79.叙勲と叙爵
ビザンデ鉱山の脱走劇から約半年が経ちわたし達も十七歳になっていた。
この半年の聖女活動は盗賊団の討伐と、土木工事の事故と、小さな村同士の紛争に医療班として派遣された。昼は治療や聖女の治癒をして、夜になると怯えて眠れない人達のために子守唄や童謡など歌ったりした。
派遣される度に高まるのは『ナディールの大聖女』という二つ名とエリーの人気。
エリーってばすごいのよ。エリーが治癒を施す時にお祈りすると、民衆も一緒になってお祈りするの。はっきり言ってエリーの信者ね。
その時なぜかエリーはスポットライトを浴びてるし、一度両手を天に掲げるポーズを決めてから祈り始めるし、治癒の後、慈愛の微笑みを湛えながらキラキラしたものを振り撒いている。
なんて恐ろしい子なの!エリー!
そして今年も建国記念日がやってきた。
今年の建国記念日の式典ではおめでたいニュースがてんこ盛りだ。
な、なんと!エリーとわたしが勲章を授与される事になった。
身分の分け隔てなく、聖女の治癒や治療を施すことにより、民衆の希望の光となったことが評価されての叙勲らしい。
式典では二人同時に勲章を授与されたけど「王女エリザベート・ナディール他一名」だなんて、残念ながらわたしの名前を呼んでは貰えなかった。
でも、わたしの頑張りが評価されたことには代わりはないから、実はニヤニヤするほど嬉しかったりもする。
褒美には金一封と、エリーとお揃いのミスリル製の短剣。乙女に対してその褒美はないでしょ?!と思うけど、ミスリル製の短剣一本で高級ドレスと装飾品をセットにした価格とほぼ同じなんだって。武器って高いのね。いざという時には売ればいいお金になりそうだから、有難くいただくことにする。
わたし達の他に見覚えのある人物が勲章を授与されていた。
ビザンデ鉱山で警備兵長を勤めていたマーティン様と副兵長のゲイル様だ。
正装用の兵士服に身を包み、ガチガチに緊張して陛下の御前に出ている。知っている人が勲章を授与されるというのは何だか嬉しいもので、応援したい気持ちになる。
褒美には、マーティン様はミスリル製の戦斧、ゲイル様はミスリル製の短剣が授与されていた。
戦斧には剣のように鞘がないので、刃先の部分が露わになっているから分かったことなんだけど、ミスリル製の武器にも黒くて銀色の妖精がぷらーんとぶら下がっている。
ぷらぷらと揺れている妖精は遊んでいるようにも見えて、この緊張感が漂う雰囲気の中、思わず笑ってしまいそうになって堪えるのが大変だった。
そしてその後、また一つ嬉しいニュースがある。
リカルド様が、男爵位を叙爵された。
あ、ちなみにライオネル王太子は毎年何かしらの功績で叙勲されているから、その辺は割愛するね。
リカルド様は品質のいいポーションを軍に提供し、世に広め、しかも使用期限の長くなる方法を一般の薬師にも惜しげもなく教えたことによる功績が評価されての叙爵らしい。
若くしてその功績はとても素晴らしくて、子爵位や伯爵位の叙爵も検討されたらしい。だけどいきなり階級を飛ばして叙爵されるのは、批判や妬みも多くなるだろうということから男爵位なんだって。
すごいよね。かっこ良くて、生まれも良くて、有能で、お金持ちで、優しくて、将来有望で、お金持ちで。あ、お金持ち二回言っちゃった。
そんな男性がわたしに会う度プロポーズしてくるのが嘘みたいな話で。
もともとわたしのような下位貴族の令嬢には釣り合わないお方なのに、より一層手の届かない存在になってしまった気がする。
授与式の後は『国民参賀の式』だ。
いつもの通り城門の回廊に上がり、東西南北の四つの城門を回る。
『国民参賀の式』は、ライオネル王太子も、エリーも、そしてセドリック王子も民衆の前に出ることはしない。
わたし達、御身代が代わりに民衆の前に出る。わたしなりに高貴な笑顔を民衆に向けて手を振る。
南の城門でのことだった。
歓声を上げながら手を振る民衆に紛れて、妙に鋭い眼光の若い男性がいることに気が付いた。
危険はなさそうだったけど、嫌な感じがした。ライオネル王太子の御身代、アントニオ様が「偵察の男がいたね。恐らく帝国の者だよ。」と教えてくれた。
国民参賀の式の後は、休憩をとって祝賀会のために着替える。今年のドレスはサーモンピンク。ワンショルダーの少し大人っぽいデザイン。
ドレスに合わせてお化粧も大人っぽくした。
わたしには背伸びした装いのような気がして少し気恥ずかしい感じもするが、これもお仕事なので受け入れるしかない。
ランチェスター宰相様の乾杯の音頭で祝賀会が始まると、宮廷音楽団の演奏が会場に響き渡る。
宮廷音楽団の団長を務めるお父様と、お父様の指揮に合わせて真剣にバイオリンを弾くお兄様の姿を見てにまにましている時だった。
会場にわっと歓声が上がった。
なになに?と思い会場の中央に目線を移す。
するとそこには、本日の主役と言わんばかりの若い男女が手を取り合い、颯爽と登場した。
男性はすらりとした長身で、優しいミルクティー色の髪に榛色の瞳。
どこか色っぽさを漂わせる美男子。
女性はブロンドの髪を上品に結い上げ、宝石のようなエメラルド色の瞳。
白磁のような滑らかな肌に纏うサーモンピンクのドレス。
この国一番の美女と言っても過言ではない。
──エリーとリカルド様だ。
踊る指先、足先、揺れるドレス、そして見つめ会う目線さえも優雅な二人だった。
いつの間にそんな仲に?まるで婚約が決まった二人のようだ。
もちろんエリーとリカルド様は今までに夜会などで何度も踊っている。
しかしここは国家行事という公式の場だ。最初の曲で会場の注目を浴びるように、しかもご兄弟以外で踊ったのは初めてだ。
エリーは結婚はしたくないと言っていたのにどういうことだろうか。
そしてリカルド様も・・・。
疑問を胸に抱きながらも、あまりにもお似合いの二人に何かがすとんと腑に落ちた。
眩しすぎる二人を眺めていたら曲も終わり、拍手を浴びながら優雅にお辞儀をする二人がいた。
わたしの隣に戻って来たエリーは少し満足気で「注目を浴びて踊るのも悪くはないわね。」と言って発泡葡萄酒で喉を潤す。
リカルド様とご婚約なさるのですか?と聞こうとした時、目の前に誰かが左手を差し出した。
「リカルド様・・・。」
「マリー姫、踊っていただけますか?」
御身代のわたしと踊ってくれるのは、同じ御身代のアントニオ様、セドリック王子の御身代のフェルナンド様、そしてリカルド様だけだ。
「はい、喜んで。」
リカルド様の手にわたしの手を重ねる。リカルド様とわたしが踊る時は派手なターンや難しいステップなど一切しない。
会場の隅の方で基本のステップを踏みながら会話をするのがほとんどだ。
先ほどのエリーとリカルド様の眩しすぎる二人に比べて、同じ衣装なのに華がないわたしは少し恥ずかしく感じた。
「マリー姫、叙勲おめでとう。」
「ありがとうございます。
リカルド様も叙爵おめでとうございます。」
「ありがとう。
マリー姫・・・さっきの、勘違いしてる?」
突然リカルド様はそう問いかけた。
「勘違い・・・ですか?
あ、あの、リカルド様とエリーはご婚約されたのではないのですか?」
「やっぱり、勘違いしてる。
まあ、会場中の貴族達にそう勘違いして貰うためだったからね。」
「な、何故そんなことを?」
「陛下に頼まれたんだ。
僕もエリー姫も誰と結婚するかによって、派閥の勢力図が変わってくるんだ。
それを危惧して僕とエリー姫がそういう仲だと周りに勘違いさせたいらしい。
僕もエリー姫もお互い今は結婚する気は無いからね。
でも陛下は・・・僕とエリー姫の仲がそういうことになって欲しいとおっしゃるんだ。
・・・マリー姫、早く僕と婚約すると言って?じゃないと君と僕の愛の結晶がエリー姫のものになっちゃうよ?」
「商会のことを『愛の結晶』だとか誤解を招く言い方は止めていただきたいのですけど・・・。それにわたしは・・・エリーに付き従う身ですから・・・。」
「堅いなぁ。勢いで“はい”って言ってくれないかなぁ。
ま、もう少し待つよ。
ところで近々、戦が始まるね。マリー姫も行くのかい?」
「はい。まだ陛下に行くよう指示されていませんが恐らくは。」
「そっか。安全な地帯での活動にはなると思うけど、くれぐれも気を付けて。
君が無事に帰るのを待ってるよ。」
ダンス中の至近距離で、優しく微笑んでくれるリカルド様に軽い目眩を覚える。
イケメン耐性のない自分が少し恨めしい。
「あ、ありがとうございます・・・。」
曲が終わると、リカルド様は挨拶回りへと行ってしまった。
リカルド様が言うように、もうすぐ戦が始まろうとしている。
隣国のナディル帝国では、こちらに攻め入るための準備が進められているそうで、それを迎え撃つためのこちらの準備も進められている。
今まで幾度となく侵略行為はあったものの、現地の警備兵と、援軍を派遣することで防いできた。
今回は大きな戦になることは間違いない。
巷ではその話題で持ちきりだ。
城内でもどことなくピリピリした空気を感じる。ここまで国内に緊張感が漂うのは初めてだった。
もうすぐ、戦が始まる・・・。




