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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第四話 「伊豆の霊能者」
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3.謎解き


 沈黙は長く感じられた。

 実際には一瞬だったかもしれないが、参加者は固唾をのんで教主の言葉を待った。

 佐伯は微動だにせず、眉を顰め、目を瞑っていたが、やがて目を開いた。


「……、子供の頃、弁当で嫌いな野菜だけ食べないで捨てた」


 皆が志村に顔を向ける。彼は、合ってますよと、軽く首を動かすと、場の空気が緩んだ。


 その後、順調に最後まで進み、預言の正誤の確認がとられたが、間違っていたと申し出るものは誰もいなかった。


 たとえ間違っていたとしても言い出せない雰囲気だ、志村はそう思ったが、知りうる限り、的中率は百%である。


 それも、占いのように曖昧に答えるのではなく、一字一句、完璧に正しいのである。この力は疑いようもなく、はたして氷室さんは、トリックがあるとするのなら、どう解き明かすのか、流石に、これは無理なのではないか、志村はそう感じていた。




「それでは、入信して修行を始めたい方は別室にご案内します。何かご質問はありますか?」


 司会の女性が言うと、氷室は、いの一番に手を挙げた。指名され立ち上がる。


「この度は、貴重な御業を拝見することができ、たいへん光栄に存じます」


 優雅に頭を下げると、つられて司会や係の者も頭を下げた。


「一つお聞きしたいのですが……、紙片に書かれた文字を、神が読まれるのでしょうか?」

「そうです、燃えて神界へと届くのです」


「すると、神は紙片に書かれた意味を読むのであって、インクが何色であっても読めるのでしょうか、例えば、黒だけでなく、赤とか蒼とか……」


「もちろんです。私たちの意思こころが神に伝わるのであって、インクの色は関係ありません」司会は自慢げに答える。


「神は色盲ではないですぞ」と黒袴が言うと、場に笑いが起きた。


「やはり、そうでございましたか。ありがとうございました」


 そう言って氷室は丁寧に礼をすると、満足げに座った。


「一体、インクがどうしたと言うんです?」志村が尋ねる。

「いえ、少々確認しただけにございます」




 会の終了後、氷室と志村は、美しい女性信者から猛烈な勧誘をうけ、カフェで昼食をとったり、広大な施設内外を案内してもらってから、修善寺の寺に戻った。



「どうでしたかな」住職が尋ねる。

「氷室さん、もったいぶって教えてくれないんですよ」

「住職を交えてお話しした方が宜しいかと思いまして」


 湯呑を持った氷室は淡々と言った。


「それで、霊能力のほうは」志村は身を乗り出す。


「はい……、結論から申しますと、あれはそのたぐいの物ではございません。誰もが簡単に再現できるマジックにございます」


「するとイカサマだったという訳ですな」と住職が呆れ顔をした。

「じゃ、じゃあ、トリックは? 一体、どんなトリックを使ったというのです!」


 氷室は少しだけ困った顔をした。


「マジックのタネを明かすのはマナー違反なので躊躇われますが……」


「氷室さん! そんなこと言ったって、私の母はインチキに騙されているんですよ! 霊能力に心酔して大金を貢ぎ、日々、訳の分からない修行にいそしんで……」


「志村様、お察しいたします。ただ、霊能力に偽りがあったとしても、教義や修行が誤っているとは限りません。それらは、多くの信者にとって意味あることかもしれませんし」


 住職は「それは当然ですな」と頷く。


「それはそうかもしれませんが! 霊能力だと騙されて入信した人は、それがインチキだって知った上で判断する機会が与えられたっていいじゃありませんか!」


 住職は「それも当然ですな」と頷く。


「左様でございますね。では、これからお話しする事を他言する場合は、慎重に期するという事で」


 住職は氷室におだやかな目を向ける。


「氷室さん、そんなこと言って、あなた、初めから教えてくれるつもりだったのでしょう?」

「はい、ただ一応、元マジシャンとしての建前がございますので」


 氷室が微笑むと、ひとり声を荒げてしまった志村はバツが悪そうに頭をかいた。


「それでは、トリックでございますが」

 氷室が言うと、志村は再び身を乗り出し、住職は姿勢を正した。


「単純でございます。はじめ、お二方も予想された通り、紙片の内容を読み、それを教主に伝えた方がいらっしゃるのです」


「神ではなく?」

「もちろん神ではございません。人間でございます」

「で、でも、どうやって?」


「はい、これはセンター・テアと呼ばれる古典的なマジックの応用でございます」

「センターてあ?」


「はい、特殊な技術や道具は、ほとんど必要ありません。誰でも簡単に再現できるというのは、そういう事でございます。あえて言えば、すり替えの練習が必要だと言えますが」


 氷室はポケットから紙片とペンを取り出すと、それを志村に手渡した。


「こちらに何でもよろしいので、書いていただけますか。私に見えないようにお願いいたします。書き終わりましたら四つに折ってくださいませ」


 志村は「志村民芸品店・絶賛セール中」と書くと、畳んで氷室に返した。

 氷室は紙片を受け取ると、中を見ることなく細かく千切り、はらはらとテーブルに散らせた。


「志村様、書かれた内容は、志村民芸品店・絶賛セール中、でございますね」


 志村は目を丸くする。

 驚きが覚める間もなく、氷室はテーブル下から、紙片を取り出して広げた。

 志村が先ほど書いたものだ。


「あらかじめ手に隠し持っていた紙とすり替え、それを燃やしたり破いたりして、それに観客の注意が向いた所で、内容を読み取るのでございます」


「見事な技ですな」住職が感心する。


 氷室はその紙片を目の前で、再び畳むと、細かく千切って散らせた。


 もう終わりだと志村が思うと、氷室は手の中から、丸く破かれた紙を出した。見ると、「志村民芸品店・絶賛セール中」と書かれてある。


「このように中心だけ切り抜いて、内容を読み取るのが基本でございまして、それ故、センター(center)テア(tear)と呼ぶのでございます。祭壇の黒袴のかたは、紙片のすり替えのほうを行ったのでございます」


「し、しかしですよ、今のは氷室さんが自分で見る事ができたけれど、あの教主は、離れた場所にひとり座っていたんですよ。しかも、あの黒袴の人は、ずっと人前にいて、それを伝える素振りが全くなかったじゃありませんか」


「たしかにそのようですな」住職が頷く。


「はい、内容を見て伝えたのは別の人物でございます」

「いったい誰が……」

「火をお持ちになった巫女にございます」


 そう言われ、志村は紙が燃えるのに気を取られ、巫女が退出した記憶のない事に、はじめて気が付いた。彼女は知らない間に祭壇から居なくなっていたのだ。


 助手として必要なものを持ってきて、そして下がる。不自然さのかけらもない行動に、志村は唸った。


「あのかたは、密かに黒袴の方から紙片の束を受け取って退出すると、別の部屋で無線を使い、紙片を順番に読み上げて、教主に伝えたのでございます」


「なるほど……、それなら可能ですな」

「ちょ、ちょっと待ってください、」

「はい」


「その、トリックは分かりました。ありがとうございます。そのう、同じように再現できると、それは分かりました。しかし、それは、あの教主が霊能力を持たないって証拠じゃありませんよね。氷室さんは、あれはその類のものじゃないと確かにおっしゃった。そうですよね。でしたら、彼らがそのトリックを使ったっていう証拠はあるんですか」


 それを聞くと、氷室は嬉しそうな眼を志村に向けた。




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