プロローグ 子持ちの皇女殿下
連載再開します。
土壁にもたれかかった私は白い息を吐く。
「まったく...これでは当面、先に進めそうにありませんね」
洞窟の外は極寒、吹雪の轟音が洞窟の中にまで響く。
私ことノエルは、君主に命により別行動でストレルカを目指している。
「ところで、先程から静かですが、ウォルター生きてますか? 寒さで死んでいませんか?」
私は首をコテンと傾け、焚き火の前で腰掛ける同僚の顔を覗き込む。
今回の任務では、私とウォルターは君主とは別行動をとっている。
吸血鬼の血が混じっている私は、その恩恵により寒さに強いですが、ウォルターはただの人間、気をつけなければなりません。
「...ん?、あぁ、大丈夫だ、問題ない」
生返事を返したウォルターは再び何かを考え込む。
この男、さっきからずっとこの調子なのだ。
ウォルターは私と違って頭が良いので頼りにしていたのですが、これでは使い物になりません。
何とか目的地にたどり着くまでに、元に戻ればよいのですが。
「君主...」
私は君主より頂いたシリンダーの一つ覗き込む。
中に見える芳醇な君主の血に、思わずうっとりしてしまう。
劣化を防ぐために完全密閉しているため匂いは感じないものの、その血が放つ魔力はシリンダーを隔てていても、私の本能と理性を刺激するのです。
「...おっといけません」
シリンダー越しに赤く光る私の瞳を見て冷静に戻る。
今回は一定期間の間、君主と別行動のために、数本のシリンダーに血を分け与え頂いているのです。
こんなところで無駄打ちしてしまえば、後で苦しむのは自分、自制しないといけませんね。
「まったく、やる事がないとダメですね、余計な事を考えてしまいます」
同僚のウォルターは、まだ難しい顔をしている。
外をちらりと覗くと、先ほどよりも吹雪の勢いが増しているような気さえします。
「はぁ...」
大きなため息を吐いた私は、諦めてぼーっとする事にします。
あぁ、吹雪、早く止まないかなぁ。
◇
怯える獣人族の少女は、兄である少年の背中に隠れて此方を警戒するようにうかがう。
一方、少年の方は鉄格子の前に立つ私に対して、精一杯毅然とした態度を見せる。
なかなかに可愛いやつだ、目は睨みを効かせているが、足腰は震えておるし、耳がペタンと折れていては格好もつかぬ。
2人とも年の頃はアルと同じくらいか、うむ、これで良いか。
「貴様ら、名前は何という?」
「俺の名前はレオン・ウィンターデスペリアで、隣の妹はルーシー・オーメンラストです」
白髪の髪に白く透き通る肌、血の色に染まった赤い瞳。
銀髪赤目の私が探していた条件にも近い。
「よしっ! この兄妹に決めた」
私は手に持っていた扇をパチンと閉じる。
「実はこの兄妹、白豹族といって獣人族の中でも珍しい品種でして、既にいくつかのところからーー
腹の出た店主の言葉を遮るように、ドサッという効果音とともに白金貨の詰まった袋が目の前に落とされる。
テーブルに落ちた衝撃で袋の口が緩み、その隙間から漏れ出た白金貨の輝きが店主の顔を照らす。
「まいどぉっ!」
即決した店主の顎を、折りたたんだ扇でクイッと持ち上げる。
「え? あ?」
理解が追い付かぬ店主に対して私は微笑みかける。
「わかっておるとは思うが...もし情報が漏れ出たら、ここから下が無くなると思えよ」
まぁ、これくらい脅...釘をさしておけばよいだろう。
店主も首が千切れるほど縦に振っておるしな。
「では、行くぞ」
奴隷商館で諸々の手続きを終えた私は、お供の2人を連れて、先ほど買い上げた兄妹と共に馬車に乗る。
カーテンを締め切った馬車の中で、私は顔の上半分を隠していた仮面とウィッグを脱ぎ捨てた。
「ふぅ、上手くいったな」
目の前の従者たちも、仮面と頭にかぶっていたウィッグを外す。
「一体どういう事なのか、そろそろご説明していただけませんか?」
対面に座ったヘイスは、眼鏡の奥から剣呑な目つきで此方を睨む。
まったく、これだから童貞は...せっかちはモテぬぞ。
「デッドエンドディーヴァ、俺も理由を聞きたいな、まさか愛玩のために買ったのか?」
ヘイスの隣に座ったルディは、乱れた髪を整える。
私が獣人族の奴隷を買ったのが面白くないのだろうな。
先程から隣のヘイスに尻尾をぶつけているのが見える。
「なに、此奴らには今日から私の子供になってもらおうと思ってな」
「「はぁっ!?」」
2人は揃って素っ頓狂な声を上げる。
お主らも随分と仲が良くなってきたようだな。
「ちょっと待ってください、どうしてそうなるのか意味がわかりません」
メガネを持ち上げるヘイスの頬からは汗が滲む。
「なに、簡単なことよ、ストレルカにいくのに身分を偽証しようと思ってな」
北のストレルカには大きな関所があり、ここを超えるには幾つかの方法がある。
1番簡単な侵入方法はオーランにひっついて行くことだろう。
次に考えらえるのが、皇帝であるアルの勅使として、外交の正式な手順を踏んで訪問する事だ。
葬儀参加へのお礼と、新皇帝の代理として挨拶をするために各国を回っているという理由であれば問題ない。
しかし、これらの場合を選択すると、侵入は容易だがずっと監視されるのは見に見えている。
既に向かっているノエルやウォルターのように非合法で入国する手段もあるが、其方はアルの奴が許可を出さなかったからな。
「結論から言うと、私はただの行商人としてストレルカに入国しようと思っておる」
物資の足りぬストレルカは、行商人であれば入国審査が通りやすい。
それに、商人としての認可証、身分証明書、皇国側の出国許可証を手に入れるのも私の立場であれば容易である。
「まさか...」
そう、そのまさかなのだよヘイスよ。
「というわけで、ルディよ! 今日から我らは夫婦だ、しばしの間よろしく頼むぞ旦那様」
女1人の行商人で余計なトラブルを抱え込みたくはないし、家族の方が違和感がなく都合がいい。
獣人族は魔力が強い方を子供が引き継ぐために、ルディよりも私に近い者を探す必要があった。
さらに言えば、獣人族は寒さに強いので、足がかりとして新人がストレルカで商いする事は珍しくない。
「わかった、しかし、耳と尻尾はどうする? 付け物だとバレるかもしれんぞ」
そのことであれば、問題ではない。
「神器ファントムアグネーゼ」
私が手に持っていた扇をパチンと弾くと、目の前にいたヘイスやルディ、隣にいた兄妹たちが驚く。
「...お姉ちゃん、お姉ちゃんも獣人族なの?」
ルーシーは目を輝かせる。
そう思って当然だろう、今の私にはルディやこの兄妹と同じ耳としっぽがついておるのだから。
「って、それ神器だったんですか!?」
ああ、そういえば言っていなかったな。
神器ファントムアグネーゼの特性は幻覚だ。
その一つとして持ち主の姿を変えることができるのだが、元の状態との差異や効果時間により使用する魔力の量も変わってくる。
作戦実行中はしばらくは変身状態が続くことを考えると、この程度と少し顔を獣人よりに寄せるのが限界だろう。
「それに、アグネーゼって言うともしかして...」
神器に人格が備わっている理由は至って明白、この者達は元々は私たちと同じ人間だった。
どうして人間が神器になったのか? 何故、神器に選ばれたのか?
これらの理由は教えてはくれなかったが、王族だったり英雄として名を馳せた者が多いようだ。
『そのもしかしてじゃ、妾の本来の名前はアグネーゼ・リバティー=ブロッサム・ファントムハルシネイション、皇国の歴代太后の1人じゃ!』
アグネーゼは変身魔法が得意であったため、よく城から抜け出して義賊の真似事をしていたそうだ。
しかし、その尊大な態度と言葉遣いでバレる人にはバレていたみたいで、彼女の行動は死後、絵本になったり舞台になったりとしたため、アグネーゼの名前はこの国の民であれば有名である。
「お...扇が喋った...」
レオンが驚くのも無理はない、神器とはそういう物だ。
「さて、話を戻そう、私とルディ、レオン、ルーシーの4人は準備を整え次第、ストレルカへと向かう」
ストレルカを攻略するために重要になってくるのは、強靭な北星騎士団をどうやって抑えるかだろう。
そのためにある程度は敵の戦力を分散させておきたい。
ウォルターとノエルは、北部に駐屯している勢力に合流して先に仕掛ける予定だ。
反抗を沈静化させるためにも、王都は戦力差を考慮して騎士団を即座に派遣させるだろう。
私たちは行商を装って南方の別働隊と合流、北部で開戦したのを見計らって、王都に進軍する予定だ。
「ヘイス、貴様は勅使としてオーラン王子と共に正規ルートでストレルカに向え」
オーランは手薄になった王都で仕掛けるそうだが、ヘイスを参加させるかどうかは状況次第だろう。
クーデターが失敗しそうな時は、ヘイスにはオーランの首を取って王に献上させるつもりだ。
素直に首を取られるかどうかは別として、私の意図をオーランも分かっている。
クーデターに協力するのだから、これくらいの保険はあっていい。
「精鋭の北星騎士団には神器持ちが何人かいる、ウォルターやノエルにも言ったがお前達は極力手を出すな」
その中でも年老いた騎士団長マキシムと、若くして副団長に上り詰めたディミトリーは要注意だろう。
「お...俺たちも戦うんですか?」
レオンとルーシーが不安そうな表情でこちらを見つめる。
「お前達は途中の街に残していくつもりだ、もしクーデターが失敗した場合は、誰かがお前達を回収して皇国に連れ帰るつもりだから安心していい」
私はレオンとルーシーの頭を撫でる。
直接には関係しないとはいえ、多少なりとも子供をクーデターに巻き込むのはどうかと思うが、そこで気がひける奴は後々手痛いしっぺ返しをくらうだけだ。
転生者である私からすれば、子供や人種の違いによる我が国の奴隷制度に対しても思うところはあるが、安易に首を突っ込んで自らの正義を振りかざしたところで、本質的に彼らを救うことは難しいだろう。
彼らを本気で救おうとすれば、やはり下準備が重要ではあるし、綺麗事だけでは解決しない。
そもそも私のいた世界とは常識が違うのだから、私の考え方が正論とは限らないと思っている。
だからこそ私は、アルを導いていかなければならない、それが両親との最後の約束でもあるのだから。
「...色々とやらねばいけぬ事が多いな」
私は神器によって作られた仮初めの尻尾に視線を落とした。
ブクマ、評価、有難うございました。




