2.未来へ
「まず、お前はどうなんだ? タイムトラベルは可能だと思うか?」
餅柿が答えようとするのを、俺は手で制した。
「おっと、待てよ、ひょっとして、俺たちは皆、未来へと向かうタイムトラベラーだなんて、言わないだろうな」
餅柿は肩をすくめた。
「……冗談だよ……。全員同時に未来に進んだって、何の面白味もない。進み方にずれがある時、はじめてタイムトラベルに意味が生じる……。ま、兎に角、未来に旅行することに関しては、当たり前だが、理論的にはまったく問題がない」
「同意する。その方法は、いくつか考えられる」餅柿は頷いた。
「まずは、高速移動する方法……、特殊相対性理論だな、もう、こいつは古臭い古典だが、それ故、実証されている。移動のスピードが、光の速さに近づけば近づくほど、時間の進行が遅くなる。大雑把に言って、光速の50%で時間は、ええと、13%か、光速の99%で、時間は……85%程度、遅くなるだろう。アインシュタインの言う『時間の遅れ因子』だな」
「ただし、長い時間を超えるのは、現実問題、難しいね。ニュー・ホライズンズですら、最高秒速37.5Km、光速の0.0125%までしか達していない……」
「2006年に打ち上げ、十年かけて冥王星に辿り着いた探査機、だったな……。そうだな……、それに質量の問題もある。光速に近づけば近づくほど、質量は無限大まで増大する。普通の人間が耐えられるのは6G程度、訓練を積んでも8G、人体をパーフルオロカーボンに浸し、あるいは、将来的に、冷凍解凍技術が進歩したとしても、光速まで加速する段階で、肉体が崩壊するだろう。負荷を減らすため、十年かけて加速し十年かけて減速……、現実的じゃないな。超越する時間には制限がある」
「うん。重力を使う方法もあるけど、これも同様に、人体への影響を考慮しなければならない」
「うむ、重力が強ければ、時間の流れが遅くなる。逆に、無重力の宇宙空間であれば、時間は早く進む。中性子星のような重力が強い場所なら、年単位の時間を超えられるだろうが、はたして、肉体を維持できるのか……、まあ……、無理だろうな……。マシンならその制限は大幅に減少するだろうが……」
「ドラえもんの逆バージョンが考えられるね。未来にロボットを送り込むかい」
「それを言うなら、ターミネーターだろ。どのみち、光速移動するにも、重力を利用するにも、莫大なエネルギーが必要だ。エネルギーはタイムワープ因子に正比例するから、光速の99%に加速するだけでも、原油に換算して何百万トンかかるか……」
「痛い出費だね」
「まったくコストに見合わないな。ロケットの技術的問題の他に、政治的、経済的問題を考えれば、現時点では無理だ……。それだけのエネルギーを消費すれば、世界の生産、製造、流通、医療、すべてストップしてしまう。が、理論的には、可能だ。限定的だが……」
餅柿は、両手の指を合わせて、くるくると回す。
「問題は、過去へ進む方法だけど……」
「ああ、それが問題だ。お前なら、まず、どうする?」
「それは、人工的な手法、という意味か」
「偶然や事故を期待する物理学者がいるかよ」
「じゃあ……、ワームホールを、作る?」
「なんで疑問形なんだよ。警部補殿」
餅柿は肩をすくめた。
「時空を超えるには、アインシュタイン・ローゼン橋を渡る必要がある。だけど、その存在が推定される、ぼうえんきょう座のブラックホールは、地球から近いと言っても、1011光年離れている。たとえニュー・ホライズンズですら片道809万年かかってしまう。現実的に、それを利用することは出来ない。だから衝突型加速器を使って、地球に作ってしまう、というのはどうかな?」
「まあ、余剰次元論をもとに計算すれば、加速器でブラックホールを生成できる可能性は否定できない。だが、ホーキング輻射を起こして、すぐに消滅するだろ。成長させたとしても、それは、裸の特異点ができるということだ。シュヴァルツシルトのワームホールは危険だな。加速器ごと周囲が呑み込まれるかもしれないぞ。どうやって、安定化させる? エネルギーはどうする?」
「そこは量子真空を使う」
「……不確定性原理か」
「うん、規模が小さければ量子の不確定性が大きくなって、重力効果は増大する。プランク時間(約 1.855×10^-43 tP)なら、莫大なエネルギーを自然界から借りられるから、そのエネルギーを質量に変換し、時空を歪め、ワームホール構築に利用する」
「しかし、それだと寸法がプランク長さ(約1.616×10^-35m)だろ。どうやって人間を送るんだ」
「3Dプリンタ―方式」
「ぷっ! ぷはははは! 『ザ・フライ』か! 仮想ワームホールによるテレポートか。それなら、ワームホール通過中に、人体がブチブチに引き裂かれる心配もないな。ワームホールの長さを短くできて、通過時間を短縮できる。面白い、続けろよ」
「加速器で原子核をぶつけ合って、クォーク・グルーオン・プラズマ泡を作ったら、それを磁気ピンチ効果によって圧縮する。この必要エネルギーは、量子当たり数百億ジュール以内で済ませられるから、十分現実的じゃないか」
「ヒッグス場を利用すれば、安定性が向上するだろう……。だが、それでもワームホールが小さすぎる。人間一人分を転送するのに、宇宙の寿命が終わってしまうぞ。どうやって、でかくする」
「カシミール効果……」
「……負のエネルギーか……。レーザーで発生させ、共鳴器を使って増幅できることは実証されている。しかし、直径1mのワームホールを形成するのに、木星の質量と同量の、負のエネルギーが必要だ……、そいつは現実的に無理だぞ。最高出力のレーザーを使ったとしても、時間がかかり過ぎる。必要量を得るまでに、宇宙の寿命が終わってしまう……。ああ……、そうか、それで、3Dプリンタ―方式か……もし、それが可能なら、エネルギーと時間を大幅に節約できそうだな……」
「量子の分解と再構築、この技術的問題も大きいけど、一番の問題は、ワームホールをどうやって、何時何処に繋げるか、だと思う」
「意図的に指定できるか?だな」
「ウェルズのタイムマシンや、デロリアンは時間を移動するだけで、空間は移動しなかった」
「あれはフィクションだからな」
「だけど、ワームホールは空間をも移動する。その行先はどこか? 地球のマントルの中か、宇宙空間か、太陽の中か、ブラックホールの中か……。地球は公転し、太陽系は銀河の外縁で円を描き、宇宙は1Mpc離れるごとに秒速73.2Kmの速度で膨張している」
「常に複雑に蠢いている、それが宇宙空間だ。行先の99.99…%以上は、ゴキブリすら生きられない地獄だろうな」
「どうすれば、良いと思う?」
「ん? ……まあ、そうだな……。少しハードルを下げるのはどうだ?」




