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警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第三話 「鬼島の三密獄門」
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5.捜査2

 沼袋製作所の新しい社長、沼袋葉三はすこぶる評判が良かった。先々代の社長、彼の父親、沼袋黒造の代から常務をしていたが、真面目で責任感があり、社員からの信頼が厚かった。


 社員のほぼ全員は、一年前、黒造が急死した後、葉三が社長に就任すると思っていたが、その思惑は外れた。

 遺書により、今まで部長をしていた、長男の紅一が社長、遊び歩いていた次男の蒼次が副社長、事務員をしていた浅黄が専務になった。


 降格した専務の村野――現在はまた専務に戻ったが――、他の重役は、遺書が無効である事を訴えた。しかし、自筆証書遺言で法的に妥当なものだった。ただし、社長はその時期、右手を怪我していたため、左手で書いたらしく、筆跡は同定できなかった。


 彼らが経営に携わってから、会社は傾き始めた。


 当然だった。設備投資を止め、人件費を削り、自分たちの役員報酬を大幅に上げた。

 かといって仕事をする訳ではない。社員に働かせ、自分たちは遊び惚けていた。


 村野は言った。


「故人の事を悪く言うのは憚られますが、正直、社長の三人のお子さんは、七つの大罪をそのまま当て嵌めたような人間でしたよ。長男の紅一は、強欲と傲慢、次男の蒼次は、怠惰と淫蕩、長女の浅黄は、浪費と虚栄。私は、若いころから沼袋社長と一緒に、この会社を大きくするのに尽力してきましたが、なぜ彼らを後釜にすえたのか……、まったく信じられません。今回の事件があって、こんな事を言うのは道義に反すると言われると思いますが、本当に良かったと思ってます。このままだったら、多くの社員が解雇され、会社自体も倒産するところでした。葉三が社長になって、この半年、会社の経営はV字回復しました。これなら、もう何も心配することはありません」


 村野は、十一日は、社員は全員休みだったが、ひとり職場で、常務の帰りを昼まで待ち、嵐で帰って来られないと連絡があったので、午後は自宅で休んだと言った。

 葉三は、兄、紅一の家族の生活が困らないように、金銭的な支援をしているらしい。




 葉三は社長室で、二人の刑事と対面していた。

 若く美しい女性刑事と、小柄で落ち着いた感じの中年男性。

 中年刑事は、ここに来てから、まだ一言も話していない。葉三は、彼は新人の女性刑事に経験を積ませるために付き添う、ベテラン刑事だと当たりをつけた。


 葉三の容姿は誠実。もうすぐ四十に届くが、仕事一筋だったため、未婚である。彼は悲痛な面持ちで話しはじめた。


「ええ、兄たちの訃報を聞いたのは火曜の午後です。ここで仕事中でしたが、あまりのショックで我を失いました」


「お察しします」早乙女は言った。


「別荘ですよね、ええ、実は、父が存命中、毎年家族で行ってたんです。温かくて星が綺麗で、とてもいい場所です。交通が、かなり不便ですけれど」


「どうして、ご兄弟揃って行かれたのですか」


「はい、会社の経営が芳しくなくて、別荘を処分しようかと話になりまして、あの事件のひと月前も、私ひとり島に行って、写真を撮ったり、見積を出したりしました。で、売却する前に、最後に皆でまた行こうと計画した訳です。それが、あんなことになるとは……」


「あなたは先に帰られたんですよね」


「兄たちは土曜に発って、日曜の朝に戻る予定でしたが、私は、土曜日に仕事があったもので、金曜のヘリに乗りました。船も飛行機も一日一便なので、八丈島で一泊して、次の日の飛行機に乗るはずだったのですが、嵐で欠航になって、月曜の朝まで、ホテルで過ごしました。羽田に着いたのは、月曜の朝十時です」


「最後にお兄さん方に会ったのは、十日の朝、出発前、でよろしいですか」

「そうです」

「何か変わった事はありませんでしたか」


「いや、別に、兄たちは遅く起きたので、朝食は私一人で食べましたし、兄はちょっと二日酔いっぽかったです。姉はまだ睡眠薬が効いていたのか、ええと、姉は毎晩飲んでたと思いますが、ちょっとふらついていました」


「別荘を出る時、鍵はどうしました」


「一つは私が持って出ました。もう一つは玄関の棚の上に置いてあったと思います」


「ドアに鍵はかけなかったのですね」

「ええ、兄たちがいたし、田舎の島ですから」


 早乙女は餅柿に顔を向けた。それを受けて彼が口を開く。


「ちなみに、お父様の死因は?」


 葉三の表情が変わった。一瞬だけ、辛く苦しそうな顔になった。


「心不全です」

「いいお父様だったようですね」


「はい、尊敬できる父でした。もし、死ななければ……、急死しなければ、会社も傾くことはなかったし、兄たちも……」


 葉三は拳を握りしめた。


 聴取が終わり、早乙女と餅柿がビルの外に出た時、追いかけてきた葉三は声をかけた。


「あ、あの、刑事さん!」

「はい」早乙女は振り返る。


「あ、その、何でもありません……」


 葉三は視線をそらす。


「どうしましたか?」

「あ、いや、こんな事聞いては、いけないと思いますが」


 早乙女は「何でも聞いてください」とやさしく微笑んだ。

 葉三は勇気を振り絞り、早乙女に視線を向ける。


「あの、け、刑事さん、お、お付き合いされてる方、いらっしゃいますか」


 真っ赤な顔で葉三が言うと、早乙女はびっくりして口に手を当てた。




 剣崎は、証拠品保管施設のテーブルの上に、事件現場に残されていた物を並べていた。猫屋敷が、積み上げられた段ボールから次々に証拠品を取り出していく。


「鉄パイプまであるんすか。たくさんあるっすね。血が付いたものは、棚以外全部持って来たんすかね」


 剣崎は「二メートルか」と渡されたパイプと資料を比べる。他に、パイプの連結金具や、ボルトやナット、鉄や木の板、穴の開いた鍋のような用途不明の金具が多数ある。


「あ、壊れたドアノブだ。工具もいっぱいあるっすね」

「これらは倒れたラックに入っていたものか。さすがに工具箱の中に血痕はないが」


 被害者の指紋は、鉄パイプや窓ガラスには残されていたが、工具にはなかった。


「先輩、出てきましたよ」


 猫屋敷が取り出したのは、血に塗れた日本刀だった。刀からは三人の血液が検出されている。刀身と鞘は別の袋に入れられていた。


「これで三人の首を切り落としたんすね」


 猫屋敷はぶるっと震えた。

 剣崎はそれを受け取ると袋から出し、両手で持って、目を細めて観察する。


「約二尺五寸……、切先きっさきの刃こぼれが酷い」


 彼は、窓が鋭利な刃物で何度も突かれていたことを思い出した。

 柄を握り、軽く振る。彼は、何か思ったのか、上身かみでテーブルを叩いた。

 その音を聴き、剣崎は舌打ちをする。


「え、なんすか、どうしたんすか」


 猫屋敷は聞いたが、剣崎はそれに答えなかった。





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