表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
警視庁 不可能犯罪係の 奇妙な事件簿  作者: 夢学無岳
第三話 「鬼島の三密獄門」
25/96

3.崖の上の密室

「刑事さんでしたか」


 レンタカー屋兼住職の和田龍心はハンドルを握っていた。向かう先は島西端の別荘、殺害現場である。助手席には猫屋敷、その後ろには剣崎が座っていた。


「お仕事中、お手間取らせてすみません」


 剣崎は丁寧に言ったが、その風貌はヤクザの若頭。

 後ろから静かな圧力を感じ、和田は背中に汗をかいた。


「いえいえ、暇を持て余していますから……」

「和田さんが、第一発見者なんすよね」


「ええ、そうです」

「何度も申し訳ありませんが、詳しくお聞きしてもよろしいですか」


「あ、はい、あれは忘れもしない二月十四日の事でした」

「バレンタインデーすね!」


 猫屋敷は嬉しそうに言ったが、後部座席からの殺気を感じ、すぐさま口を噤んだ。




 被害者は沼袋ぬまぶくろ紅一こういち蒼次そうじ浅黄あさぎの三人。

 四人兄弟のうち三人で、それぞれ、沼袋製作所の社長、副社長、専務であった。彼らは、もう一人の兄弟、三男の葉三(常務)とともに、二月八日、水曜の朝、島に到着し、亡き父が建てた別荘で休暇を過ごした。


 葉三は、土曜に仕事があるため十日の朝、ヘリコプターで島を発つ。三人は十一日に発つ予定だったが、前の晩から強風が続き、ヘリは運休となった。その後、雨が酷くなり、嵐は十二日、日曜日の夜まで続いた。


 和田龍心が、レンタカーの返却がないのを不審に思い、十三日に車で出向くも、土砂崩れのために通行できず、十四日に道路が回復すると、ふたたび別荘に赴き、午後三時ごろ死体を発見した。


 死亡推定時刻は十一日の午前六時から、午後六時の間。


 鋭利な刃物で首を切断されたのが死因だった。


 現場には血だらけの日本刀が一本残されており、それから三人の指紋が検出されている。

 部屋は、倉庫のようで、縦長――奥行五メートル四十センチ・幅一メートル八十センチ――の六畳のフローリング。鉄パイプや板や、ペンキやセメント、工具が置かれていた。海沿いなので、錆びないように屋内に倉庫を設けたと思われる。


 内開きの扉を入って左側の壁には、三つのスチールラックがあり、その入り口に近いラックが倒れ、扉を完全に塞いでいた。

 警察は扉から入ることが出来ず、窓を破壊して――それも複層強化ガラスだったので大分骨が折れたが――部屋に入った。



挿絵(By みてみん)



「もし刀を使ったのなら、凄まじい手練れですね」


 監察医は言った。


「三人中、二人は頸椎の間を狙って、スッパリ切断されてます。もう一人は骨に掠りましたが、骨ごと両断です。犯人は、山田浅右衛門じゃないですかね」


 監察医は、江戸時代、首切り浅右衛門と呼ばれた御様御用おためしごよう役の名を出した。


「ええ、生きたままですよ。死後の切断じゃありません。三人の血液からはフルラゼパムが検出されましたが、血中濃度はかなり低く、覚醒していたでしょう。手足に拘束された跡はありませんし、起きていたのなら、普通、激しく抵抗するでしょうが、首の切断面付近に、かるい擦過傷があるくらいで、それ以外に大きな切創や刺創はない。ちょっと考えられない状況ですね」


 フルラゼパムは、長女の浅黄が病院から処方されていた睡眠導入薬であり、別荘のキッチンから残りが見つかっていた。


 玄関は施錠され、チェーンはされていなかった。鍵は二つあるらしく、一つは葉三が持ち帰り、もう一つは行方不明。別荘を隅々まで捜索したが、出てこなかった。



 未舗装の急な小道。

 龍心は慣れた手つきで車を走らせた。


「八日に車を貸し出したんですよ。二台です。四人だから一台でもいいかと思いましたが、観光で別行動するかもしれませんし、お一人は先に帰りましたしね。ええ、十日の朝にちゃんと一台返却されました。沼袋葉三さんです。帰る時、ヘリポートまで送りましたから確実です。それから十四日に別荘を訪れまして、あれを発見したという訳です」


「それからは、被害者の三人に会わなかったのですか」と剣崎。


「ええ、まったく、生きている姿を見たのは、貸し出した日だけです。着きましたよ」


 三人は別荘の前で車を降りる。海風が強い。別荘の向こうは、どこまでも青い空と海。

 彼らはまず屋敷を右に周った。


「ここですよ。この窓から見たんです」


 壊された窓は板で打ち付けられている。もう一つの窓は黒い血がそのまま残っており、部屋は事件のあった時のままだった。


「あんな事件がありましたからね。もう使うに使えないし、売るにも売れないでしょう」龍心は言う。


 猫屋敷は少し窓から覗いたが、みるみる顔を青くし、絶対に中に入りたくないと思った。

 剣崎は捜査報告書の内容を頭に思い浮かべながら、外を見て回った。

 別荘の西側が海。壁面から切り立った断崖まで数メートルしかない。所々、簡単な柵が立っていた。半分は壊れて落ちたらしく、なくなっている。


「気を付けてください。足を滑らせたら死にますよ」


 龍心に言われ、剣崎と猫屋敷は慎重に崖の下を覗く。


 水面まで数百メートル。はるか下の岩場には白い波が叩きつけられている。

 猫屋敷は残っていた柵に手をかけたが、ぐらぐらして今にも抜けそうだった。


 あたりには使い古しの木板や錆びた鉄パイプ、金具などが散乱していた。


「沼袋さんの亡くなった父親が建てたんですけれど、建築も達者で、時々、自分で改造していたと聞きます。はめ殺しの窓は、台風の時、全部の窓が割れて、中が酷い状態になったり、空き巣に入られたから、付け替えたと聞いています。空き巣は島民ではなく、観光客だと思いますが」


 剣崎は、その父親は柵も新たに作ろうと思っていたのでは、と推測する。


 現場の部屋、西側には窓がなく、エアコンのスリーブ配管だけある。壁を叩いてみるが、かなり頑丈に作られている。

 しかし、手入れされていないためか、他の部屋のエアコン室外機やダクト、雨どいなど、プラスチック製品のものは、あちこち割れたり、ガタがきていた。配管のカバーは、風でカパカパと揺れ動いていた。



 玄関の扉を開けると、猛烈な臭気が襲った。剣崎は眉を顰める。玄関はドアストッパーで開けたままにした。


 玄関の中には折りたたみ式の台車が立てかけられていた。棚の上には何もない。


 剣崎は家に上がると、換気扇を動かそうと思ったが、電気が通ってないだろうと考え、二階へ上がった。思った通り、二階の窓は上下スライド式だったので、全開にする。


 猫屋敷はハンカチで口を押さえ、泣きそうな顔で中に入って来た。現場に行くのをためらい、他の部屋を物色したり、キッチンで冷蔵庫を開けたりした。調味料が少し、ビールが一ダース、ウイスキーやジンなどの酒瓶が数本ある。冷凍庫の引き出しを開けると、中は空で塵一つない。野菜室にはパックの中で腐った総菜がいくつか入っていた。


 猫屋敷は勇気を振り絞って殺害現場に足を踏み入れる。



 真っ黒な呪われた部屋。

 剣崎は一足早く観察していたが、部屋に置いてあった物の多くは、証拠品として警察に保管されているので、見るべきものは少ない。


 壁や天井に隠し通路などがないことを確認すると、立てられていたスチールラックを、鑑識の撮った写真と同じように倒してみる。窓際にセメント袋やペンキ缶があるので、完全に床まで倒れない。二人は、扉が開かなくなる事を確認した。内側のドアハンドルはなくなっていた。スチールラックが倒れた時に壊れたのだろう。


「ドアの外から紐とか使って、棚を倒せるっすか?」


 扉を完全に閉めるとまったく隙間がない。少し隙間を開けてスチールラックを倒そうとすると、扉に引っかかって倒れない。

 何度か実験してみて、剣崎と猫屋敷は、それは無理だと結論づけた。


「確かに完全な密室だな」剣崎は唸る。

「じゃあ、中から棚を倒したんすよね」


「そういう事になる。ラックは倒れた状態で血が吹きかけられていた。だから、密室にした後、三人は死んだ、つまり密室を作ったのも、首を切断したのも、被害者三人の中にいると考えられる、だが……」


「何で、そんなことしたんすかね? てか、先にここ出ません?」


 猫屋敷は青白い顔で、そわそわしていた。

 剣崎は黒い床を踏みしめて、部屋の奥に進む。


「死体は、奥の窓の前あたりに集中していた……、彼らは固まって何をしてたんだ?」


 猫屋敷は廊下に出た。


「先輩、俺……」


 剣崎が顔を向けると、猫屋敷は口を押さえ、走って出て行った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ