8.お告げ
「ははは! 何を言い出すかと思えば、神? 神とは、ついに気が触れたのですかな」
黒原は笑ったが、他の信者たちは誰も笑っていなかった。首を傾げるもの、腕をくむもの、「それ、いいずら……」と同意するもの。
「どのように聞くおつもりですか?」
清田が尋ねると、氷室はポケットから紙片を取り出した。
「実は、私も霊能力のようなものを使えるのでございます」
部屋がざわつく。
「はっ! 何を馬鹿なことを! 老人の妄言に付き合っていられるか! さ、諸君……」
「見るだけ見ても良いのではないですか? 本当に使えるか」
「んだべ」
顔を見合う信者たちの前に氷室は進み出た。
「皆様の目の前で証明してみせましょう。疑われる方だけで結構です。見えないように、この紙に秘密をお書きくださいませ。書き終わりましたら、中が見えないように、四つに畳んでください。申し訳ございませんが、少々、祭壇をお借りします」
信者たちは武器を手放し、氷室から紙を受け取ると、他人に見えないように細心の注意を払って何かを記入し、ひとりひとり次々に祭壇前に移動した氷室に渡していく。
氷室は紙を受け取ると中を見ることなく、細かく千切って香炉の中に盛っていった。終わると氷室は信者たちを見まわした。
「これで全部でございますね? 宜しいですか? それでは……」
そう言って香炉の上で手を動かすと、突然、ボンッと炎が立ち上った。
部屋の中は「おお!」と大きくどよめく。
びっくりして腰を抜かした信者もいた。
「はい、それでは、お告げがございました……、まず、お一人目、妻に内緒のへそくりがある……」
「お、おい、合ってるぞ!」
氷室は流れるように秘密を明かしていく。
「私も、当たってるわ!」
「あ、あたしのも……」
全員分を言い当てる頃には、皆の氷室を見る目が変わっていた。
「ほ、ほんとうに、力があったなんて……」
「……預言者様……」
手を合わせて拝んでいる人がいる。目を潤ませているものもいた。
「宜しゅうございますか? 信じてくださいましたか? それでは、神に事件の犯人を……」
「あのぅ、すみません」
そう言って手を挙げたのは江邨だった。
「今のこれって、トリ……」
「よい!」
突然、黒原が叫んだ。額には汗をかいていた。
「よいのだ! まずは話を聞こうではないか! 諸君! 聞いてみるのだ! その上で判断しよう!」
大幹部の黒原が謂い、信者たちが同意するので、江邨はしぶしぶ言葉を飲みこんだ。
氷室は信者たち全員を見渡す。
「それでは……、お告げを述べさせていただきます。ここで大切な事は、お告げを無条件に信じる事ではございません」
信者たちは不思議そうな顔をした。
「根拠に基づき、合理的に考え、納得する。神はそれを望んでおられます。神も天の岩戸に引き込まれたり、鏡をご覧になってもご自身であると気づかれなかったりと、完璧な存在ではございません」
ふむふむと信者たちは頷く。
「さて警察は、佐伯様と百瀬様が殺されたのは、十四時十五分から四十五分までの三十分の間だと考えておりましたが……」
「あ、あの捜査情報を口外するのは……」中野刑事が氷室に囁くと、氷室は「これは、お告げでございます」と言った。
「お告げでございます」もう一度言うと、中野はすごすご引き下がった。
「その時間帯に殺害現場に近づいたのは、こちらにいらっしゃる、伊東様、安室様、それから今は自宅に帰られている、加藤様、仲本様、高木様、そして私でございます」
伊東と安室の顔に緊張感が生まれた。肩に力が入っている。
「被害者お二人の死因は刺殺。現場は血に溢れ凄惨な状態でした。当然、犯人にも血が付着していたはずでございますが、この中に、その痕跡がある人物はいらっしゃいません。身体や髪を水で流しても、ルミノール反応は出るものでございます。痕跡を消すには、服は処分し、身体は洗剤を使って念入りに洗う必要がございます。伊東様、安室様は一日中、同じ服であり、お風呂に入らず、ずっと捜索のために館内を歩き回っておられました。証言は多数ございます。もし仮に、完全防護服などを用意したのなら、計画殺人となりますので、動機が重要です。しかし、動機はございませんし、防護服を用い、処分した形跡もありません。お二人は犯人ではございません」
警戒していた伊東と安室は、ほっと表情を緩めた。
「同様に、氷室さんも無実だ」中野が言うと、信者たちは、うんうんと頷いた。
「で、では、滝に行った三人が犯人ですか? そこで血を洗い流したのでは」と清田。
「お三方とすれ違った方が何人かいらっしゃいますが、白装束に、小さな風呂敷包みを持って、不自然な点はなかったようでございます。滝に打たれたのも数分程度。血を完全に洗い流せるものではありません」
「では、いったい誰が……」
「目撃されてない人物がいたのでは?」
「その可能性もございます。ございますが、実は、犯人はこの部屋にいらっしゃいます」
皆は、誰だとばかり周りを見やる。
氷室の視線は部屋を移動し、ある人物で止まった。




