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棺桶を担ぐ少女は死に場所を探している  作者: 久我 一
#第1章
13/13

迷宮と道化師1


 黒髪の女性の介護を任せれて僕達は残り少なくなる滞在期間が少なくなるとは思わなかった。


 あれから数日間、僕はラカンさんと一緒に貧困街へと駆り出していた。彼女は別行動で此処にはいないが、昼食を食べたら貧困街に向かうそうだ。


 結局のところ、僕が何故、ラカンさんの手伝いをしているかは自分でも分からない。ただ困っている人がいると無性で助けたくなってしまう。親切心とかではない、偽善──なのだろう。


 そして今日も僕は彼女の介護を行う。


 荒れた皮膚を傷つけないように丁寧に洗い、少し傷んだ長い黒髪も洗う。それからは部屋の換気と食事を作って食べさせるだけ。


 人の介護というのはとても大変だ。寝ているだけだからこそ、少しは楽なのかもしれないが、もし意識があって介護するとなると、話したり、動いてしまったり、と余計に労力を使うこととなる。ただ、意識が無いと心配にはなってしまうのは違う。


 これを彼女が寝てからずっと介護している人は凄いなと改めて尊敬する。身近で見ていても極端に無駄を減らして介護をしているのが分かる。凄い、と口から溢れるくらいに……。


 午前中にする事は終わり、椅子に座って小休憩。ラカンさんは俯いたまま僕に話した。


 何故、彼女がこうなってしまったのかを。


「これはお前達にも起こりうる事だ……」


 彼は水を一口喉に通す。


「あいつは、ニニャは俺達のパーティー仲間でな。昔は毎日のように冒険して馬鹿やっていた仲なんだ。だが、昔とある依頼の最中である(・・)迷宮(・・)に出会ってしまってな。そこで、あぁなってしまった」


 心臓の音が聞こえる。内から外に外に弾けるようにドクドクと彼の声に重なって聞こえてくる。


 彼は僕に同じ二の舞を踏まぬよう教えてくれたのか。


「動く迷宮()に飲み込まれたら、黒いスライムには攻撃するな。奴は災厄だ……」


 ギィィとドアが開いた。ドアの金具が劣化しているからだろう。荒れた音が聞こえるのは。


 現れたのは彼女だった。艶々した銀髪に華奢な身体、担がれている漆黒の棺桶を部屋の壁に立てかけ、僕は彼女に椅子を譲る。


 先程の話、魔物について語る上で一つ物語があることを忘れてはならない。





 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




 昔、世界は一つだった。数多の種族の人族が共存し合い、人々は慈愛の心を持ち、神を信じ、天使と触れ合い、夢の楽園を築き上げていた。


 だが、その夢の楽園が気に入らない者がいた。


 悪戯好きの神──ロキである。


 ロキは他の神々の目を盗み、ロキを狂信する者達に力を与えた。力を与えられた者は次第に姿を変え、人成らざる者に変わる者もいた。

人成らざる者は楽園の動物を喰い殺し、動物の身体の一部を取り込み姿を変えた。魔人の誕生である。


 ロキは魔人が誕生したのを確認し、他の神々を封印して悪魔を発生させた。


 悪魔は人々を狂わし、魔人を率いて、夢の楽園に悪の瘴気を張り、暴虐の限りを尽くした。


 それを見兼ねた封印されていた神々は、光の女神の封印を協力して解き、光の女神は異界の勇者を呼び出した。


 勇者は夢の楽園の悪の瘴気を祓い、暴虐の限りを尽くす悪魔と魔人を倒し、封印されていた神々を解放して夢の楽園を取り戻した。


 そして夢の楽園の神々から追放された悪戯好きの神ロキは多大なる悪魔達と契約を交え、魔王となり、夢の楽園を割った。


 夢の楽園は砕け、三つの大陸に分かれた。


 偉大なる人族は亜大陸に、魔王ロキは魔大陸に、神々の管轄領域から外れた無大陸に分かれたのである。


 魔大陸に取り残された人族達と動物達は魔王ロキの悪の瘴気に当てられ、人族は魔人へ動物は魔物へと変貌した。これが魔物の誕生である。悪の瘴気に当てられたのは、地上の生物だけでは無く、海の生物もだ。海は大陸より広大で海の生物が全て魔物化するのは時間の問題であった。


 そして魔王ロキは再び悪魔を生み出し、悪魔は魔人と魔物と共に亜大陸に侵攻を開始した。悪魔は人々を惑わし、魔人と魔物は亜大陸の人族と動物を喰い殺し、蹂躙し強奪、簒奪を行った。


 勇者は侵攻してくる魔人と魔物を倒し、強大な力を持つ悪魔をも倒していたが、各方面から進行してくる悪魔、魔人、魔物には対処できなかった。


 次々と襲ってくる悪魔達に窮地に立たされた神々は神の加護を三人の人族に与えた。ある者は魔法の加護を、ある者は聖の加護を、ある者は戦士の加護を神々は与えたのだ。


 神々の加護を与えられた者達は勇者と共に悪魔達を生み出した魔王を討伐する為に旅に出る。それは過酷な戦いの始まりだった勇者達は数多の魔物を打ち負かし、奴隷となった人々を開放し、魔大陸に住み着いた魔物、魔人を倒していった。砂漠、火の海、雪の国、闇の街を攻略して、遂に魔王ロキが拠点とする魔王城に辿り着く。


 激戦の末、勇者は魔王と相討ちとなり、残された仲間は亜大陸に戻り、消滅した悪魔と共に侵攻していた魔人を駆逐していった。ただ、亜大陸に侵攻してきた魔物は甚大な数であり、全ての魔物を駆逐するのは時間と戦力的にも無理だった。


 ただ、偉大なる勇者が残虐な魔王を討伐した為、世界は平和の一歩を踏み出せたのであった。






 ♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎




 伝来された昔話。実話かどうかは分からないけど、昔から父さんに教わった勇者の物語に一致していることもあるのは事実。


 彼女が来た為、僕に話した事と同じ事を彼女は眉をも動かずに黙々と聞いていた。


 仮面のような表情がより人形さを際立てているのも彼女の素敵なところであろう。無表情の君も愛おしい。


「アーサー、聞いているのか?」


 ラカンさんの声で僕の意識は彼女から現実の話に切り替わった。


「いいか、話を戻すぞ。魔物が絶滅しない限り、まず俺達には安全・安心という言葉はまず出てこない。冒険者を志す上で忘れてはいけない事だ。俺達はこれを怠ったせいで仲間の人生を奪ってしまった。しかも迷宮攻略中にだ」


 辛い話でも、悲しい話でもあるのにラカンさんは涙も流さず、怒りも出さずに話を進める。


「冒険して、結婚して、二人っきりの生活が待っていたのに、幸せな家庭が待っていたのにこの様だ。この家に残された一人は相当辛い。この俺よりもだ」


 顔を顰め、表情が見えてくる。きっと僕もこんな気持ちだ。あぁ、もしも彼女が深い眠りについたら僕は死ぬのかもしれない。罪悪感、焦燥感に駆られて僕は彼女とまた会うことを祈るだろう。彼女を残して……。


「って、ラカンさん、結婚していたんですか?」


 話を聞いている限りでは、ラカンさんは結婚していたのか……意外だ。


 数週間としか関わっていないからこその驚きではあるが、意外だ。それと同時に怒りが沸いてくる。


 人の良さって言うのは、普段の生活に反映されているのだと僕は思う。例えば、食事。僕の父さんは食べるときは豪快に笑顔に食べる。食器はあまり使っているところを僕は見れていない、が父さんの破天荒でガサツな明るい性格なのはすぐにってほど分かった。冒険者というのはあまり家庭を持っておらず、自炊をする者は珍しいそうだ。だからこそ、冒険者という職業(ジョブ)に就いている者は食事でわかると思った。ラカンさんは几帳面だった。時々見せる出鱈目な行動も荒れた言動は違う。わざと隠している。そう思えば納得できた。


 彼女へのアプローチかと思い、丸二日間張り込み、行動を観察していたが特に彼女に視線を合わせている訳でも無く、都市の人々との関係も良好、大道芸のピエロの恰好をした人と話すことが多く、会話内容は分からないが、雰囲気から違うと断定した。


 調べていたからこそ分かる。ラカンさんは貧困街に足を踏み入れてなかった。あの二日間、彼女の元にはいなかったはずだ。でも介護が出来ていた。全く介護してないわけでもない。そんな思いから発せられた質問である。


「いや、俺は結婚なんてしてねぇーよ」


 即答であった。


 ならば、結婚相手は残りのパーティーメンバーの人になる。でも僕はそんな人をこの街で見かけた事はなかった。この街で出会った人の顔はほとんど覚えてはいる。記憶力には自信はないが、それでも五十人くらいの人達の顔はしっかりと記憶している。


 質問の意図が分かったのであろう。ラカンさんは少しだけ笑みを含み話を再開する。


「前に話した俺がパーティー組んでるって話覚えているか?俺とニニャともう一人、ミヤルドって男と組んでるパーティー《三本の矢》でニニャとミヤルドは結婚してる。元々、俺はソロで冒険していた奴でな、ソロで冒険するのが辛くなってきた時に、ニニャとミヤルドのパーティーに入れて貰ったのさ」


 聞く限りでは、仲は悪くなさそうだ。


「そのミヤルドさんは今どこに?」


「あー今は、帝国領の方で働いているな。二日前に出立しているから後三日、四日で帰ってくると思うけど、どうしたのか?」


 勘違いだった、か。


 僕は彼女の結婚している人が彼女が寝たきり状態のまま、介護せず、遊んでいるのだと……。恥ずかしい。頬が赤くなっているのがすぐ分かる。


「君達なら少なくとも一回は面識はあるぞ?なんならミヤルドから直接聞いたが?」


 ラカンさん以外に冒険者らしき人は全く見当がつかない。しかも男性であるなら大体は絞れるはずだが、それらしき人はいなかった。いるとすれば、肉屋のおじさん、門番の人になる。


 考えていると結構な時間が過ぎていることに見かねたラカンさんは少し驚きつつ「まじかよ……」と言葉を溢して話を続ける。


「街中で奇抜な格好をしたピエロ姿の人を見なかったか?白い顔、赤い鼻、華やかな衣装に身を包んだ男を」


 二日前に……いやもっと前に見たことがあった。確か、僕達がこの街――中央都市国家に着いた時には見かけている。奇抜で陽気な格好に真っ白い肌、丸くなった赤い鼻、先の長いシルクハットが特徴的だった。


 最初は話で聞いた王都や帝都の住民みたいに時代の最先端を担う服装なのだと思っていた。僕が子供の頃から月一度に来る行商人達と年に二回くらい一緒に来る大道芸の人が「時代によって服装が変わるんだ」と言っていたのが僕の記憶上の中で大きい。毎回、違った衣装で大道芸をし、村の子供達を笑わせていたのが懐かしく思えてくる。


 ただ、ラカンさんの話から昔は冒険者としてラカンさんと共に働いていたのだが、今は大道芸の仕事に就いているそうだ。


 凄い人だ。彼女が眠ったままの状態で諦めずに働いて、介護もして、生活しているのって素晴らしい。僕も彼女が寝たきりの人生を歩もうとしているならば、もしも歩んでいるのならば、止められるのだろうか。ずっと傍にいられるのだろうか。僕はまだ分からなかった。




♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎


 闇の中。そこに佇む一つの黒い影。


 その影は深く深く、まるで底が無いような闇であった。ただ一つだけ、一つだけ分かるのはその闇が人型であることだけ。二つの深紅の瞳孔だけが、じっと暗闇の部屋を見つめている。辺りは騒がしく、闇の中で蟲が闊歩しているような……。


蟲の騒ぎは終わらない。祭りか狂騒か下々の蟲は全く分からず、興味すら無さそうにただこの闇の世界で生きている。


ただ蟲達は危惧している。それはいつの時代でも同じ事。


いつしか一本の光が──絶望が差し込む事を忘れずに、闇の世界は日常という名の平和が崩れ去る瞬間であった事をこの時はただ一人(・・)を除いて知らなかった。




『第一の街に滞在した青年は彼女と一緒に新たな生活を始めた。


旅の途中ではあったが二人共、未知の恐怖に打ち勝ち、様々な事に挑戦し、学び、己の糧とした。


新たな仲間と出会い、病に伏した者を救い、聖なる心を持った彼は、第一の街に訪れるであろう災厄すらも凌駕する力を持っていた事に彼自身もこの時はまだ知らなかったのであった。


一つの闇が、洞窟の奥深くで鼓動している。


それが、闇の産声か、戦い狼煙なのかは未だ謎に包まれたまま。


希望と絶望が世界を揺らし、混沌と化すであろうその日まで誰も結末は知らない。


物語はまだ始まったばかり。彼の物語も彼女の物語もまだ始まったばかりなのだ。













 








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