2.燃える
氷室は、長年海外でマジシャンとして活動していた。ヨーロッパやアメリカ、中近東、アジアと世界を股にかけ、ステージで数多くの人々を魅了してきた。
並行して、ポルターガイストや幽霊現象を起こす屋敷や、占い師や霊媒師、超能力者が本物であるか、数え切れないほど調査している。
個人的な興味、趣味から始めたが、引退するまで半世紀、アカデミックな関係からだけでなく、検察や警察などからの依頼も多かった。
マジシャンを引退した後は、共に世界を巡り、苦労をかけてきた妻を労わろうと日本に帰国したが、その妻が亡くなって早二歳。
「一緒に小さなお店を開くのはいかがかしら」
という亡き妻との若かりし頃の会話を思い出し、目白にマジックショップを開くと、とたんにプロアマ問わず、彼のファンが集まり、また警視庁の仕事を引き受けたりと最近は忙しく、寂しさを感じる暇は少なくなった。
進幸神教本部。
正面の会館を入って右側に受付と事務局があり、中央へ進むとラウンジや売店、左の通路を進むと大きな部屋がいくつかある。
本堂は、会館よりさらに奥にある別棟、数分歩いた所にあるらしい。
志村と氷室は左に進み、宴会ができるほど広い和室に通された。
障子は明るく、午前のやわらかい日が差し込む。
係の信者たちは、男性はスーツ、女性はパステルカラーのフォーマルを身に着け清潔感が漂い、いかがわしい雰囲気はない。
部屋の正面は、床が一段高くなっており、荘厳な台座が組まれた上には赤いビロード張りの椅子が置かれていた。
その上に、現教主による書が飾られている。教義が記されているようだが達筆すぎて、志村には読めなかった。
台座の前、数メートル隔てるように祭壇が設置され、灰の入った香炉や、奇妙な道具、生け花などが並び置かれていた。
祭壇と台座周辺以外は、いたってシンプルな和室である。
この日は五十人ほど老若男女が集まり、祭壇前に並べられた座布団に座った。
時間になると、前の隅の方で、小奇麗な女性が司会をはじめた。
次に、黒い羽織袴に白髪の男が登場し、進幸神教の沿革や大まかな教義について語る。
天照大御神を主神、大日如来と摩利支天を佐神とし、その他もろもろアポロンやラー、ソールなども祭ると聞き、志村は、毎度のことながら、「ちゃんぽん」みたいだと思った。
最後に、前方の襖から白い和服姿で化粧の濃い女性が入室し、祭壇奥の椅子につく。
係の信者たちは誇らしげに微笑み、集まった人々の何人かは頭を下げたり、拝んだりした。参加者の中には、すでに入会している者もいるらしい。
志村は氷室に囁く。
「あの人が教主の佐伯琴子ですよ。教祖の御子柴が亡くなったあと、その座を引き継いで、彼女の代になってから霊能力を使った布教で信者を一気に伸ばしたって聞いています」
紙片とペンが配られ、司会の女性が説明した。
「誰にも知られていない罪をお書きください。人に見えないように、匿名で結構です。神は、その罪にあった修行方法を、教主様を介して、皆様に伝授されます。明かす勇気のない方は、軽い秘密でも結構です。何かお書きください。修行によってすべての罪は許されます。その後には、かならず皆様の成功と幸せが待っています。ためらう必要はありません。宜しいですか、名前を書かなくて結構ですから、正直にお書きください」
「私は、いい加減、告白することがなくなってしまいましたよ」
何度か参加している志村は、小さく笑った。
別に、毎度同じ告白でもいいじゃないか、とも思ったが、ただで見学させてもらっているのだから、その辺りは誠実にやろうと思った。
それに本当に神がいるのなら、何度も同じ告白だと怒りを買うのではないか、そう恐れたのも事実である。
参加者は思い思い紙片に何か書き入れる。隣の座布団まで一メートルあり、身を乗り出して見ないかぎり、隣人が何を書いたか分からない。
隣を見ると、氷室がセカンドバッグから真新しいボールペンを出している。
シンプルな壁や天井にはカメラは見当たらず、たとえ参加者人数分のカメラが天井裏などに隠されていたとしても、頭や手が蔭になり、内容を撮影できるのは数割程度だろう。
静かな中、突然氷室が手を挙げた。
「申し訳ございません。書き損じてしまいました」
すぐさま係の女性が歩み寄ってきて、笑顔でもう一枚紙片を手渡す。
全員が書き終わると、司会に促され、前から順番に一人ずつ祭壇まで進み、白髪の黒袴に紙片を手渡した。
黒袴はそれを神に奉げるように恭しく掲げると、そっと香炉に置く。
不審な動きはない。志村は一挙手一投足に注目した。
まるで法事の焼香のように、参加者が祭壇を往復し、紙片は香炉の中に、無造作に積み重ねられて山を作った。
開かれた襖から緋袴の巫女が入室し祭壇に近づく。両手に持った陶器の手桶の中では、藁が赤く燻っていた。
黒袴は鉄箸を持ち、藁を香炉に移すと、紙片の山は炎を上げた。
「完全に燃えてますよね。燃えたように見えるって感じじゃないですよね」
志村は声をひそめて氷室に言うと、彼は「はい」と同意した。
教主は何やら呪文を唱えながら手をすり合わせ、黒袴は静かに黙祷している。しばらく経つと、かっと、教主の目が見開かれた。
「啓示を言い渡す」
場の空気が引き締まり、参加者は教主の言葉を待った。
「ひとつ、夫に内緒でブランドのバッグとドレスを買った」
前列、左端の中年女性が「当たりましたわ!」と嬉しそうに隣の女性に話しかける。
志村は、これでは匿名の意味がないのでは?と思ったが、重大な秘密を、たかが見学会で告白するはずもなく、皆、ここではただ教主の力を見たいのだろうと一人納得する。
「つぎ、スーパーで万引きをした」
次の女性は冷や汗をかいて、「私じゃありませんわ」と言う顔をしたが、その態度は、誰の目にも当たっていることが明らかである。
教主が告白を当てていく度に、どよめきが起きた。
次は氷室さんの番だと、志村が横を見る、氷室は楽しそうな眼差しを教主に向けていた。
「つぎ……、人を剣で刺した?」
場がざわつく。志村はぎくりと氷室に顔を向けると、彼と目が合った。
「首や胴体を切り落としたり、焼いたりした事もございます」
「ひ、ひ、ひ、氷室さん、あ、あなた……」
おびえる志村に氷室は、いたずらっ子のような目をして、
「そのあと、もと通り綺麗に戻すのが、私の仕事でございました」
と小声で付け加えた。
志村は、心の中で、「マジックショーのことかいっ」と激しくツッコミを入れる。
人騒がせな老人である。
「……つぎ、……」
自分の番だ、今回も当然的中するのだろう。志村は待ち構えた。
だが、教主は、意外にも言葉を詰まらせていた。




