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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第八話 「殺人者は、未来から……」
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1.タイムトラベル

第八話 殺人者は、未来から……(全5)



挿絵(By みてみん)

 



 未破裂脳動脈瘤の手術を無事に終えた相川里美は、退院して三日目の早朝、再び救急車で元の大学病院へと搬送された。


 病院に着いた時にはすでに息はなく、蘇生の努力は空しく、彼女の死が確認された。


 死因は脳梗塞。

 脳の複数個所に血栓ができ、広範囲にわたる脳細胞の壊死。

 動脈瘤の手術部位の出血はなく、留置されたステントには血栓が確認された。


 術後十日目の死亡である。

 配偶者の相川秀樹は、病院の医療ミスを訴えたが、いつになっても、その証拠は見つからなかった。






 散歩から戻る。

 机の上に散らかった論文の山を整理し、不必要なものを、まとめてゴミ箱に捨てた。

 デスクチェアーに座って背を預け、次回出版する本のテーマを、11次元超重力理論にするか、ホログラフィー原理にするか構想を練っていると、突然、餅柿巧がやって来て、頼りない笑顔を見せた。


 大学の同級生だ。俺は何年か留年したから、あいつは年下だが、よく、夜通し、理論物理学の議論をしたものだ。

 会うのは何年ぶりだろうか。

 最後に電話で話した時には、あいつ、カミさんと別居したと、ぼやいていたが。


「おう、餅柿、まだ警察で働いてるのかよ」

「まあ、いろいろあってね」


 餅柿は弱々しい声で答えると、肩をすくめた。


 相変わらず、陰気な性格だ。

 頭脳は極めて優秀。手先は器用で、真面目でこつこつ努力する。

 だが気弱で誤解されやすく、どこかしら人を遠ざける雰囲気を持っていた。


 そんな奴が、俺と不思議と気が合って、こう長い付き合いになるとは奇妙な縁だ。


「お前なら、大学や研究所で、もっと高給とれるだろう。警察の不正を見つけた時、もう辞めるって言ってなかったか。そうだ、カミさんはどうした。あれから戻ってきたか?」


 餅柿は、お手上げだといった感じで頭を振った。


「なかなか、思うように行かないのが人生かな」

「悲壮感漂ってるな。もっと自信を持って頑張れよ」


「まあ、仕事だけは、なんとか、やってるけど」

「ああ、そうか、そっちは順調か。そいつは何よりだ。あ、おっと、そうだ、助手に茶でも淹れてもらうか」


 そう言って受話器を取ろうとすると、餅柿は「これ」と言って、スターバックスの紙袋を見せた。



 しばらく奴と世間話をしたあと、俺は切り出した。


「で……、今日は突然、どうしたんだ?」


 餅柿は背中を丸め、両手で紙コップを持っている。


「ん、ああ、相川里美、覚えてるか?」

「相川、里美?」


「旧姓は湯浅だった……」

「あ……、湯浅、ああ、里美ね、もちろん、宇宙物理学科のマドンナだろ。可愛かったな、昔、どっちがモノにできるか競い合ったな」


「僕は……競ってない」

「ふ、中年にもなって照れるなよ。で、彼女がどうした? 元気か?」


 餅柿は眉を顰めて俯く。そして、とりわけ小さな声で言った。


「……そう、いや、うん……、彼女は……、死んだんだ」




 餅柿は彼女の死因について話した。


 入院中、脳梗塞は全くなかった。

 動脈瘤の手術は成功。

 術後の画像診断では全く問題ない。心電図、血液検査は正常。


 それが、退院後、突如として脳に無数の血栓が生じた。


 退院して三日目の夜、彼女と二人で暮らしていた旦那は、しばらくの介護疲れもあって、妻が寝たあと、近所の居酒屋に行って酔いつぶれてしまい、深夜に帰宅。ソファーで横になり、朝、起きると妻が呼吸をしていない事に気づき、あわてて救急車を呼んだらしい。


「残念だ。まだ若いのに……」

「まったくだ……」


 しばらく沈黙が流れた。


「……で、それを伝えるだけじゃないんだろ? 事件性があるのか? 一課の仕事じゃないだろ。医療ミスなら、厚労省とか保険会社じゃないのか?」


「うん、一応、病院や、ステント製造の医療機器メーカーの調査は行われたけど、過失という過失を発見することは出来なかった」


「じゃあ、なぜ?」


「彼女、普段から周囲に言っていたらしい……。私は殺される、って」

「殺される?……」


「うん、そう……、未来から、殺人鬼が自分を殺しに来る、そう言っていた。交番に何度か相談しているし、病院でもそれを訴えている。調書もカルテも残っている。だけど……」


「統合失調症……、いや、妄想性障害か」


 ターミネーター症候群と名付けても良いかもしれないな……。


「うん、誰も本気に取り合わず、長年、精神科に通い、向精神薬や睡眠薬を常用していた。それもあって、動脈瘤が早く見つかったというわけだけど」


「優秀な学者だったのにな……なんだか……」


 俺は、ネズミのアルジャーノンを思い出したが、言葉を飲み込んだ。


 移ろう知性……

 諸行無常……

 悲しいものだ……


「彼女は、タイムトラベルの現実性を訴えていた。だけど、誰もが、その可能性を否定し、彼女を病気だと決めつけた。だけど、僕たちは……」


「物理学者だ。聞き流すことは」

「できない」


「だな……。よし、理解した。じゃあ、その可能性、不可能性を二人で検証しようじゃないか」





あけましておめでとうございます。


本話は毎日更新予定です。

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