第10章4話最終話
カツ カツ カツ
国家公務員の移動用によく使用されている革製のコンバットブーツの反響音が薄暗く湿った刑務所を響かせている。
柔軟性のある革靴を履いたルーズルートと、対暴動用のコンバットブーツをはいていた所長の二人は、無言で東側にある面会棟から職員看守棟へ入る。
職員看守棟は放射状に広がる建物の中心部にあり、ここからどの棟にもすぐに向かうことが出来るように円形の形をしている。
本来ならば関係者以外が各棟に行くためには色々検査を施し身分証明書を提示した上で、鉄柵の鍵を開けてもらいそこでようやく中に入ることが出来る。
だが今日はいつもと違った。
第2棟はいつもならば囚人たちの楽しそう? な話し声が聞こえ、この時間帯なら房も解放されているので通路で将棋を指したり、トランプをしたり歴史シミレーションゲームで遊んだりとしているのだが、今日だけ、その囚人たちの姿はなかった。
所長が棟内に入ってくると、看守たちは一斉に起立し、直立不動のまま軍隊式敬礼を行う。
そんな看守たちをよそに、所長は見張り部屋と呼ばれる部屋の前で立ち止まり、
「こちらは、連邦捜査庁特別捜査局のルーズルート局長だ。今から彼と死体安置所へ向かいたいのだが、担当の者は誰かね?」
すると見張り部屋の奥で事務作業をしていた看守が手を上げる。
「今日の第2棟は私が担当です。」
「そうか、では少しばかり遺体を運び出したいので手伝ってくれないかね? どうだろうか?」
「はっ、わかりました」
担当の看守は敬礼を行い、見張り部屋から出てきた。
そしてそのまま、ルーズルートたちは鍵が開いている第2棟の鉄柵を潜り抜け、奥のほうに見える螺旋階段へ歩き出す。
「そういえば、彼が亡くなった日、彼に何か異常はなかったでしょうか? 例えば食欲がなかったとか、体調が悪そうだったとかありませんでしたか?」
ルーズルートは、所長と担当の者に問いかける。
「すいませんね、私はちょっと知りませんね……」
「そうですか……。では、貴方は?」
「私ですか? ……事件発生の日は別のものが担当していたのですが、事件の発生の2日前は私の担当でしたが…………あ! そういえば、2日ほど前から悪夢を毎日のように見ると嘆いていましたね。」
「悪夢ですか? 内容とか聞きませんでしたか?」
悪夢が彼の殺された理由とは到底思えないのだが、手掛かりは出来るだけほしい。
「内容ですか……。そうですね、確か見回りをしていた時、『黒い何かが近寄ってくる……』『あ、貴方は……や、やめろ! 殺さないでくれぇ!』と言っていたような気がします」
この看守、意外と被害者となってしまった男の物まねが上手だった。
ルーズルートは、その黒い何かが何か知りませんか? と担当者に問おうとする。だが、ルーズルートでも所長でも担当者の男でもない男の声が不意に聞こえてくる。
「……おい、あんたが上で捜査している奴らの局長か?」
ルーズルートは周囲を見渡す。
だが、対核素材の一種で作られているこの刑務所の一階には天井から差し込む日光と、室内の明かりを補う照明、そして別の場所か房内に入れられて待機状態の囚人たちが入っている房の扉以外何もなかった。
もちろん所長たちも、ルーズルート同様あたりを見渡すのだが、やはり廊下には誰もいない。
となると、声の持ち主がいる場所はこの第2棟の……しかもルーズルートが今いる場所の近くの房にいる囚人の誰かなのだろう。
しかし、謎の声はしゃべり続ける。
「ここだ、独房番号210号室……」
ルーズルートは重厚な鉄扉に書かれている部屋番号から210号室を探し出し……見つけ出した。
しかし、所長からは囚人たちとは会話をするな、そういわれている。
どうやら男の下の階なので何か知りませんか? そう聞いてみるか迷っていたが、男がまたしても口を開き、こう告げた。
「そうだな……本職を言うべきか? 連邦捜査庁特殊諜報捜査局局長さん」
「!?」
その瞬間ルーズルートは絶句した。
理由は簡単、特殊諜報捜査局の存在を知っているからだ。国防軍治安維持庁情報部に所属する内藤家の兄すらも把握できていない組織を、なぜ一囚人が知っているのか?
動揺のあまり、ルーズルートはフラフラと210番号室へと歩み寄ろうとする。
所長は慌てて止めようとするが、それを制止し、房の前まで歩いた。
210号室はほかの房と違い、外から中の様子をうかがうことが出来なかった。
「ふ、ようやっと来たか。局長さん、俺はあんたに警告をしてやる。」
「警……告?」
「そうだ」
男は続ける。
「俺の囚人番号は0007……もうじき処刑される身だ。その前に警告してやる。」
「……他の人間ではだめなのですか?」
「ああ、看守たちは信用ならねぇ、遺言書に書いても握りつぶされるだけだ。なら、あんたに直接伝えようと思ってな……。いいか、俺の罪状は表向きでは国家反逆罪だ。だがな、俺は何もやっちゃいない、事件当日は家族と一緒に会談していたんだ! だが、警察は家族ぐるみの犯行とした! 家族は今、刑務所の中にいるんだ!」
「なんの、事件です?」
「……国家評議会議員連続殺人事件……」
「あぁ、あの事件の……」
この事件は、今から19年ほど前、当時の政権与党政党であったリベラル政党、自由国家民和党と野党であった強硬派政党、君主共和党の党員合わせて13名が、相次いで殺されたス連邦建国史上初の連続殺人事件だ。
死亡時刻は共に午前1時から午前2時の間。死因は、毒殺から急性超剤中毒、絞殺、刺殺、銃殺、撲殺など多岐に及んだが、共通して犯行現場に犯行声明が残されていたことから、警察は同一犯による犯行とみて捜査、一人の男を筆跡が一致と前歴者との指紋が一致したことを理由に逮捕した。
それがこの男なのだろうが、この事件、被害者側の要望で事件自体の報道が一切されなかったため、逮捕の事実も被害者遺族しか知らない。
「そうだ、だがな、俺は超剤なんぞ手に入れたこともない。後な、俺はこう見えて刑事ドラマとかをよく見ていたんでどうしても納得のいかないことがあるんだよ」
「それは……何ですか?」
「死因として、毒殺が2件、急性超剤中毒が1件、刺殺が2件、絞殺が2件、銃殺が3件、撲殺が3件なのだがな……俺は昔殺人未遂事件を起こして懲役刑を食らったことがあるんだよ。そん時の殺害方法は刺殺だった。考えてみろ、俺の犯行だとして、銃殺とか面倒くさい方法で何故殺さねばならない?」
「確かに……そう言われてみればそうですが……」
そう、たった一人の犯行ならば、こんなにたくさん武器を用意しても意味はない。
どこかで足が付く恐れもあるし、犯人側が犯行声明を書く必要もない。
「俺はな、そのことを必死に訴えた。刑事たちに必死に訴えた。だがな、彼らは一切話を聞かず、それどころか自白を強要しようとしてきた。何故彼らはまともに取り合わなかったと思う?」
「さ、さぁ? 何か不都合なことがあったとしか思えませんが……」
「そうだよ! その通りなのだよ! 俺は取調室で部屋から発見された身に覚えのない拳銃と、触った記憶の無い拳銃からの検出された俺の指紋を見せられた時、その拳銃があるところでも使用されていたことに気が付いたんだよ!」
「ある、ところですか?」
「警察官が着用する拳銃だよ!」
「なんですって?!」
「奴らの、自分たちの拳銃である50口径C式拳銃が凶器だったんだよ!」
50口径C拳銃……。
これは少々特殊な拳銃である。
製作元はCC社の銃器部門が試作的に作った拳銃で、日本の警察が使用するようなリボルバーではなく、自動拳銃型である。
そして、この拳銃の一番の特徴は、一般人が手に入れることが不可能だという事。
試作拳銃なので、現在は警察庁、公安警察庁の2庁しか保管しておらず、残りは闇業界、裏社会から手に入れることしかできない。
その事実を知っていたルーズルートは絶句する。
「な、何故彼らの拳銃が……?」
「理由は明白だ、彼らが議員たちを殺したんだよ!」
「なら、指紋はどうなんですか?」
「そんなもの、コピー機でも簡単に複写なんて出来るんだよ!」
「ど、動機は何ですか?」
「簡単だ、警察組織というものは上からの命令は絶対だ。だが、警察庁の上層部は議員を殺すなんて真似はしない。総督省もだ!
なら、いったい誰が指示をしたと思うか?」
熱く語る男は、次の瞬間ルーズルートが倒れそうな事実を告げようとしたときだった。
今まで黙ってみていた所長が、担当者に対しこう告げる。
「おい、看守を読んで来い! 囚人が暴れている……そう伝えてこい!」
「はっ」
確かに暴れているかは定かではないが、鉄扉をガンガン叩き、足踏みをしている音が聞こえる。
……それ、暴れているじゃねぇか!
数分もしないうちに、数人の看守たちが所長のもとにやってきた。
「210号室ないで暴動発生、鎮圧せよ!」
「了解しました。」
看守たちは、駆け足で210号室へ歩み寄り、扉の鍵を開け中へと入っていく。
残念なことにルーズルートは、状況の整理が追いついておらず、茫然とたたずんでいたため、中の様子は確認できなかったが、看守たち数人で男を抑えているのだろう。
「やめろ! その手で触るでない!」
「黙れぇ!」
看守たちと男が取っ組み合いをしているのだろうか?
「おい! 局長! これだけは言わせてくれ! この国には闇がある! 気を付けろっ!」
ビリリリリと室内から響き、何かが倒れるような音がした。
と、右手にスタンガンを持った看守が、鎮圧完了しました。そう一言述べ、室内から立ち去っていった。
「さ、局長。行きましょうか。」
所長が歩み寄ってきて、ルーズルートを出来るだけ早く現場から立ち去らせようと、促す。
ルーズルートは流されるようにその場から立ち去っていった。
その後、遺体の確認中に皇宮省から連絡が入り、フェルトさんの事故を知った。
ルーズルートは、国民連邦保険機構に電話して、来ていないか尋ねたが、どこにもおらず、最後の望みをかけて電話をした。
その後の展開は9章最終話の電話の内容と同じである。




