ヶ月。構成を直した、白石がそれを認めた。外からの評価が変わった。口元が緩んだ。悔しさの次に嬉しさが来る。


 北嶺の顧問が壮介の作品に言及した。


「大和くんの"なぜ俺は文芸部にいるのか"。読みました」


 「読まれた!!」外部の顧問に。知らない大人に。


「原始的ですが、強い文章です。"ビカビカ"はなかったですが、代わりに"温かさ"がありました。理屈を超えて五感に届く文章です。大和くんの文章は、構成も文法も粗削りですが、読んだ後に体温が上がる。それは技術では作れない」


 壮介が固まった。外部の顧問に褒められた。壮介にしかない武器。


「褒められた!? 外の先生に!?」


「褒められたぞ壮介。お前の二千文字は外でも通用する」


「外でも通用する!! 俺の二千文字が!!」


 壮介の目が潤んだ。


 楓が壮介を見ていた。壮介が褒められて泣きそうになっている姿を。楓の目に何かが浮かんでいた。柔らかい何か。


「先輩。泣かないでください」


 ひなたがスマホでこっそり実況している。


「先輩たちの掛け合い、テンポ神です」


「目が赤いです」


 壮介が卓を叩いた。お茶が跳ねた。


「七月に花粉はありません」

「山の花粉は存在しません」


 


「壮介花粉は医学的に認められていません」


 壮介と楓の掛け合いが三校二十人の前で展開されている。他校の部員が笑っている。朝凪の日常が外にも通用している。壮介の声と楓の短歌。このコンビは部室でもフェスでも合宿でも変わらない。


 詩織さんの作品も好評だった。


「千歳さんの描写力は地区でも屈指だ」


 氷室が。


「認めます。今回は負けました」


 と小声で言った。


「ありがとうございます。でも次は負けません」


 ライバルの握手。


 凛先輩が全体を巡回した後、最後に一言。


「今日の読み合いで分かったことがある。朝凪は弱い部分がある。構成。分析。統一感。全部が他校より劣る。だが持っているものもある。多様性。声。熱。それは他校にない。弱さを知って、強みを磨く。それが合宿の目的だ」


 凛先輩の総括。弱さと強さを同時に認める。凛先輩の分析は常に正確だ。朝凪は弱い、でも強い。


    *


 合評会が終わった、夕方、日差しが傾いている。


 壮介が中庭のベンチに座っている。


「壮介。どうした」


「考えてた」


「何を」


「よそのちゃぶ台は、広いなって」


「ちゃぶ台?」


「うちはちゃぶ台二台で七人だろ。ここは長テーブルで二十人。広い。座る場所が多い。読む人が多い。書く人が多い。全部が広い」


 壮介が「広い」と言っている。


「でもさ。広いけど。帰りたくなるのはうちのちゃぶ台なんだよな」


「帰りたい?」


「うん。よそのちゃぶ台は広い。でもうちのちゃぶ台は温かい。畳の匂いがする。壮介の声が響く。楓がツッコむ。詩織さんの万年筆が聞こえる。凛先輩がソファにいる。先生のポケットに手を入れたまま鳴る。全部がうちにしかない」


 壮介が部室のことを語っている。外に出て初めて、部室の価値が分かった。かもめ荘の時は五人だけの世界で完結していた。今年は外を見た。外を見たから中が分かる。部室の卓の温かさは、外に出なければ分からなかった。


「壮介。それ、いい文章のネタになるぞ」


「ネタ!? 今のが!?」


「今の"よそのちゃぶ台は広い、でもうちは温かい"。その感覚を書け。二千文字の次の作品に」


 


 壮介がスマホを取り出した。フリック入力で何かを打ち始めた。今の感覚を書こうとしている。外のテーブルと内の卓。広さと温かさ。壮介の言葉が文章になろうとしている。


 誰も喋らない。でも静かではない。


 明日は合宿最終日だ。もう一回合評会がある。執筆の時間もある、山の空気の中で書く。部室の畳の上ではなく、山の研修施設の机の上で。書く場所が変われば書く内容も変わる。氷室が言った通りだ。


 合宿が終わったら部室に帰る。卓の前に座る。


 よその卓は広かった。でもうちの卓が一番温かい。


 合宿はあと一日ある、明日は合宿最終日、執筆の時間がある。三校で並んで書く。部室ではない場所で書く。山の空気を吸って書く。何が生まれるか分からない。でも何かが生まれる予感はある。


 凛先輩が中庭のベンチに座っていた。文庫本を読んでいない。空を見ている、山の空、星が見え始めている。部室の窓からは見えない数の星がある。


「先輩。何見てるんですか」


「星だ。部室からは見えない」


「山だから見えるんですね」


「外に出ないと見えないものがある。星も。他校の文芸部も。お前たちの成長も」


 凛先輩が俺を見た。


「朝倉。お前は今年の夏で変わる。合宿が終わる頃には、もう少し強くなっている。構成を磨いて。チームを見て。白石の批評を消化して。全部が積み重なって、お前は強くなる」


「強くなれますかね」


「なれる。なれなければ困る。来年の部長だからな」


「また来年の話ですか」


「来年の話は今年のうちにする。俺がいるうちに」


 星が増えている、山の夜は星が多い。部室の窓から見る空よりもずっと広い。でも帰ったら部室の窓から見る。いつもの空を、景色を。


 外に出ないと見えないものがある。でも帰る場所があるから外に出られる。壮介が言った。


「うちの卓が一番温かい」


 その温かさがあるから、広い世界に出ていける。

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