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第1話 白豹の人妻と黒豹の騎士

 リバティー皇国から出立してから早数日。

 私とルディ、レオン、ルーシーの4人はストレルカの南方に位置する商業都市アレンスキーに到着していた。


「行商人か、アレンスキーに来た目的は? ストレルカはあまり稼ぎにならないだろう?」


 ルディは自らの頭のてっぺんを指差す。


「見ての通り俺は獣人族だ、ストレルカ王国は獣人への差別が少ない国の一つだが、この国は儲けも少ねえし環境も最悪、だけどその分、人族はあまり来ねえだろ、だから商いのチャンスだと思ってな」


 ストレルカの北星騎士団の副団長も獣人族だが、騎士団には獣人族が多い。

 人気のない王家とは違って、騎士団は平民にも人気だと聞く。

 本来であれば彼らがクーデターを起こせばいいのだが、騎士団長のマキシムは忠義に厚く、今の王の父である前王に仕えていた。

 前王の最期の願いで、息子である現王を託されたマキシムが、約束を違える事はないだろう。

 騎士団の部下達もマキシムを慕っており、ここを切り崩す事は難しい。

 オーランが私を頼った時点で、その苦しい懐事情は直ぐに理解できた。


「若えのに随分はっきりと言う奴だ、まぁいい、俺たちにとっちゃ有り難えこった、ようこそストレルカへ」


 街の門番は、私たちの偽造された身分証明書となっているカードに、通行許可の認証を書き加える。

 このカードは魔法道具の一つで、ほぼ全ての国で共通・共有化されている技術の一つだ。


「無茶して、そっちの美人な奥さんと、餓鬼どもを路頭に迷わせるんじゃねぇぞ」


 私は門番に向かって五割り増しで微笑む。

 もし、クーデータの時に私の前に立ちはだかっても、こやつは助けてやろう。


「おうよ!」


 ルディは元気いっぱい手を振ると、街に向かって馬橇ばそりを走らせた。







 雪国でもあるストレルカは、大都市の商業区画は屋根に傾斜のついたアーケード街になっている。

 アレンスキーの大通りもアーケードとなっており、私たちも行商人ばかりが集うブロックの一つを借りた。

 計画実行までの間、私たちは行商人という事もあり、普通にここで商いを行うつもりである。


「俺とレオンは、先に行商の荷物を預けてくる、デッ...リリアーナ達は宿の手配を頼む」


 リリアーナとは勿論、私の事である。

 行商人の間、私たち2人は偽名を使う予定で、私はリリアーナ、ルディはランドルフ、兄妹の名前は咄嗟の時に子供達がヘマする可能性を減らすためにそのままだ。

 商業区画は盗難を阻止するために、夜の間、行商人達は商品をアーケード内の区分けされた倉庫に預け、ギルドが倉庫を閉鎖する。

 出入口は商業ギルドが用意した私兵や、国が用意した警備兵が守衛を務めるようだ。


「はい、わかりました、いってらっしゃいませ旦那様」


 私は腰をおりルディに頭を下げる。

 ここでの私は、夫を甲斐甲斐しく支える貞淑な妻を装うつもりだ。

 服装も、ブルーのロングスカートに、あまりヒールの高くない編み上げの茶色のブーツを履いて、上着はプリーツの入った長袖の白ブラウスを着て、襟元にはリボンをつけてある。

 また、仕事をするときに邪魔になってはいけないので、髪も編み込んでアップにした。

 外に出るときはこの上にモコモコのコートを着ているが、アーケード街は暖かいので邪魔になるで脱いでいる。


「じゃあ、行きましょう、ルーシー」


「はい、ママ」


 私は、ルーシーと手を繋ぎ宿屋に入りチェックインする。

 部屋に荷物を置いて一息つく。

 ルーシーは旅で疲れていたのか、少し眠そうだ。


「ルーシー、貴女は部屋で休んでいなさい、私はみんなの食事を買ってきます」


 誰が聞いておるかわからんからな、勿論、部屋の中でもこのままである。

 下手に防音魔法を使って感づいた奴がいれば怪しまれるし、もしもの時はヒソヒソと話せばいい。


「は...はい」


 ルーシーはまだ子供だ、ずっと演技をし続けるのも負担だろう。

 私はしゃがみ込み、ルーシーを抱き寄せると耳元でささやく。


「大丈夫、ルーシーはうまくやっておる、緊張せずにもっと子供らしい面を見せても良いのだぞ」


 ぽんぽんと頭を叩くと、少しは緊張が解けたのか、強張っていた表情も自然と柔くなった。


「では、行ってきます、ルーシー、大人しく部屋で待っていてね」


 部屋を出た私は、店の人から聞いたテイクアウトのできる食事処へと向かう。

 今日はみな疲れているだろうし、余計なトラブルを避けるために食事は部屋で取ろうと思っている。

 ストレルカの宿には食事処が併設されていないために、別のところで取るか調達しなければならない。


「ここね」


 目的の食事処に入ろうとすると、同時に逆方向から来た人と入り口でお見合いしてしまう。


「お先にどうぞ」


 鉢合わせた外套のフードを被った男性は、すっと後ろに下がり私に順番を譲る。


「ありがとう、でも私、ここは初めてだから注文に手間取るだろうし、貴方がお先にどうぞ」


「わかりました、ではお先に失礼」


 男性の後に続いて私は店に入る。

 店の中はそこそこ広く、既に何人かは食事を始めていた。

 外套を被った男性は常連なのか、手早く注文し席に座る。


「すいません、持ち帰れる物はありますか?」


 私は、カウンターにいるおばちゃんに声をかける。


「それだと、この辺りだね」


 おばちゃんが指差した物を適当に注文し、料理ができるまで店の中で待つ事にした。


「おい、ねーちゃん、待ってる間、こっちで酌の一つでもしてくれよ」


 まったく、絵に描いたような柄の悪い酔っ払いもいたもんだ。


「あんた、飲みすぎだよ! 他の客に絡むならでていきな!!」


 おばちゃんに一喝された酔っ払いは、周囲の客にも睨まれた事もあって、大人しく店から出ていった。


「すまないね、気を悪くしないでおくれ、たまにいるんだよ、ああいう柄の悪い客が」


「いえ、よくあることですし助かりました、有難うございます」


 私はお辞儀をし、おばちゃんに笑顔で応える。


「あんた、美人なんだから気をつけなよ」


 その後、何事もなくおばちゃんから食料の入った袋を受け取った私は店から出る。

 さて、どうやらあの男はまだ私に用があるようだ。

 私はわざと、人の少ない裏通りに入る。


「ちょっと待てよ、ねーちゃん」


 私はリボン留に使っているカメオのブローチに手をかける。

 このブローチは、私の魔力を抑えるための魔法道具だ。

 ノエルやルディのように、人族以外の血が混じったものは魔力感知がうまいため、正体がばれないためにもこうやって偽装する必要がある。

 無論、全てが万能という事もなく、副作用としてこれをつけている間は強力な魔法が使えない。

 仕方ないが、ここなら裏通りだしあまり人目もないから大丈夫だろう。


「な、なんだ、てめぇ?」


 私がブローチを外すより先に、見覚えのある外套を被った男性が酔っ払いの手を掴む。


「同じストレルカの民として、お前の蛮行は認められない」


 外套の男は酔っ払いを軽く捻りあげると、相手の意識を昏倒させた。


「大丈夫か?」


 外套の奥の鋭い眼光がこちらを射抜く。

 何故か、私はその瞳から目をそらす事が出来なかった。


「すまない、貴女を怖がらせるつもりはなかったんだが...」


 男は私から視線を逸らす。


「助けてくださって有難うございます、その、怖かったのではなくて、貴方のそのアイスブルーの瞳に見惚れていただけなのです」


「そ...そうか」


 男はフードを目深に被り、少し照れた表情を隠す。

 ふふん、可愛いところもあるじゃないか。

 私は一歩踏み込み彼との距離感を詰めると、ポケットに入ってたハンカチを彼の前に差し出す。


「え?」


 やはり彼は気がついてないようだ。

 私は人差し指を自らの唇に当て、指先を端に逸らす


「ついてますよ?」


「っ! すまない、私とした事が見苦しいところを見せた」


 男は慌ててハンカチで口元を拭う。

 食事の最中だったにも関わらず、危険を察して慌てて助けにきてくれたのだと思うと優しくもなる。

 自分で対処しようと思ってただけに、まさか誰かが助けに来るとも思わず、申し訳ない事をしたかな。


「ふふ、さっきから謝ってばかりですよ? 寧ろ感謝すべきは貴方に助けられた私の方です」


 男は咳払いをすると、佇まいを正す。


「感謝など...私はただ自らの仕事をしただけにしか過ぎません」


「仕事?」


 思わず私が聞き返すと、男は頭にかぶっていたフードを外すとその特徴的な耳が露わになった。


「私の名前はディミトリー、貴女と同じ豹人、黒豹族だ、ここストレルカで騎士をしている」


 私は心の動揺を悟られるぬ様に必死に取り繕う。

 黒豹族のディミトリー、この国じゃ誰もが知ってる有名人だ。

 あぁ、勿論、知ってますとも、北星騎士団の副団長殿。


「はじめまして騎士様、私の名前はリリアーナ、ここには行商で来ています」


 ディミトリーの白い肌に、彼の黒髪と同系色の耳や尻尾はよく生える。

 気高しさを纏う美しい容姿は、貴婦人方にも人気だと聞いたが、先ほど迄の慌てる彼を見たらどう思うのだろうか。

 その姿を思い出すと敵同士という事も忘れ緊張感がやわらぐ。

 油断した私は、思わず笑みを零してしまった。


「ふふっ」


「良かった、リリアーナさんは笑ってる方がいい」


 くっ、これだからイケメンは!

 ディミトリーの年齢は20代前半だったか、私とは一回りも離れている。

 まったく、若者がおばさんをからかうでない、ちょっとキュンとしただろうが、心臓に悪い!


「あら? お上手ね、でもそういう言葉はもっと若い娘に言った方がいいと思うわ」


 なんとか踏みとどまった私は、平静を装う。


「そんな事はない、リリアーナさんは十分綺麗だ」


 くそっ、これが若者の力か!

 ストレートな言葉と、真っ直ぐとこちらを見つめる視線に耐えられなくなった私は、恥ずかしさから視線を逸らしてしまう。

 それに、気がついた時は既に手遅れである、視線を逸らした私は彼に負けたのである。


「あ、いやこれはその、別にリリアーナさんを口説いてるわけではなくてですね...」


 私の照れた表情を見たディミトリーも、漸く自分の吐き出した言葉の恥ずかしさに理解が追いつき、お互いに視線を逸らす。

 よしっ! これで引き分けだ! 私は決して負けたわけではないのだ!!


「わかってますよ、それで、ええと、この人どうしましょうか?」


 私は地面に転がる酔っ払いに視線を落とす。


「あぁ、こいつなら私が今からこの街の警備の詰所に連れて行きますので大丈夫ですよ」


 ディミトリーは男の肩を担ぐと大通りに向かって歩き出した。


「宿のある方までお伴しますよ、さぁ、行きましょう」


 私はディミトリーに宿の手前まで送ってもらい部屋へと戻る。

 その後、帰ってきたルディ達と4人で食事をとり1日を終えた。

 みんな疲れていたのか直ぐに眠りについたが、眠れなかった私は、1人酒を飲みディミトリーの事を考える。


「まさか、こんな所で出会うとはな...いや、それは向こうも同じか」


 性質の悪い事に、正体を知っているのは私の方だけだがな。

 あの男を楽に倒すなら、今のこの状況を利用した方がチャンスを作る事ができるだろう。

 わかっている、そこで迷っている時点で私の負けなのである。


「やはり、私に奇襲は似合わぬか」


 私はディミトリーと正面から戦う事を決め、1人ベッドへと潜り込んだ。

ブクマ、評価ありがとうございます。

お礼の前倒し投稿になります。

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