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「詩織、体育とか気を付けろよ?足とかも速くなってるんだからな」
「うん、手加減しないとだね」
「いきなりオリンピックレベルだからな」
「突然変わったら探られちゃうね」
「捕まって解剖とかやだからな」
「うん」
俺と詩織はジャージに着替えて外を走ったり跳んだりして身体能力を確認した。
握力だけでなく、体全体が強化されていた。
走れば百メートル十秒切ってたし、垂直跳びをすれば一メートル半は跳んでた。
ええ、一流アスリートですよ。
一応、人の範疇からは外れていなかった。
ちょっと安心、少し残念。
いや進学以外で進路が広がったかも!
スポーツ選手という道が開けた!!
やり過ぎなければいけるはず!!
徐々に力を発揮していこうと思います!!
詩織も手加減していこうと言っている。
もっとも詩織は元々ハイスペック、あまり変わりはないかも……俺と違って……。
不貞寝していいかな?
「あれ、おにーちゃんと、しおちゃんどうしたのー?」
マンションへ戻っている俺達の背後から声。
声の主は俺の弟である英二。
ランドセルが似合う男だ。
ええ、うちの弟は可愛いのですよ。
てててーっと俺達に駆け寄ってきた。
詩織、頬が緩んでるぞ?
自分より下の兄妹がいないから詩織は英二を可愛がっているのだ。
ま、負けない!
「えーちゃん、お帰りー!」
「英二、お帰り。ちょっと二人で運動してた」
「そうなんだー。二人で運動かぁ、ボクも早く帰って来れば良かったなぁ」
「今度一緒に運動しようね!」
「うん!しおちゃん!」
「えへへー」
詩織と俺が英二にお帰りの挨拶。
二人で運動してたと聞いて残念そうになる英二。
こういう所も可愛い。
男だけどね。
そんな英二を見て喜ぶ詩織。
英二にしおちゃんと呼ばれて更に嬉しそうになっている。
にぱっと笑顔。
英二には勝てる気がしない。
何でも許してしまいそうだ。
恐ろしい子っ!!
「あ、いけね、夕飯の買い物してなかった!」
「えーっ!ご飯なしなの。うぅー」
「待て待て!お米はあるし、だし入り味噌もある。卵にハム、キャベツがあるからハムエッグとキャベツ炒めな!」
「良かったぁ」
「うちで食べてもいいのよ?朝ごはんみたいじゃない、その献立」
「英二に手伝ってもらうからいいよ。献立はあるものを食べる、それが正しいのだ」
「がんばるっ!」
「いいなぁ……」
俺はそこで思い出した。
夕飯の買い物をしていない事を。
魔法陣騒ぎと、その後の検証ですっかり忘れていたのだ。
母親は夜勤でいない。
俺達で作って食べるしかないのにだ。
まぁ、材料がない訳ではない。
ある物を食べよう。
英二も夕飯を食べられると聞いて安心している。
詩織が自分の家で食べてもいいと言ってくれたが遠慮する。
むしろ英二のお手伝いの威力を思い知れ!!
ガッツポーズの英二。
むふんっといった気合。
それを見て羨ましそうにする詩織。
詩織には兄と姉がいて末子だ。
だから年下の兄弟に憧れが強い。
とても……そう、とても英二を可愛がっているのだ。
そして家は近い。
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英二と一緒に作った夕飯は美味かった。
素材の味が生きていた。
うん、ちょっとだけ薄味だったかな。
また頑張ろう。
夕飯の後に詩織が来た。
俺は先に風呂に入れと英二に言う。
素直な英二は風呂へ向かった。
俺は詩織と二人になる必要があったのだ。
俺はベッドの上で横たわる。
「初めてだから怖いね……」
「仕方ねーよ」
「カズちゃんから先に……」
「俺はいいんだよ」
「カズちゃん……」
「詩織……」
詩織が少し震えている。
俺は詩織の目を見つめた。
少しでも落ち着いてくれと願って……。
「『スリープ』!」
「すやぁ」
ええ、俺は意識を手放しました。
ツンツン、ドゴッ!
「いてぇ!!」
「あ、起きた」
「あの、腹が凄く痛いんですけど……」
「不思議だね!」
「不思議じゃねーよ!!殴っただろ!かなりの力で!!」
「手加減じゃない方も確認しないとね!!」
「ひでぇ……」
俺は腹に痛みを感じて跳ね起きた。
腹をさする俺。
ズキズキしてます。
詩織がやったのは明白。
特殊能力に続いて身体能力まで試しやがった!
俺の体で!
ちょっと酷いと思いましたー(小並感)
「範囲を変えられるみたいだから、ちょっと離れてみるね」
「お、おう」
「大丈夫大丈夫。痛くないからねー」
「寝たってのは確かなんだろうけど、起こすのは殴らないとダメだったのか?」
「うん。つついたり、つねったくらいじゃダメだったの」
「くっ……仕方ないか」
「そうそう、仕方ないよぅ」
「笑ってんじゃんか!」
「そんな事ないよぅ。ぷぷっ」
詩織の特殊能力実験。
『スリープ』は詩織を中心として円を描く範囲に効果が出るらしい。
さっきは一メートルで試した。
今度は三メートル離れた。
その前に抗議しておく。
殴らないと起こせないのかと。
強い衝撃を与えないと起きなかったらしい。
このパターンだと刃物を刺すとか、強く殴るとかじゃないと無理っぽい。
実験のためとはいえ、遠慮したい。
切に願う。
眠る。
殴られ起きる。
更に詩織が俺の部屋から出て試した。
お腹痛い。
「発動前の範囲指定みたいなのだと、百メートルはいけそう!」
「マジか……なんかすげーな」
「なんだか面白くなってきたー!」
「殴る方じゃねーだろうな……」
「うふふ」
「否定しろよ!!」
「うふふ」
「この人こわい……」
詩織の『スリープ』は広範囲に影響を及ぼせそう。
使い道が判らないが、すげー。
そして怖い。
笑いながら喜んでいる詩織。
うん、やっぱこええ。
俺も人の事は言えないが詩織のテンションマックス。
「でもあれだな」
「なに?」
「迂闊に使えないだろ、それ」
「なんで?面白いよ?」
「面白い面白くないじゃない。例えば車を運転している人が寝たら大事故になるだろ」
「あっ!」
「ちっとは考えろよ……」
「うん……これ怖いね」
「ああ」
異世界?魔法陣?で得た特殊能力は面白いだけではなかった。
使い方次第で大惨事になる可能性がある。
俺のはともかく詩織の『スリープ』はとても恐ろしい力かも知れない。
それに気づいた俺、詩織、二人とも顔を曇らせた。
浮かれすぎていた。
もっとも絶対に使わなくてはいけない力ではない。
なかったものとする事だって出来る。
でも、確認は大事だよね?
英二が風呂から上がってくるまで、話し込む俺と詩織であった。