72.大聖女から水晶玉をもらう
ビザンデ鉱山を出発して二週間。アデル聖国と隣接する領地、バークレイ侯爵領へ到着すると最初に向かったのはバークレイ侯爵の城だった。
バークレイ城には、俺等が大聖女様に謁見するための正装だとか、献上品などが準備されていた。ライオネル殿下が手配してくれていたらしい。
一晩バークレイ侯爵様にお世話になると、用意されていた軍服に着替え、髪を整えた。滅多にしないきっちりとした格好に少々こそばゆい感じがした。
陛下も刺繍をあしらった正装を着て、白い騎士服を着た護衛騎士と、落ち着いた雰囲気の正装を着た侍従を従えていた。
俺とマーティン、そして護衛騎士は馬に乗り、陛下と侍従が馬車に乗り込みアデル聖国のアディーレ大神殿へ向けて出発した。
バークレイ城を出発して一時間。
アデル聖国の国境を越えた。
そこには白い石畳、白い建物、等間隔に植えられた街路樹、整備の行き届いた街並みが広がっていた。
国境を越えてさらに一時間半。
一際大きく荘厳な建物の前で馬車は速度を落とした。
目の前に見える荘厳な建物がアディーレ大神殿だそうで、正門には礼拝に訪れた数多くの信者が行き交っていた。
俺等一行は正門を横目に通り過ぎると、塀に沿って西側へ回りそのまま西門をくぐった。
両脇を樹木に囲まれた石畳の道を真っ直ぐ進むと、役所のような建物が見えた。神官が働いているという役所のような建物の前を通り過ぎると、大神殿の西側の扉にたどり着いた。
神殿の下働きに馬を預け、陛下も馬車を降りると、扉の前で待っていた神官が出迎えてくれた。
「ナディール国王御一行様ですね。大聖女様が謁見室でお待ちです。どうぞこちらへ。」
大神殿の中に入って案内されたのが、赤い扉の部屋だった。さほど広くはない謁見室には、三人の女性が待っていた。
謁見室は最奥に女神像を置き、こじんまりとした祭壇もある。
祭壇を背に、肘掛けのついた白い布張りの椅子に座る女性がいた。
このお方が大聖女様か。
白髪で、眼鏡をかけた上品な婆さんだった。白い聖女服に白いケープ姿。背後に紫色の騎士服を纏った若い女性騎士、右側に五十代くらいの聖女様を侍らせて、優しそうに微笑んでいる。
陛下を先頭に大聖女様の前まで歩みを進めると、俺等は跪いた。
「ヴィクトール殿、お久しぶりですね。」
「はい、ご無沙汰しております。
ソフィーア様におかれましてはご機嫌麗しく存じます。」
「おかげさまで。
ヴィクトール殿、お堅い挨拶はほどほどにして、皆さん、どうかお立ちになって。」
大聖女様と言えば、この世界中の人が信仰する女神、セディア神の代理人と言われるほどのお人で、滅多にお会いすることのできないもの凄く偉いお人だ。
しかし目の前にいる大聖女様はとても親しみやすいお婆さんという感じで、偉そうなところが全く無い。
「今回、はるばるおいでになったのは・・・えーっと、帝国に置いてきてしまったナディール王国の民を、安全に移動させるために『守りの祝福』の水晶玉が必要というご相談だったかしら?」
「はい。我が国の所有であるビザンデ鉱山が管理人に裏切られ、帝国のものになってしまいました。
鉱山は取られてしまっても、民は我が国の民です。民だけでも安全に我が国へ戻したいのです。」
「ヴィクトール殿、そのまま鉱山で働いていた方が幸せということもあるのではないかしら?」
「いえ、私はそうならないと考えています。裏切りによってナディル帝国の民になった者は元からのナディル帝国の民に虐げられることもありましょう。
それにビザンデ鉱山は永らく採掘され続けてきました。そろそろ掘り尽くされると私は見ております。」
「あら、そう?
ビザンデ鉱山ってどこだったかしら?」
「ソフィーア様、ビザンデ鉱山はナディール王国の北東部、山脈のここにあります。」
大聖女様の右側に控えていた五十代くらいの聖女様が、持っていた本をパラパラと捲ると指し示した。
「そこね。ロザンナありがとう。
えーっと、少し見てみましょうか。」
大聖女様は椅子から立ち上がると、ゆっくりと目を閉じた。そして手のひらを上に向けると、天から降る何かを受け止めるような仕草をした。
「ああ、この山ね。
そうね、もう資源は残り少ないわね。
あと数年ってところかしら?」
思わず口を半開きにして眺めてしまった。まさかここに居ながらにして遠くの鉱山の埋蔵量が分かるというのか??
大聖女様ってスゲー!!
「分かりました。ビザンデ鉱山の住民の移動に協力しましょう。
ロザンナ、水晶玉を持って来て。」
「はい、ソフィーア様。」
「ヴィクトール殿、何人規模の移動になるかしら?」
「一八〇人ほどが移動します。」
「どのくらいの期間が必要?」
「ここからの移動もありますので一月ほどいただければ。」
「今の季節では寒いでしょうから、雪や雨も防ぐようにしましょう。
ついでに暖かくしておきましょうか。」
「ソフィーア様のご配慮、大変感謝致します。」
大聖女様はロザンナ様が持ってきた水晶玉を受け取ると、両手で優しく包み込んだ。ほどなくして水晶玉を包み込んだ両手が淡く光った。
大聖女様がそっと両手を開くと、そこには淡く黄金色の光りを放つ水晶玉があった。
「さあ、これを持って行きなさい。」
今だ淡く光り続ける水晶玉を台座に乗せ、ロザンナ様が陛下に手渡す。
陛下は水晶玉の乗った台座を恭しく頭の上まで持ち上げると、俺等は再び跪いた。
「誠に感謝申し上げます。」
「無事、住民が戻れる事を願ってます。」
「ありがとうございます。このご恩は決して忘れません。」
「次にお会いするときには、色々お話し聞かせてちょうだい。」
「はい、是非に。次はサラも連れて参ります。では、私共はこれにて失礼致します。」
こうして無事、『守りの祝福』を込めた水晶玉を手に入れると俺等は急ぎバークレイ城へと戻った。




