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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第六話 「天城殺人事件」
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3.刑事部屋チャット


 警視庁の特別捜査官と仕事できると張りきった中野だったが、意外にも氷室はそれ以上捜査に関わろうとはしなかった。


「私自身に容疑がかかった事を不思議に感じましたが、基本的に、県警のかたを信頼しておりますので」


 中野は、一緒に捜査をしたいと言ったが、氷室は、管轄が違う事と、今は休暇中で、まだ用事が残っていることを説明して丁重に辞退した。


「もし必要であれば、微力ながら、いつでもご協力させていただきます」


 そう言われ、中野は憮然として署に戻った。




「なんだ、もう帰って来たのか?」


 直井は自分のデスクで、火のついていない煙草を片手に、捜査会議用の資料をまとめていた。


「邪魔だとでも言われたか」

「冗談はやめてくださいよ。何で容疑者になったか知りたかっただけみたいです。それより、他にホシは浮上しましたか」


 直井は「ふん」と鼻をならした。


「ホシは浮いてくるようなもんじゃねえよ。ホシは落とすもんだ……」


 中野は直井に嬉しそうな目を向けた。


「あれえ、直井さん、今、うまいこと言ったと思ったでしょ」

「うるせえ」


 中野は、「ねえ! 聞いてくださいよ! いま、直井さんがですねぇ!」と、デカ部屋中に聞こえるように声を張り上げた。


 捜査官たちが「なんだ?」と顔を向ける。


 直井が「うるせえつってんだろ!」と椅子から飛び立つと、中野は「おおっと」と距離をとった。


 それをデスクから眺める小槙こまきは、携帯の通話履歴をチラリと見て、「巫山戯てないで、一日でも早く、ホシを割ってくれェ」と願った。




 その後しばらく、捜査は停滞していた。

 被疑者たちを、ある程度絞り込めていたが、誰による、どのような犯行かはっきりしなかった。


 動機があると疑われる人物には確固としたアリバイがある。

 アリバイがない人物には動機が見つからない。


 無論、誰も自分がやったと認めない。



「やっぱり、ガイシャ二人で争って共倒れになったんじゃないですかね」


 捜査会議の後、所轄の連中だけで刑事部屋に集まっていた。


「ほら、凶器には二人の指紋だけ残ってて、密室だったんですから、もうそれでいいんじゃありません?」


「検視だと、遺体に残された血液から見て、まず百瀬が刺され、それから佐伯が刺された、それは確実だろ。百瀬の胸部には深い刺創がいくつかあった、腕などに防御創がなかったから不意打ちだ。百瀬に反撃して武器を奪い、佐伯を刺し殺す力が残されていたとは考えられないな」


「最後の気力を振り絞ったのかもしれませんよ。武器だって百瀬の手に握られていたんだし」


「胸に致命傷を負った女に、抵抗する人間を殺すのは不可能だぜ」


「佐伯を殺した人間が別にいるんだら」

「自殺の線は?」

「短剣の刺入する角度から、自分で刺したんじゃねえな。防御創もあった」


「そもそも佐伯が百瀬を殺したとも言えんだろ、二人とも別人に殺されたかもしれん」


「しかし、凶器には二人の他に指紋はなかった、佐伯の手や服には百瀬の血が大量に付いていた。それに、鍵がかかった密室……、鍵の一つは百瀬が所持していて、もう一つは事務所の予備の鍵がしまってあるキーボックスの中。事務局長が開けるまで、鍵はその中に入っていた。そして誰も、それを使えなかった」


「現場の部屋は、壁も天井も床もしっかりしている。抜け穴はねえ」


「サムターンに血液が飛び散っていたが、触れた跡がねえからな、外からサムターン廻しをしたんじゃねえだろ」


「キーボックスを開ける鍵は一つだけ。それは清田が四六時中身に着けていた。休暇や出張などで本部を離れるとき以外手放す事はなかったが、ひと月以上、本部を離れてないし、ボックスを開けてはいない」


「ピッキングできる人間がいたりして」

「ピッキングに熟練していても、あのシリンダーだと開けるのにかなり時間がかかるんじゃねえか」

「閉めるのに、だら」


「被疑者の中に、錠前やセキュリティ関係の職歴をもつ人間はいねえな。鍵の講習などを受けた経験があるとかの情報も、今の所、ねえ」

「あったとしても、素人にゃ無理だぜ」


「もしかして、あの氷室さん、昔、有名なマジシャンだったんですよね。脱出ならお手の物なんじゃないですかね」


 中野が言うと、皆「たしかに」と思った。


「『ひむろ』と血文字を残したのは、佐伯だ。指紋が一致している。血液は百瀬のだ。佐伯が百瀬を刺してから書いたんだろ。『人を剣で刺した』って書き残されてた紙切れにゃ、氷室捜査官の指紋が付いていた」


「筆跡も同一だと確認されたな」

「なんで置いてあったんだ?」

「氷室さんは、午前の見学会で書いたって言ってますけど」

「だが、それは燃やされた」

「とすると、それとは別に書き直したものか……」


 書き直す理由も、それを犯行現場に残す理由も不明だ。


「志村誠人が言った霊媒トリックなら、燃えてなくても不思議じゃないがな」

「だが、あの場にいた全員の証言は、紙は燃えた、で一致しているぞ」


「どう考えても、トリックだら」

「俺もそう思う」


「だが証人には地元の有力者もいるからな、けっこう面倒だぞ」

「裁判まで行ったとき、陪審員もどう判断するか微妙ですよね」

「たとえ霊能力がトリックだったとしても違法でも何でもねえし」


 いずれにせよ、あの老人は怪しい。

 しかし動機もないし、返り血などの物的証拠がまったくない。本部長命令もある。下手に嫌疑をかけられない。

 皆、どうしたものか、と腕を組んで唸った。


「直井さん、感触として、どうです? 氷室さん、ですかね」


「わからねえ、取り調べ中も、飄々として緊張の欠片もねえ、何でも答えるし、話す事すべて真実に聞こえやがるが、マジシャンてのは虚実錯覚させるプロなんだろ」


「殺して、密室にして、自分の指紋付きの書置きを残すなんて、意味が分からんな」

「だが、部屋にもドアにも、凶器にも指紋はねえ。疑って欲しいのか欲しくないのか、はっきりしろってんだ」


「同業者だからなア、俺は無罪だと思う」

「俺もだ」と何人かが同意する。


「限りなく透明に近いグレー、ってとこですかね」

「その例えは意味わからん」


「他の被疑者たちは?」

「宗教を狂信する人間は嫌なもんだな。特に、幹部の黒原、こいつは真っ黒だ。国家権力をなんとも思ってないときやがるし、余計なことはまったく話さねえ、が、アリバイは完璧だ、殺害時刻は大勢の前で講演……」


「奴さん、殺害現場を解放したら、即座に業者に頼んで念入りにクリーニングしたって話だぜ」

「教団の金を私的に使っている疑いが濃厚……」

「脱会した元信者の話だと、何人もの若い女性信者を手籠めにしていたらしいな」


 小槙は携帯を握り、「爆発して死ね」と密かに呟く。


「他にも全員怪しく見える、が……」

「証拠が不足してるわな」

「時間をかけて、全員片っ端から搾り上げりゃ何かゲロすっだろ」


「悠長な、犯人をまだ逮捕できないのかと、世間でどれだけ騒がれてるか分かってるだろ。連日報道されて、こっちゃ上から、かなりせっつかれてるんだぞ」


「今年も、うちの県、検挙率ランキングに入りましたからね」

「ワーストのな」

「焦ってんだら」

「他人事ちゃない!」


「とりあえず、誰かしょっ引けば」

「誤認は絶対に勘弁してくれよぉ」


「あのう……、ところで氷室さん、どうするんですか、もうすぐ東京に帰る予定だって聞いてますけど」


「……ないと思うが、もし犯人だった場合それは困る……、抱っこ……、できるか?」

「引き留めるつっても、どうすんだよ」


 刑事たちはしばらく腕を組んで頭をひねった。


 休暇が終われば帰ってしまう。


 であれば……、もし、ここで仕事があれば、滞在する理由ができるのではないか……。


 上層部を通し、警視庁に正式に捜査協力を依頼するのはどうか。

 その上で、氷室捜査官を指名する。


 お互いの面子も保てるし、被疑者を手元に置いておくことが出来る。

 万が一犯人だったとしても、逮捕するのは警視庁ではなく県警で行える。


 犯人じゃなければ、真犯人を割り出してくれるかもしれないし、警視庁にパイプが出来る。

 あれ? 万々歳か?


 中野が「氷室さん、いつでも協力しますって言ってましたよ」と後押しすると、小槙は、「良し! そうするか」と、すぐに課長に話を通すことに決めた。





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