検証
昼休み。
教室は相変わらず騒がしい。
だが、俺の中はそれどころじゃない。
さっきの記録。
まだ残っている。
だが安心はできない。
昨日も、最初は残っていた。
問題は“いつ消えるか”だ。
「優くん、ずっとクラウド見てない?」
佐倉が呆れたように言う。
「確認してるだけだ」
「それずっと言ってるよね」
「気のせいだ」
適当に返す。
実際、ほぼずっと見ている。
「で、消えたの?」
「……まだだ」
「まだ?」
その言い方に引っかかる。
「時間差で消える可能性がある」
俺はクラウドを閉じる。
見続けていても意味がない。
むしろ、別の角度から見るべきだ。
「なぁ佐倉」
「なに?」
「ちょっと協力しろ」
「やだ」
即答だった。
「早いな」
「絶対面倒なやつでしょ」
「まぁな」
否定はしない。
「でもちょっと気になるから聞くだけ聞く」
結局乗ってくる。
こういうところは分かりやすい。
「簡単だ」
俺は声を落とす。
「同じ内容を別々に記録する」
「は?」
「俺とお前で同じ会話を記録する」
佐倉は少しだけ考える。
「……で?」
「消えるかどうかを見る」
「それで何が分かるの?」
「“俺だけ”なのか、“内容”なのか」
佐倉の表情が少しだけ変わる。
理解した顔だ。
「なるほどね」
「やっぱ優くん変なこと考えるね」
「褒めてないだろ」
「褒めてない」
あっさり言い切る。
「で、何を記録するの」
俺は一瞬だけ考える。
そして、視線を向ける。
神崎の方へ。
「……あいつとの会話だ」
佐倉が少しだけ嫌そうな顔をする。
「やっぱり面倒じゃん」
「今さらだろ」
「まぁね」
諦めたようにため息をつく。
「いいよ、やる」
「助かる」
俺は立ち上がる。
神崎は、いつも通り静かに座っている。
まるで全部分かっているみたいに。
「神崎」
声をかける。
ゆっくりと視線が向く。
「何」
「また少し付き合え」
「いいよ」
やっぱりあっさりしている。
「今から、同じ会話を二人で記録する」
俺は続ける。
「俺と佐倉、それぞれ別に」
神崎は一瞬だけ佐倉を見る。
そして、また俺に視線を戻す。
「……そう」
特に驚く様子も無い。
むしろ納得しているように見える。
「それで?」
「それだけだ」
「分かった」
それ以上は聞いてこない。
やりやすいが、逆に気味が悪い。
「じゃあ始める」
俺はクラウドを開く。
横で佐倉も同じように操作している。
「記録開始」
小さく呟く。
佐倉も同じタイミングで始めたはずだ。
「神崎」
俺は声を出す。
「お前、昨日言ってたよな」
「記録が消えたって」
神崎は少しだけ間を置く。
「言ったね」
「それ、どういう意味だ」
「そのまま」
いつも通りの答え。
だが今回は、それでいい。
重要なのは内容じゃない。
「今も消せるのか」
俺は続ける。
神崎は少しだけ目を細める。
「どう思う?」
質問で返してくる。
「できるんだろ」
「さぁ」
はぐらかす。
だが否定はしない。
「……まぁいい」
俺はそれ以上踏み込まない。
今は検証が優先だ。
「これで終わりだ」
記録を止める。
佐倉も同時に止めたはずだ。
「で?」
佐倉がすぐに聞いてくる。
「確認する」
俺はクラウドを開く。
自分の記録。
今の会話。
——ある。
問題ない。
次に、佐倉を見る。
「佐倉のは?」
「あるよ」
即答。
表情にも違和感は無い。
つまりこの時点では——
両方とも残っている。
「……ここまでは同じか」
小さく呟く。
「これで分かるの?」
「まだだ」
本番はここからだ。
時間が経った後。
「優くん」
佐倉が少しだけ真面目な声で言う。
「もしさ」
「優くんのだけ消えたら、どうするの?」
その可能性は高い。
むしろ、それが一番しっくりくる。
「その時は——」
俺は少しだけ考える。
そして、視線を神崎に向ける。
神崎は静かにこちらを見ている。
いつもの無表情。
だがその奥に、何かある。
「原因はほぼ確定だな」
そう言うと、神崎の口元がほんの少しだけ動く。
あの、ニヤリとした笑い。
今度ははっきり分かった。
「……やっぱりか」
小さく呟く。
これで逃げ道は無くなった。
クラウドの異常じゃない。
偶然でもない。
「お前だな、神崎」
はっきりと言う。
教室のざわめきの中で、その言葉だけが妙に浮いた気がした。




