6.猫屋敷の推理
猫屋敷が不可能犯罪係の部屋に飛び込んで来た。
デスクに向かっていた早乙女や餅柿は「なんだ」と思う。
「分かったっす! 俺、密室の謎、分かっちゃったっす!」
「後でで、いいかしら」早乙女が言うと、興奮している猫屋敷は「今、聞いてください!」と突進してきた。早乙女は、そっと机にペンを置く。
「さっきすね、公園で子供がヨーヨーで遊んでたんす!」
「ヨーヨー、まだあるんですね」と餅柿が小さな声で言った。
「それで、ちょっと一緒に遊んでたら、ひらめいたんす! どうやってあの部屋を密室にしたか」
「すごいじゃないですか」餅柿が感心する。
近くでお茶を淹れていた天海は、「遊んでたんだ」と思った。
「エアコンの穴っす! 完全な密室じゃなかったんす。穴の蓋は上だけ止まっていて、今にも取れそうだったんす」
「スリーブ穴ね」早乙女は腕を組んだ。
「倒れた棚の窓際の下に、セメントの袋とかペンキの缶とか、重いものがあったすよね。棚の上に紐を通して、向かいのそれらの重りに紐をひっかけて、紐を穴から外に出すんす」
猫屋敷は忙しく身振り手振りする。
事務の天海は、皆に、湯気立つ湯呑を配った。
「で、外から紐を引っ張れば、がしゃん! 棚が倒れるっす。どうすか! どうすか! これで密室の完成す」
「すごいじゃないですか」餅柿が感心する。
猫屋敷は褒められるのを待つべく、どや顔で早乙女の前に立つ。
「猫ちゃんもお茶どうぞ」
天海は湯呑を渡す。
猫屋敷は「ありがとうっす」と、立ったまま口を付けたが、「あちっ!」と言って身を震わせた。
天海は「熱かった? ごめんなさい、猫ちゃんのは、ぬるめに淹れたんだけど」と心配そうに彼を見た。
「大丈夫っす! で、どうすか!」
猫屋敷は早乙女を見る。まるで、頭を撫でてもらうのを待っている子犬のようだ。
「そうね」と早乙女は腕組みを解いて、あごを触った。
「その、紐を引っ張って棚を倒した時は、三人は生きてたのよね」
「そうすね」
「棚を戻して、部屋を出ることも出来たのよね」
「そうすね」
「棚を倒した後、首はどうやって切り落としたのかしら」
「そ、それは、っすね! えーと、穴から刀を差し入れて、エイッと! 首を切ったら、刀を放り込んで……」
猫屋敷は玉のような汗をかく。自分で言って、無理だと思ったらしい。
餅柿は小さな声で「穴の大きさは六十五ミリ、刀の鍔の幅は七十五ミリでしたね」と言った。
天海は「あのう、どうして、誰も抵抗しないで、切られるままだっんですか?」と訊く。
猫屋敷の目が泳ぐ。ひとしきり泳いだ後、姿勢を正して敬礼した。
「すいませんした! 出直して来るっす!」
早乙女は微笑んだ。
「謝る必要はないわ。これからも、どんどん自分の考えを言ってちょうだい。期待してるから」
猫屋敷は目を潤ませた。
早乙女は「ヨーヨー、悪くないわね」と猫屋敷に言った。
剣崎が入ってくる。早乙女は剣崎の報告を聞くと、真剣な顔つきになった。受話器をとると機動隊に内線をかけた。
「あの、いいですか?」天海は、剣崎にお茶を渡したあと、躊躇いがちに質問した。
「聞いたことがあるんですけど、死後に室温を変えて、死亡推定時刻をずらす事って出来るんですか?」
「出来ない事もない」と剣崎は答えた。
「じゃあ、死んだ時間が違うかもって事っすか!」猫屋敷が食いつく。
剣崎が舌打ちしたので、猫屋敷はびくっとした。
「あの部屋には冷暖房設備はなかっただろ、しかも密室だ。どうやって温度を変える」
猫屋敷は頭をひねる。
「あのう」天海が言う。
「エアコンの穴から温風とか冷風を入れるのは出来ますか?」
「出来ない事もないが、する意味がない」と剣崎は答えた。
「殺害のあった日は二月、それも寒波に襲われていた。人為的に冷やして腐敗などを遅らせようとする事は、氷に水をかけて冷やそうとする事と同じだ」
「温めるのは?」
「温めても、封鎖されていた島の住民のアリバイは、誰一人、有利にならない」
「それに崖の上で、嵐でしたしね、屋外でそんな作業を続けるのは……大変でしょうね」と餅柿が小さな声で言った。
天海は「うーん、そうですね」と答えた。




