7.私刑
「キーボックスの鍵は、常に携帯してますよ。確かです」
「どなたかに預ける場合はございますか?」氷室が尋ねる。
「まあ、普段はここの住居に寝泊まりしてますが、出張の時とか、長期休暇の時は預けますよ。でも、このひと月以上、私以外、誰も触っていませんが……」
「どなたです?」
「そうですね、次長の家内か、時には他の事務員、全員一斉に休暇や出張の時などは……、そう言えば……、布教部長の黒原に貸したこともありましたか」
氷室は「なるほど」と髭を撫でる。
「ちなみに、防犯カメラは、会館の入り口と事務所だけでしたね」中野刑事が警察手帳を広げる。
「ええ、そうです」
「記録を保存するのは一週間でしたっけ?」
「そうですね。ハードディスクの内容は自動で上書きされるはずです」
「コテージは改装中でございましたね」
「ええ」
「なぜ、一部屋だけ、工事しないで使い続けていたか、ご存じですか」
その質問に、穏やかだった清田の顔が、苦々しく歪んだ。
「……、いや……、存じません、あそこは、黒原の管轄ですから……」
「ああ、それはですねぇ」
江邨は、滝から上がり、日向で髪を拭きながら言った。
「最初っから全部工事する予定じゃなかったんですよ。はじめは単なる雨漏りだったんで、簡単な工事だと思って、僕が無償でやるって引き受けたんですけど、白アリが見つかるわ、傷んだ箇所が見つかるわで、範囲がどんどん広がってったんです。業者に頼むと百万二百万かかりますからねぇ、まあ、材料費だけ出してもらって、僕が引き続きボランティアで修繕をしてます」
氷室は相槌を打ち、中野はメモをとった。
「ほぼ一人でやってるから、各部屋順番で、あの事件の部屋は、見学会を開く時には必ず使いたいと言われたので、一番最後にする予定でした……。まさか、あんな悲劇がおきるなんて……」
江邨は眉を顰める。
「あの……」
「はい」
「こんな事件が起きたけれど……、ここは変な宗教じゃありません……。ここは、何と言うか、神とかに尽くすんじゃなくて、自分が成功するために、幸せになるために修行を行う場なんです」
「はい」
「……、そう、自己啓発セミナーみたいなものです」
訴えかけるような視線に、氷室は優しく微笑んだ。
「承知しております、……ところで、江邨様でしたね、滝行、御精が出ますが、辛くはございませんか」
江邨は相好を崩した。
「いやあ、慣れると、そうでもありませんよ。流石に冬場は辛いですが、夏場などはストレス解消にもなりますし、精神統一できますし」
「私にも出来るでしょうか」
「もちろんですよ。ただし、無理しなければですけど。一分くらいでも良いですから。長くても、一度に五分とか十分ですねぇ。僕なんかは多い時には二、三セットすることもありますけど」
事件現場は、殺人があったとは思えないほど、綺麗にクリーニングされていた。ダイイング・メッセージもきれいさっぱり消えていた。
コテージの他の場所は、あちこち養生シートが敷かれ、ビニールが壁に張られている。
氷室と中野は、コテージを一通り調べ終えると会館へと向かった。
渡り廊下から会館に入った所で、二人は、いきなり信者たちに取り囲まれ、そのまま有無を言わさず和室へと通された。
部屋は明るく、障子には木々の影が揺れている。
台座の椅子には、黒羽織袴の黒原が座っており、祭壇は事件当時のまま。
信者たちは畳の上で武器を握りしめ、氷室たちを取り囲む。中には伊東や安室もいる。
「あんたが教主様を殺したんだら」
「警察もグルね!」
「許さねえ」
「絶対に逃がすんでねえ」
中野は「なんだと!」と氷室の前に出て凄みを効かせていると、黒原が悠然と歩み寄って来て、彼らの前に立った。
「我らが大切な教主を殺した挙句、大手を振って娑婆を歩き回り、今、我が教団をこそこそと鼠のように嗅ぎまわっておる……。警察は当てにならないことが十二分に明らか。あまつさえ犯人と共に、教団を破滅させるために画策するとは言語道断。我らは断固として戦わねばならぬ。さて、諸君、このような恥知らずたちは、どうしたら良かろう」
「締め上げろ! 殺せ!」
怒号が飛び交っていると、清田が慌てて、江邨など数人引き連れて部屋に入って来た。
「まて! まて! 何してる! 辞めないか!」
「局長様は見ていてください!」そうだそうだと、信者たちが声をあげる。
「この場はわしに任せてもらおう」黒原は言った。
「なにを馬鹿なことを、皆、落ち着け、持ってるものを置くのだ」清田は説得しようと信者たちの中に割って入った。
「とりあえず落ち着いて話し合おうではないか。短慮な行動は慎むのだ」
「殺人犯を野放しにしておいて良いとでも言うのか!」
「この人が犯人だと決まった訳でもなし、例えそうだとしても、裁くのは裁判だ」
「何を甘いことを、昔から生温い事ばかり……、現金管理と現状維持しかできない局長殿の出る幕はない」
「証拠は! 犯人だという証拠はあるのか」
「無論だ」
中野刑事が「何が無論だ! 勝手なことばかり言ってるんじゃない!」と、口をはさんだ。
黒原は中野をいやらしく睥睨する。
「では、誰が犯人だと? え? どうですかな?」
「ぐっ、それは……」
中野は言葉を詰まらせた。
「分からない? 分からないと? まさか、そうおっしゃるつもりか? はっ! 呆れて物も言えない。あれだけ捜査して? まだ分からない? 警察とは愚者の集まりか? 無能の集まりか? 犬以下か? それとも何か? 犯人を秘匿し、我々を生贄にしようと計画しているのではないですかな?」
「ぐうぅ」
「図星か、はっ! 情けないにも程がある」
中野は顔を赤くして悔しがっていると、氷室が口を開いた。
「お取込み中、恐れ入りますが……」
皆が注目する中、氷室は穏やかに言った。
「犯人がどなたであるか、神にお伺いするのは、いかがでございましょう?」
……
部屋は水を打ったように静かになった。




