71.陛下との旅路
アロイド山を出発してアデル聖国へ向かう旅路。俺等は最初に着いた街で旅用の服を買った。買ったというより陛下に買って貰う。
俺等は旅装束に着替え、警備兵長のマーティンは得物の戦斧をそのままにしては目立つため、布を巻きなるべく目立たないようにした。
これでやたら高貴なオーラのおっさんと護衛と侍従、そしてごつい熊のような兵士と町人というおかしな組み合わせの一行は、全員旅装束という出で立ちでまとまりのある見た目となった。
俺は生活雑貨を取り扱う商会の三男の生まれだ。ちなみに警備兵長のマーティンは父親は男爵だが、母親が平民で妾だったためほとんど平民と変わりない育ちをしている。
実家の商売もボチボチだし、兄が二人もいるし、俺はなるべく暇なところでのんびりと生きて行けたらいいと、鉄鉱石しか採れないこんな辺鄙な場所で警備兵になることを志願した。
帝国兵が二、三年に一度の頻度で攻めてくるものの、山の下流から登って来る敵を、山の上流から防ぐのは簡単だった。
罠を仕掛けたり、上から丸太責めしたり、石を投げつけたり。
そんな守り方を提案していたら気がつけば俺は副兵長になっていた。
あまり俺強く無いんだけどな。
ビザンデ鉱山は鉱山の労働者や、高炉の技術者など男ばかりの環境だった。
とにかく若い姉ちゃんがいねぇ。
いたとしてもほとんどが人妻だ。
他の若いヤツは休みの時にアロイド山の麓まで行って若い姉ちゃんのいる酒場まで遊びに行っているらしい。
俺はこっそり帝国側に潜入して遊びに行っていた。帝国の方がかわいい姉ちゃんが多いんだよ。
軍国主義の国だからな。軍人が多いと夜の商売をしている姉ちゃんも多いようだ。
ビザンデ鉱山での生活は、警備をして、数年に一度の帝国兵を蹴散らして、たまに血の気の多い奴らのケンカの仲裁をして、時折訓練をする。
そして休暇日には山を降りて姉ちゃんのいるところで女遊びをする。
そんな日々が俺には丁度良かった。
旅の泊まる宿は、陛下の侍従が見つけて来る。厩舎があり、個室に風呂があるタイプの宿だ。ありがたいことにマーティンと俺の部屋まで取ってくれる。
国王とあろうお方が安くはないが、高級とまでは言えない宿に泊まるのか。と意外に思っていたら、高級なところは客もそれなりの服装をしていなくてはいけないんだと。それに予約が必要だったり、先触れが必要だったりでいろいろ面倒なのだそうだ。あと国王であることがバレては面倒くさい事になるのも理由だそうだ。
「そろそろ腹が減ったな。
ゲイル、其方が夕食を取る店を決めよ。」
「えっ?!俺っすか?!高級なとこなんてわかんないっすよ?!」
「阿呆、このような格好で高級な店には入れん。其方が普段入るような店に案内せよ。」
「飯が食える酒場でいいっすか?!」
「あぁ、構わん。」
俺等の王様は案外気さくだな、と思いながら店を探す。
俺が店を選ぶ基準はひとつだけだ。
若くてかわいい看板娘がいるかどうかだ。
そんなことと思うかも知れないがこれが意外に当たっているんだ。
おおよそ若くてかわいい娘が元気に働けるということは客層がいいということだ。
いい客に支持されるということはいい料理を出す店ということだと思っている。
「この店っすね。」
一本路地裏に入り、若くてかわいい看板娘がいて賑わっている店を見つけると、俺等は適当に座った。
「おすすめは?」
「今日のおすすめはキノコと鶏肉の木の実炒めです!」
「んじゃ、それ。
それとあれとあれと・・・それとエール五つ!!」
他の客が注文している物を見ながら、適当に注文する。料理を注文するのも俺任せだ。陛下曰く、庶民の店の料理なら俺に任せとけば間違いないんだとよ。
昼は急いで馬を駆け、夜はたどり着いた街で宿を取りその街の名物料理を酒場で味わう。そんな旅路の三日目の夜だった。
その日の夕食に入った店は、少し規模が大きく、そして少し装飾の派手な店だった。
この店は野兎の串焼きが人気らしく、俺はいつものように串焼きと、その他の料理と、エールを適当に注文する。
野兎の串焼きがエールとよく合う。俺等は追加した串焼きにかじりつき、二杯目のエールを喉を鳴らしながら煽った。
陛下と初めてビザンデ鉱山でお会いした時は、あまりの雲上人である存在に恐縮しまくりだったが、旅も三日目にもなると色々会話を交わすようになっていた。
「ゲイル、其方は確か独身だったな。
帝国側に懇意にしている女でもいるのか?」
「へっ?!はっ?!あ、あの・・・。」
恋人と言うほどではないが、帝国側へ遊びに行くときには泊めてもらう女はいる。夜の商売をしている女でお互い気が向けば肌を合わせる事もある。
だからといって帝国へ潜入して、遊びに行っていると言っていいのか?
あ、でも陛下にはバレているのか?
「おいおい。帝国へ潜入して、オリバーの裏切りの証拠を持っている商人を見つけて持ち帰るくらいだぞ。
帝国の土地勘がなければ無理であろう?」
「は、はあ・・・。」
やっぱりバレてる。こんなときはどうするのが正解なんだ?謝るべきか?
何て答えればいいのか分からず、護衛と侍従の顔色をうかがい見るが無表情だ。
「なに、其方を責めている訳ではない。親しくしている女がいるのなら、その女も一緒にナディール王国へ連れて来い。」
「え・・・いいんすか?」
「うむ、ビザンデ鉱山を出てしまえば滅多な事では会えなくなるからな。住民の移動と一緒に連れて来ればいいではないか。」
「は、はい。ありがとうございます。」
恋人とか夫婦になるだとか考えたことはなかったが、こちらの国に連れて来るのもいいかも知れない。
「まあ、其方には今後も帝国側へ潜入して欲しい。今回のように役立つかもしれんからな。」
「は、はい。それなら任せてください。」
「ところで、こちらの王国とあちらの帝国では、其方の目から見てどこか違う?」
「違いっすか?
まず、夜の店のねぇちゃんは帝国の方が断然かわいい子が揃ってます。
酒は帝国の方が酒精がきついっすね。
メシは王国の方がうまいし、色々豊富っす。」
「ほう、なかなか興味深い。」
陛下に俺から見た帝国の様子などを色々聞かれたりした。
帝国へ遊びに行っていることはお咎めなしだし、これからも行ってもいいとまで言われた。
俺等の王様は気さくで少し変わり者かも知れない。
その時だった。
店の出入り口がにわかに騒がしくなった。
何事かと思い、出入り口の方を見れば、胸の谷間を見せつけるようなドレス、派手な化粧、むせるような香水の匂いを纏った女達が目に入ってきた。
しまった!
この店は女も買える店だったか!
陛下を案内するには下品過ぎた!!
後悔したが時すでに遅し。
いつもの俺だったらウキウキするところだが、今回ばかりは冷や汗が出る。
俺等の座るテーブルに三人の女が近づいてきた。
「エミでーす。」
「ナミでーす。」
「ルミでーす。」
「こちらのお席、ご一緒してもよろしいですかぁ?」
「いや、俺等はもうすぐ帰・・・。」
陛下はこの女どもが馴れ馴れしく話しかけていいお方ではない。何とか女どもを遠ざけるため断ろうとした時だった。
「空いている席に座りなさい。其方達も何か酒を注文すればよい。」
俺が断る前に、陛下が許してしまった。
席は陛下の両脇が空いているため、必然的に陛下は女に挟まれる形となった。
「ありがとうございますぅ。
ボーイさーん!こっちエール三つね!
お兄さん達、お名前うかがってもよろしいですかぁ?」
「あ、ああ。俺はゲイルだ。
で、こっちがマーティン、
こっちとこっちの二人はこのお方の付き添いだから接客は遠慮してくれ。
で、このお方が・・・。」
「私の名はライオネルだ。」
「「「「!!」」」」
陛下の名前を言うことに躊躇していたら、陛下は堂々と王太子の名前を名乗った。
あまりにもびっくりして言葉が出なかった。マーティンもびっくりして固まっている。護衛と侍従の人は信じられないといった目で陛下を見ている。
「『ライオネル』って素敵なお名前ね。」
「王太子様と同じお名前だわ。」
「確か王太子様って私達と年が変わらないのよねぇ。どんなお方なのかしら?きっとキラキラした王子様って感じよねー?」
俺とマーティンの間に座ったルミちゃんがうっとりと夢見心地の表情を浮かべて言った。
実際ライオネル殿下はかなりの美丈夫だ。スラリとした長身に、均整のとれた体格、漆黒の艶やかな髪に宝石のようなエメラルドの瞳。男の俺でさえも見とれてしまうほどだ。
「大したことはないぞ。私が若い頃に比べたら私の方がいい男だ。」
一国の王太子を貶めるような発言をしていいのだろうか?と少し思うが、実の親子だからいいのか。と思い直す。
「あら!おじ様。ライオネル王太子に会ったことがあるの?」
「ああ、仕事の関係で王城へ行った時にな、何度か見かけた。」
見かけるどころか同じ城に住んでいるじゃないか。陛下はいい加減な事を言って楽しんでいるに間違いない。
「わぁ。お仕事で王城へ行くなんて、おじ様すごーい!!」
「ねぇねぇ、おじ様。
王城ってどんな所なの?教えてー。」
陛下の右隣に座るエミちゃんが陛下にしなだれかかった。
「あっ、エミずるーい。
おじ様、私にも教えて欲しい!
ねぇおじ様?私にも色々、個人的に教えて欲しいなぁ?二人きりで。」
陛下の左隣に座るナミちゃんは、胸の谷間を見せつけながら陛下に詰め寄る。
女の子たちの金を持ってる(持っていそうな)男に媚びる能力というのは狡いし頭悪そうだし、あざといし、可愛い。
「おいおい、私を誘惑しようだなんて、今夜はどうなっても知らんぞ。──私の方が。」
「いやーん。おじ様ったらー。」
もう、ここまできたら女の子達を止める気にもならなかった。
陛下はまんざらでもないご様子なので放置することにした。
しばらく陛下を中心に談笑していたが、陛下が立ち上がった。
「私はそろそろ宿へ戻る。
其方達はもう少し遊んでいけばよかろう。」
そう言って侍従に目配せすると、侍従がマーティンに小さな包みを渡した。
「明日も朝早い。羽目を外し過ぎるなよ。」
俺達は慌てて立ち上がったが、そんな俺達を振り返ることなく、陛下は宿へと戻って行った。
その後の俺等は陛下がいないことをいいことに、マーティンは「俺の大胸筋は会話ができる」とか言って左右の大胸筋を交互にひくつかせて女の子にキャッキャ言われ、それが面白くない俺は「マーティンの乳首当てゲーム!!」と言ってマーティンの胸のボッチを押し邪魔をして遊んでいた。
昼は馬を駆け、夜は酒場で夕食を取り、そして時々お小遣いを頂き夜遊びをする旅を続けて二週間。
アデル聖国と隣接する領地、バークレイ侯爵領へ到着した。




