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第108話 七人七色──それぞれの武器

# 七人七色──それぞれの武器


 七月第二週。個人コンクールの締切が迫っている。


 部室のちゃぶ台二台に、七人分の原稿が並んだ。全員の作品を全員で読み合う。自分の作品を出して、全員に読まれて、全員がコメントする。


 凛先輩がソファから降りてきた。ちゃぶ台に座った。凛先輩がちゃぶ台に来るのは大事な合評の時だけだ。


「全員の作品を見る。順番にいくぞ」


 凛先輩のミステリ短編から。読んだ。凛先輩の吸収力が恐ろしい。


「先輩。犯人の手が震えてます」


「白石に言われたからな」


「もう反映したんですか」


「指摘されたら直す。それだけだ」


 ひなたが。


「覚醒イベントですね」


 と目を輝かせた。

 


 詩織さんの短編。読んだ。密度が去年より上がっている。一行一行のインクの色が濃い。万年筆の筆圧が文章の圧力になっている。


「千歳。お前の今回。短編は去年の佳作を超えている」


「本当ですか」


「本当だ。描写の密度が一段上がった。他校の作品を読んだ効果だ。外の刺激がお前の筆を加速させた」


 詩織さんの頬が赤くなった。凛先輩に「超えている」と言われた。


 俺の短編、読まれた。凛先輩が赤ペンを入れた。三箇所。


「構成を直した跡がある。白石の指摘を意識しているな」


「意識してます」


「中盤の転換が前回より良い。だがまだ甘い。甘いが方向は正しい」


「甘いけど正しい」


「それでいい。一ヶ月で完璧にはならない。方向が正しければ伸びる」


 凛先輩の赤ペンが三箇所。去年は十箇所以上入っていた。まだ遠い。


 楓の連作短歌。五首。


「部室の窓から」


 凛先輩がじっくり読んだ。一首ずつ。


「楓。一首目の"窓越しの桜"は部室の内側だ。五首目の"フェスの帰り道"は外側だ。内から外へ視線が移動する構成。意図的だな」


「はい。フェスで外を見たので。視線が変わりました」


「経験が歌に入っている。それがいい」


 楓が少しだけ口元を緩めた。


 入部テストで「読者がいない」と指摘された相手が、今は「経験が入っている」と認めてくれた。内側に閉じていた歌が、外に開き始めている。


「楓が凛先輩に褒められて照れてる!」


「耳赤いぞ」


 でも逃げきれていない。


 ひなたの作品。フェス後に書き下ろした新作。


「図書室で隣に座った人」


 凛先輩が読んだ。


「テンポがいい。キャラの会話に生命力がある。前回よりも背景描写が増えている」


「凛先輩にフェスの時に言われたんです。"ラノベの枠を一歩出ろ"って。一歩だけ出ました」


「一歩で十分だ。一歩ずつでいい」


 ひなたが嬉しそうだ。一歩。ひなたもフリック入力から一歩ずつ。


    *


 壮介の番が来た。


 壮介がスマホを取り出した。フリック入力で書いた新作。


「なぜ俺は文芸部にいるのか」


 フェスの後に書き始めた作品。


「何文字だ」


「二千文字」


 二千文字。階段を一段ずつ上がってきた。


「二千文字!!」


 壮介が自分で叫んだ。自分の記録に興奮している。


 凛先輩がスマホの画面を受け取って読んだ。


 三分。凛先輩がスマホを置いた。


「壮介」


「はい」


「食べ物の話が一行もない」


「ない!! 初めて!!」


「初めて食べ物以外を書いた。人間を書いた。文芸部の七人を書いた。お前がなぜここにいるのかを書いた」


「書きました」


「いい。お前の最高傑作だ」


 凛先輩に「最高傑作」と言われた。壮介が書いた七人の文芸部が、壮介の最高傑作だった。


「ただし」


「後半の三段落が弱い。勢いで書いている。構成ではなく感情で押している。感情で押すのは壮介の武器だが、二千文字になると勢いだけでは持たない。後半に"転"がいる」


「転?」


「読者の予想を裏切る一行。お前の文章は真っすぐだ。真っすぐは武器だが、真っすぐだけでは読者が飽きる。一箇所だけ曲がれ」


「曲がる!! 壮介は曲がれる!!」


「曲がるのは文章だけにしろ。性格は曲がるな」


 楓が壮介を見ていた。壮介が二千文字を書いた。食べ物ではなく人間を。楓の目に何かが浮かんでいた。


「壮介先輩」


「ん?」


「二千文字。大きな変化です」


「大きい?」


「はい。入部した時は四十二文字のラーメンエッセイでした。今は二千文字の人間エッセイです。食べ物ではなく人間を書いている。先輩にとって、これは大きな一歩です」


「楓が褒めてる!!」


「事実を述べています」


「楓の"事実"は全部褒め言葉だ!!」


「違います」

 楓の耳がまた赤くなった。壮介が楓の言語体系を理解し始めている。


 先生が缶コーヒーを飲みながら壮介の作品を読んだ。


「壮介。"ビカビカ"は入ってないのか」


 


「惜しいな。ビカビカは壮介の武器だ。入れなくてもいいが、あの感覚は忘れるな」


 


「ビカビカが中にある男。お前らしい」


 壮介の二千文字。食べ物ではなく人間を書いた。それだけじゃない。


 壮介の二千文字には、一年間の全部が入っていた。先生に連行されて部室に来た日。カレーうどンのエッセイを四十二文字で書いた日。凛先輩に「もっと書け」と言われた日。


 コンクールに出した日。朝霧祭でMCをやった日。楓と出会った日。フェスで知らない人が笑ってくれた日。全部が二千文字に入っていた。


 壮介の文章は上手くない。構成が弱い。


    *


 全員の作品が出揃った。七作品。七つの武器。


 郵便局に行くことになった。コンクール応募作品の投函。七人で並んで歩く、七月の午後、日差しが強い。「暑い!!」。


「声を出すと余計に暑くなります」


 郵便局のポストの前。七人が並んだ。二年目の二人が加わった。


 壮介が封筒を持って、一瞬止まった。


「二千文字。俺の最高傑作が入ってる」


「最高傑作を出すんだ。出せ」


 


 投函。ポストに封筒が落ちる音。カタン。壮介の二千文字がポストに入った。


 楓が黙って投函した。だが指が少し震えていた。楓にとって初めてのコンクールだ。五千首を一人で詠んでいた少女が、初めて外に歌を出す。


「楓。手が震えてるぞ」


「震えていません」


「震えてる」


「花粉です」


「七月に花粉はない」


「あります」


 ない。


 ひなたも投函した。


「ラノベで出すの、怖い」


「大丈夫です。あなたの物語は届きます」


 ひなたが頷いた。フリック入力で書いた物語がポストに入った。スマホの画面の中にあった世界が、封筒の中に移った。


 俺が投函した、構成を直した短編。白石に「甘い」と言われた構成を、一ヶ月かけて修正した。まだ完璧じゃない。でも方向は正しいと凛先輩が言った。方向が正しければ伸びる。


 詩織さんが投函した。去年の佳作を超える短編。万年筆で書いて、清書して、封筒に入れた。詩織さんの封筒はいつも綺麗だ。丁寧な字で宛名が書いてある。万年筆の字。


 凛先輩が最後だった。封筒を持って、一瞬空を見上げた。七月の空、青い。雲が少ない。


「三年目の夏。最後のコンクールかもしれない」


 重い言葉を軽く出す。


 全員が聞こえていた。聞こえていたが、誰も触れなかった。沈黙が答えだ、凛先輩の。


「最後かもしれない」


 後のコンクールかもしれない。


 凛先輩が投函した。カタン。ポストに封筒が落ちた。凛先輩の作品がポストの中に入った。


 凛先輩がポストから手を離した。三秒。


 七通。七人分。凛先輩が「七人七色」と呼んだ多様性が、封筒七通に凝縮されている。


 ポストの儀式。去年もここに来た。それだけで意味がある。


 七通、七人分。ポストの中に七つの作品がある。去年は五通だった、二通増えた。来年は何通になるだろう。凛先輩の分が一通減る。でも新入部員が入れば増える。ポストに入る封筒の数が、文芸部の歴史を刻んでいく。


「去年もここに来たな」


「来た。五人で。緊張してた」


「今年は七人だ」


「七人。去年より多い」


「来年はもっと多いかもしれない」


 壮介が言った。「来年はもっと多い」。凛先輩が去った後の未来を、壮介はもう見ている。


 帰り道、七人で歩いている、全部出し切った感覚。


「来週は合宿だ」


 凛先輩が言った。


「三校合同合宿。山の研修施設。桜庭と北嶺と同じ屋根の下」


 


 去年はかもめ荘で海を見た。今年は山だ、去年は五人だった、今年は三校。


 


「たぶんって何だ」

 壮介の「たぶん」は信用度五割だ。自分の作品を持ち込む確率は五割。壮介の鞄に自分の文の即席麺が入っている確率は高い。


 結果を待つ日々が始まる。コンクールの結果は八月。あと一ヶ月。待っている間に合宿がある。三校で過ごす夏がある。壮介のいびき問題がある。楓の短歌が外でどう響くか。ひなたの同志との再会。詩織さんの取材魂の爆発。


 全部がこれから来る。七人七色の夏が。


 ポストに入れた七通の封筒。結果がどうなるか分からない。でも出した、全員が出した、それだけで十分だ。出すことに意味がある。矢印を外に放つことに意味がある。


 


 壮介が振り返った。ポストを見ている。


「陽翔。俺の二千文字、大丈夫かな」


「大丈夫だ。凛先輩が"最高傑作"って言った」


「最高傑作。俺の。二千文字の」


「壮介の二千文字には壮介が入ってる。読む人にはそれが伝わる」


「伝わるかな」


「伝わる。フェスの時と同じだ。知らない人が壮介の文章で笑った。あの時と同じだ。壮介の言葉は届く」


 壮介の目が光った。不安が消えた。フェスで知らない人が笑ってくれた経験が、壮介の自信の土台になっている。


 楓がポストの前で立ち止まっていた。壮介の横で。楓もポストを見ている。初めてのコンクール。五千首の中から選んだ五首。読者のいない場所で書いていた短歌が、初めて審査員の前に出る。


「楓」


「はい」


「大丈夫だ」


「壮介先輩に大丈夫と言われても、説得力がありません」


 


「でも、ありがとうございます」


 散文で。楓が散文でお礼を言った。ポストの前でも変わらない。


 七人がポストの前に並んでいる。七通の封筒がポストの中にある。三校で過ごす夏がある。


 去年のかもめ荘を思い出した。五人で海を見た。壮介のいびきが国際問題になるかもしれない。

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