56.このような時間にバイオリン
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小一時間かけてラムール村へ到着すると、宿営地ではすでに休んでいる人が多いようだった。人の話し声は聞こえず、見回りや火の番をしている人がちらほらと見かける程度だった。
「今日はお疲れさま、明日も朝早いわ。ゆっくり・・・。」
エリーが言い切る前に言葉を止めた。
「何かしら?この音───。」
「?」
エリーが耳を澄まして遠くを見る。何が聞こえるのだろうかと思い、わたしも耳を澄ます。
すると微かにバイオリンの音色が風に乗って聞こえてきた。
「どこからかしら?」
エリーは導かれるようにふらりと歩き出した。
風に乗って聞こえてくるバイオリンの音色を辿り、村の外周に沿って歩く。村のはずれまで歩くと、そこは森へ続く入り口だった。
「ここだわ。」
森の入り口、降り注ぐ満月の光。大きな切り株の上でバイオリンを奏でるのは、一人の騎士だった。
まるで月の光で染めたようなプラチナブロンドの長髪を一つに束ね、どこか憂いを帯びたブルーグレーの瞳。
もし月の精霊というものが存在していたのなら、このような容姿をしていたのではないだろうか?
───美しい人。
初めて男性に対してそんな感想を抱いた。
ふと隣を見ると、わたしは軽い衝撃を受けた。瞬きを忘れ口を半開きにしたエリーがその騎士を見つめ、時が止まったかのように固まっていた。
こんな様子のエリーを見るのは初めてだ。
バイオリンを奏でていた騎士はわたし達に気が付くと演奏を止め、切り株から飛び降りるとわたし達の側まで歩み寄った。
「お初にお目にかかります。私、アムラダディ騎士団所属、ルーカス・ダーディンドンと申します。」
月の精霊かと思ったらちゃんと人だった。
ルーカス・ダーディンドンと名乗る騎士は、バイオリンを持つ左手で弓も一緒に持つと、右手を胸に当て一礼した。
「・・・。」
口を半開きにしたエリーは何も反応しない。
どうしたんだろう?と思いエリーをつついてみた。
「!! わ、私エリザベート・ナディールです。夜風に乗って聞こえてきたバイオリンの音色を辿ってみたら、ここに着きましたのっ。」
「バイオリンを弾いていたのは私です。耳障りではありませんでしたか?」
「耳障りだなんてとんでもないわ!美しい音色に導かれてここに辿りついたのですもの!」
「良かった」そう言ってルーカス様は優しく微笑んだ。美しい人は笑顔も美しい。
そんな感想を抱きながらエリーの顔を見ると、ほんのり頬を色づかせていた。
「どうしてこのような所で、このような時間にバイオリンを?」
「はい、この村に避難しているワダリ村の人々は、此度の災害で家や畑が壊されました。家族を失った者もおります。
あまりの悲しみに、泣きながら眠れぬ夜を過ごす者もおります。
私はその者達の為に、少しでも慰めになればと思いバイオリンを弾いておりました。」
眠れない夜を過ごす被災した人々を慰める為に、バイオリンを弾いていた美しい騎士。ルーカス様は見た目も美しいが心まで美しいらしい。
「まあ・・・。なんて心優しいお方なのでしょう。
おじゃまして悪かったわ、どうぞ続けて。」
「いえ、ちょうど今夜は終わろうとしていた所です。もしよろしければ王女殿下が宿営なさるテントまで私がお送りしましょう。」
わたし達には護衛のロビンとケビンがいるから心配は要らないけど、ルーカス様が宿営地まで送って下さる事になった。
ルーカス様は歩きながら井戸の場所、ラムール村の村長の家、アムラダディ騎士団の宿営地の場所など簡単に案内をしてくれた。
その案内の合間、エリーにしては珍しく饒舌になって質問を繰り返していた。
エリーとルーカス様の会話を聞くに、ルーカス様は子爵家の三男だということ。
年齢は二十一歳。剣一本とバイオリン一挺を持って、全国の大領地の騎士団を旅をしながら転々としていること。そして旅先の至る所でバイオリンを披露していることが分かった。
何というか・・・。騎士兼吟遊詩人といった感じだ。
気が付けばわたし達は宿営地のテントに到着していた。
「私はここで失礼します。どうぞゆっくりお休み下さい。」
「案内ありがとう。貴方もお休みなさい。」
ルーカス様は一礼し踵を返す。
その瞬間、エリーはルーカス様を呼び止めるように声をかけた。
「あっ、あのっ。」
「はい?」
「明日の夜もあの場所でバイオリンを弾いているのかしら?」
「はい、明日の夜もあの場所で。」
「あのっ、私達もあの場所で歌っても構わないかしら?被災して心を痛めている者達のために私とマリーも歌いたいわ。」
ちょっと待って。なぜわたしも歌いたいことになってんの?エリーってばわたしに一言も相談なく勝手に言ってるよね?!
いずれにしてもエリーの言う事に従うのは変わりはないんだけど、なんか!エリーの心が!ルーカス様に持って行かれているみたいで納得がいかない!
ルーカス様は一瞬驚いたような顔をした後、直ぐに優しい微笑みを返した。
「是非ご一緒しましょう。」
その返事でエリーは再び頬をほんのりと色づかせると、嬉しそうに目を細めた。
ふとエリーの後ろで控えるケビンを見たら、ルーカス様を思いっきり睨んでいた。
分かるぞケビン、その気持ち。
今だけはわたしはケビンの味方だ。




