55.アムラダディ侯爵家で夕食
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目の前に並ぶのは豪華な食事と、豪華な衣装に身を包まれたアムラダディ一家の方々。挨拶もそこそこにアムラダディ侯爵であるダニエル様の自慢話を聞きながら料理をいただく。
「これらの料理は遠い異国の高級料理でこざいましてな、これを口にできるのはナディール王国広しと言えども我が家だけでしょうなあ。こちらは特殊な環境で育てたガチョウの肝臓をソテーした料理です。料理人もこの料理のためだけに呼び寄せました。こちらのスープは人間さえも噛み殺すと言われる巨大魚のヒレを干して・・・。」
最初はいかに高級な食材が使われているかという料理自慢から始まり、次第に食器自慢へと移る。
エリーは無言で、穏やかな微笑みを絶やさず顔面に貼り付けている。エリーがこの顔をするときは大抵、社交の時に適当にやり過ごしたい時の顔だ。
ダニエル侯爵様もガブリエラ夫人もご子息のニコラス様も、指のウェイトトレーニングでもしているかのような大きな宝石の指輪をいくつもはめている。ご令嬢のドロシー様だけは指輪をはめていないが、肩が凝りそうなほど大きな宝石のネックレスとイヤリングをしている。もちろん、ガブリエラ夫人もだ。
あんな大きな指輪をして食事しづらくはないのだろうか。前世でああいうキャンディーがあったな、などと考えていたら、ニコラス様と目が合ってしまった。わたしがニコラス様の指にはめられた宝石に目がいってしまったのに気が付いたらしく、話題を身に付けている宝石に変えられてしまった。
「お父様、そろそろ食器の話は終わりにして、我々が趣味で集めている宝石のお話でもしてさしあげたらいかがですか?」
「ああ、そうだった。さすがは我が息子。気が利くではないか。」
「いやですわ、あなた。王女様に我が侯爵家の事を知っていただくいい機会ですのに。我が家の所蔵する素晴らしいお宝について教えて差し上げて下さいな。おーほっほっほっ。」
「王女様はアレキサンドライトという希少な宝石はご存知ですかな?我が家ではわたしの持つ指輪の他に───。アレキサンドライトの他にもドロシーのネックレスとイヤリングに加工したピンクダイヤも大変希少でございまして、タンザナイトなど───。」
しまった。ほんのちょっとニコラス様の指輪をチラ見しただけなのに今度は宝石自慢が始まってしまった。
今日一日被災地で医療活動をして疲れた体には、この胃がもたれそうな高級料理も、長々続く自慢話も疲労となって積み重なっていく。
それにしても領民が災害に遭って大変な思いをしているのに、それをおもんぱかる雰囲気が全くないのは一体どういうことなのか。
「ところで王女殿下。その王女殿下がお召しになるには少し地味過ぎるドレスは何ですの?」
ドロシー様がわたし達の着ている制服について聞いてきた。それにしても「地味過ぎる」とはストレートに言い過ぎではないだろうか?
「ええ。この服は制服ですのよ。活動しやすいように、あえて地味なものにしましたの。」
エリーが笑顔を貼り付けたままやけに優しい口調で答えた。
「国で最も高貴な女性には常に美しく、華やかであって欲しいですね。私からドレスをお贈りしましょう。」
ニコラス様がエリーにドレスを贈ると言い出した。この国では男性から女性にドレスを贈ると、それは特別な間柄だという意味になる。そう、例えるなら婚約中の恋人同士のような。
「そうしなさい、そうしなさい。なんなら舞踏会用のドレスを贈りなさい。そしてエスコートもして差し上げてなさい。」
「おーほっほっ。いやだわニコラスってば、大切な女性に贈るのなら、アクセサリーも一緒に贈らなくては無粋よ。
王女殿下、明日服飾工房の者と宝石商の者を呼び寄せますわ。私と一緒にゴージャスでファビュラスなドレスを選びましょう。」
何だかエリーが絡め取られている気がする。アムラダディ家の人々が怖くなってきた。
「せっかくですがドレスもアクセサリーも、父上が認めた方からしか受け取れない事になってますの。
──そう言えば兄上が新しく盛装を新調すると聞いていますわ。確か色は濃い紫だとか・・・。」
エリーはさりげなくライオネル王太子の情報を提供して、アムラダディ家の人々の照準をライオネル王太子に向けさせた。実の兄を売るなんてなかなか酷い妹だ。しれっとした顔でアムラダディ家の会話を聞いている。
「まぁ!濃い紫は私の好きな色の一つですわ!お父様、私も濃い紫のドレスを仕立てたいわ!いいでしょう?」
「仕方がないな。それを着て夜会でライオネル殿下にお会いする時には、必ず踊って貰うんだぞ。」
「もちろんよ!そう言うお父様こそ早く第二妃の婚約を取り付けて下さいませ!」
やはりライオネル王太子の第二妃の座は人気のようだ。
現在ライオネル王太子は第一妃として、同盟国であるファイデリティー国のフローレンス王女とご婚約中だ。
しかしフローレンス王女は齢七才と幼く、ご成婚される十六歳となるまで九年もある。それまでの実質的に第一妃となる第二妃の座を巡って熾烈な競争が繰り広げられているとエリーから聞いた事がある。
食事も終わり、デザートが出される頃になっても「明日、ドレスを一緒に見ませんこと?」「なんならニコラスの案内で観光をなさっては?」「ニコラスと王女殿下はお似合いだと思いませんこと?」などとエリーを絡め取ろうとしてきた。
その度にエリーは「そう言えばライオネル兄上はフィナンシェが好きですのよ。」とか「ライオネル兄上の好きな紅茶の銘柄は───。」などとライオネル王太子の情報を小出しにして話を逸らしていた。
ライオネル王太子お気の毒に、と同情しつつエリーはこの手を使うのは初めてじゃないな、と確信してしまった。
帰る頃になり、是非とも泊まっていって下さいと何度も引き留められた。でもエリーは断固「治療した被災者達が心配で様子を見たいのです。」と言って断った。
エリーが断ってくれて正直ほっとしている。わたしとしても居心地の悪いアムラダディ家のお世話になるくらいなら、被災地で医療団や救助隊の皆がいるテントで寝た方がずっと良かった。
アムラダディ家の方々に見送られながら馬車に乗り込む。
扉を閉めると同時にエリーは顔面に貼り付けた笑みを剥がし深いため息をついた。
「ふぅ、疲れたわね。」
「はい。アムラダディ家の方々は被災地のことはあまり心配していないのでしょうか。」
「恐らくそうね。騎士団と医療団も手配したし政府へ救援要請も出したから責務は果たしたと考えてるのでしょうね。それよりも王族と縁戚関係になる方が重要らしいわ。」
「あぁ・・・。」
昼間の目まぐるしい医療活動の後に胃もたれする高級料理とうんざりする自慢話。そしてしつこいくらいのエリーへのデートのお誘い。
あの方々の口からはエリーのことや被災地のことをおもんぱかる言葉は一切出てこなかった。
エリーもあの方々のことは王族として無下にすることはできないだろうけど、もう二度お誘いを受けることはないだろう。
わたし達は満月が夜道を照らす中、馬車に揺られ再度ラムール村へと向かって行った。




