61.ルーカスの最後①
医療活動最終日。
最後の聖女の治癒を施す。それでも完治していない人もいるけど、治癒力増強ポーションを処方しておけば数日で治るレベルだから問題はない。
例のごとくエリーが治癒を施す時の祈りに合わせて、被災者達のお祈りタイムとなる。
その後、完治していない人の再診、ポーションの処方、体調不良の人達を診察していく。
昨日は、葬儀の時に『鎮魂の歌』を歌ったことと、夜中に子守唄や童謡を歌ったお礼を言いたい村人達で行列ができていた。
さすがに今日は行列はできないだろうと思っていたが、昨日初めて『鎮魂の歌』を聞いた人、そしてエリーから聖女の治癒を受けた人、わたし達から治療を受けた人などが診察待ちの行列を成していた。今日で王都へ帰るわたし達に、お礼を言いたかったらしい。
お礼を言いたい村人達の行列で最終日も忙しい思いをしたが、ストレスで体調不良になる人はほとんどいなくて良かったと思う。
行列も捌け、日もだいぶ高くなってきた。そろそろ診察のための道具を仕舞おうと思った時だった。
───ズズズズズ、、、
遠くの方から地響きのような音が聞こえてきた。とても嫌な予感がする。
その場にいた全員が同じく不安を覚え、今まで穏やかだった被災者達の表情は強張る。
「まさか・・・。」
「そんな・・・。」
「ああ・・・。」
皆、不安げな表情を浮かべワダリ村へ続く空を見上げた。
しばらくすると、伝達係の騎士が馬で駆けてきた。
「災害発生!!
ワダリ村へは近付かないで下さい!
規模は大きくはありませんが、救助隊員が巻き込まれたもよう!
医療団は受け入れ準備をお願いします!
皆さん決して村には来ないで下さい!」
嫌な予感が的中してしまった。
救助隊員が巻き込まれたと聞き、ルーカス様のことが心配になる。エリーの顔色は真っ青になっていた。
わたし達は医療物資やポーションの補充をし、受け入れ体制を整えた。
次々と被災した騎士が運ばれてくる。ジェシカとメリッサの手を借りて応急処置を施して行く。
そこへ右の上腕から前腕にかけての怪我の酷い人が運ばれてきた。出血が多く酷い骨折もしている。
聖女の治癒をして欲しいところだったが、エリーも運ばれてくる負傷者の対応で忙しそうだ。確か外用の超特製ポーションがあったはずだ。それで間に合うはずだと思い、メリッサに外用の超特製ポーションを取ってきてもらう。
出血してから一時間は経っているだろう。出血多量による血液不足が懸念される。これ以上の流血を防ぐために右腕を上にして、とりあえずの止血処置を施していた。
「マリー!来て!!早く来て!!マリー!マリー!」
叫ぶようにエリーがわたしを呼んだ。直ぐにでもエリーのもとへ駆けつけ、手助けをしたかった。
しかし、こちらの負傷者もこれ以上出血をさせたら危険だった。わたしも手が離せなかったのだ。
✳
地響きのような音が聞こえてきた時、とてつもない不安が襲ってきた。
伝達係の騎士の「救助隊員が巻き込まれた」という言葉で心臓が止まる思いがした。
お願い、無事でいてルーカス。お願い女神様、ルーカスが無事でありますように。
私はルーカスの髪紐を握りしめ無事を祈った。しかし私の願いは虚しく女神に聞き届けられなかった。
「ルーカス!!気をしっかり持て!すぐ助けてやる!」
その掛け声と共に担架に乗せられ、運ばれてきたのはルーカスだった。
呼吸も浅く、意識も虚ろ。その原因の患部である腹部には、最悪なことに何かの支柱のような木材が刺さっていた。
一瞬にして頭の中が真っ白になって、何をすれば良いのか分からなくなった。
「ダメ!嫌よ!ルーカス!しっかりして!目を開けて!」
思わず叫ぶように声をかける。早く治療しなければ。
この様な場合は何をすればいいの?!そうよ、この刺さっている木材を早く抜いてあげなくちゃ。ああ、私が抜いては危険よ。どうしたらいいの?こういう時は医師?!医師、医師を!
「ブラウン団長を呼んで!至急!早く!早く!この木材抜かなくちゃ!」
ルーカスが死んじゃう!普通の医師の治療では間に合わないわ!誰か助けて!
「マリー!来て!!早く来て!!マリー!マリー!」
そ、そうよ、聖女の治癒を施せば!
「わ、我らが、唯一神であ、あ在らせられる・・・。」
声が震えて祈りの言葉が出てこない。手も震える。精神を集中させなきゃ。落ち着け!落ち着け!
何とか祈りの言葉を唱えている時だった。私の手をふわりと何かが暖かく包んだ。
「ル、ルーカス?」
私の手を優しく包むのは、痛みで顔を顰めさせながらも必死で笑顔を見せるルーカスだった。
ルーカスは苦しみ、額に汗をかきながらも笑顔で首を横に振る。
どうして?!治癒は要らないと言うの?!
「だ、ダメよ!諦めないで!もうすぐ、もうすぐ、助けてあげるから!」
再び、祈りの言葉を唱えようとする私にルーカスが話しかけてきた。
「あぁ、俺のために、な、泣かないでください。
貴女は・・・泣いた顔も美しい・・・。
けど・・・今は笑顔を見たいのです・・・。笑顔を見せて・・・。」
泣いていることさえ気が付かなかった私は、ルーカスの手を強く握り返し必死で笑顔を作る。
「貴方を必ず助けるからっ!そしたらたくさん笑顔を見せるわ!だから頑張って!!」
「さ、最後に・・・貴女の笑顔が・・・見られて良かった・・・。」
周りの喧騒にかき消えてしまいそうなほど、囁くような力のない声だった。その時ようやくブラウン団長が様子を見に来た。
「最後だなんて言わないで!
ブラウン団長!ルーカスを助けて!早く木材を抜いてちょうだい!早く、早く!
私が治癒を施すわ!!」
どんなに訴えてもブラウン団長は動かない。
「今、木材を引き抜いてもこの者の体は耐えきれません。」
ただ静かにそう言って、私の肩に手を置いた。
「ルーカス、ルーカス、嫌よ!」
ルーカスはゆっくりと瞳を閉じる。
「目を閉じないで!ルーカス!」
浅い呼吸も緩やかに止まった。
何度も何度も繰り返しルーカスの名を呼んだが、ルーカスの目は再び開くことはなかった。




