高畑政幸のお仕事
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設その他は全て架空の存在です。
実在する全てと関係ありません。
「ふぅ、志麻、茶ぁくれ」
「お勤めご苦労様。はい、お茶」
政こと億田金融秘書長・高畑政幸はその数日間に抱えた仕事終えて一息付いた。社長のお願いで友人宅の警備計画を練ったり、悪さをする輩を退治するのででこの数日は大忙しだったからだ。
「美味い」
妻の淹れた茶は政幸の疲れた体に染み渡った。
今日は朝から久しぶりに大暴れをした。若い頃は武闘派でならしたとはいえ、もう還暦直前だ。年金暮らしまであと少しと思うから頑張れるとは言え、このところの忙しさと相まった疲労のせいだろうか、妙に節々が痛む。
「あんた、転んだんか?」
新郎新婦を襲おうと待ち伏せしていた輩をご近所の奥様方と一緒に駆除したり、結婚式を台無しにしようと木刀を持って乱入しようとしていた不届き者を成敗したりと数年ぶりのフル回転だったのだ。老いて弱った体には少々忙しすぎる一日だった。
「良い式やったぞ、明日の晩からはお前と大島宅の留守番や。頼むで」
「『頼むで』の前に消毒しいや」
明日は午後に社長の友人を関西国際空港まで送って、その友人宅で留守番兼警備に入る。基本的に民家だが、何やら貴重な品物があるので新婚旅行へ行っている間に悪さをしに来る輩が居たら追い払ってくれとの命令だった。
「消毒はしたぞ」
「そう、じゃあお風呂を沸かしとくで」
明日は朝からゴミ捨てに行かなければならない。ゴミと言っても燃やしたりリサイクルするゴミではない。人の幸せな門出を台無しにしようとしていた『人間のゴミ』だ。
(俺が『ゴミ』なんて言うのも何やけどな)
『三つ子の魂は百まで』と言われているが、人の性根は一生変わる事が無い。それが正しいかどうかは政にはわからないが、『若いのだからこの先更生出来る』等と言うのは違うと思っている。若い時に性根が腐っている物は性根が腐ったまま成長する。少なくとも政はそう思っている。
「明日はゴミ捨てや」
「手伝おうか」
「お前は社長のお家での仕事を片付けなさい」
「無理すなやぁ、若こう無いんやでぇ」
妻の志麻とは裏稼業をやっていた頃に知り合った。『ゴミ捨て』が何かも良く分かっている。手伝おうという気持ちはありがたいが、体を壊した自分に付いてこんな片田舎に来てくれた妻をこれ以上裏の仕事に付き合わせたくない。
「それより、社長のご友人が『留守番の間は別荘と思ってくつろいでください』って言うてはる。お風呂も大きいみたいやし、久しぶりにゆっくりさせて貰おうか」
政と志麻は事情があって温泉やサウナを楽しむことが出来ない。
「そこのお家のお風呂は、そんなに大きいんか?」
「手足を伸ばせるくらいに広いらしいぞ」
ありがたい事に社長は留守番を業務扱いとしてくれた。給料とは別にボーナスが出る。しかも一緒に住み込んで家の管理をする妻にも小遣いが出る。
「家主さんも『別荘と思ってくつろいでください』やと」
「同じ町内で別荘て……でもお風呂は楽しみやわぁ」
幸いな事に大島宅は買い物をするのに便利なところだ。近所に美味しい和菓子の店もある。パフェの美味しい喫茶店もある。昼間は店番が来るらしいから、夜だけ家に居れば大丈夫と言われている。
(たまには外食に出掛けるのも良いな)
気分転換で二人で散歩するのも良いと思いつつ、政幸は汗と返り血を洗い流し、湯船に浸かった。
◆ ◆ ◆
「む~!む~!」
(どうしてこんな事になったんだろう)
大島夫妻の結婚式を妨害しようとしていた落合百億と数名は市内某所にある冷凍・冷蔵倉庫に猿轡をされて転がされていた。
(磯部リツコが家から出るところを襲おうとしたら、後ろから殴られて……うう……動けねぇ)
周りを見ると結婚式場に潜んでいたはずの田谷・落合・大村も頭から血を流し顔を腫らして転がっている。百億は気が付かなかったが、全員両手両足の骨は粉々に砕かれ、あばら骨も数本が折れ、ご丁寧な事に両手両足全部の指が突き指になっている。
(剣道は無敵な筈なのに……竹刀と木刀があれば虫けらを殺すくらいできるはずなのに)
襲撃の為に持っていた自慢の竹刀と木刀は見るも無残に切り刻まれて傍に転がっている。胴はバキバキに割られているし、面に至っては金属の塊と化して転がっていた。
「む~!ぐむ~!」
足元に転がっている3人も鼻血を流したのだろう。顔は血だらけだ。両手両足は変な方向へ曲がっており、体は肌の見える部位は全て痣だらけ。やはり猿轡をされているので、何か言っているらしいがよく分からない。
(何が起こったのよっ!)
大島宅の玄関でリツコを襲うつもりで構えていた百億は奥様連中と政幸の手で捉えられていた。式場で大島たちを襲おうとした3人は、警戒していた政幸とその部下に半殺しにされたうえで袋に入れられて、この倉庫へ放り込まれていた。冷凍冷蔵倉庫なので、分厚い断熱材とコンプレッサーの音にかき消されて叫んだところで外に声が聞こえる事は無い。
『結婚式を台無しにしようとしただけなのに許せん!俺様は栄光の街今都の住民
!しかも大切な今都地域の天使様なのにっ!お金持ちなのに!何だこれっ!』
……みたいな事を言う4人だったが、猿轡のせいで『む~っ!』としか聞こえない。もっとも顎の骨も砕かれているので猿轡を外されたところで喋る事もままならないのだが。
気を失ってからどれほど時間が経ったのだろう。気絶していた全員が目を覚ましたその時、4人をボコボコにした男が倉庫のドアを開けた。
◆ ◆ ◆
「む~!む~っ!」
「|むうぅぅぅヴぇぼっふん!」《僕タンは今都のお子様なのにぃ》
「|ぐヴぉあんぶるへっふぉん《俺様は今都やぞ》!」
「|むううう!もまヴぉえまももぃぅ《うう~お前等!今都の恐ろしさを…》!」
4人ともそれぞれ文句を言っているが、猿轡のせいで声にならない。そんな騒ぐ連中を男は殴る蹴るをして黙らせた。男は無言で4人をコンテナに放り込み、ロックをかけて部下に指示を出した。
「……………行け」
コンテナは港へ運ばれ、船に積まれて日本から密出国した。行き先を知っているのは船員と政幸だけ。その後、4人が再び生きて日本の地を踏む事は無かった。
◆ ◆ ◆
『ゴミ捨て』を終えた政幸は家に帰り、シャワーで返り血を洗い流した後、億田金融の車庫へ行き、金一郎のベンツを洗車してピカピカにワックス掛けをした。昼イチで関西国際空港まで新婚さんを送らなければいけないからだ。
「政やん、僕も付いて行って良い?」
「おう、金ちゃん、帰りにラーメンでも食べてこようか」
付いて行きたい等と言っているが、金一郎は重いスーツケースを体を壊して体力が弱った政幸に持たせるのが気の毒と気を使っているのだった。そんな金一郎の気持ちを察して政幸も甥っ子に接する様に気楽に答えた。
「ラーメン藤でチャーシュー麺でもどうやろう?」
「おう、ええな!餃子もいっとくか!」
「お金は僕が出すしな」
億田金融秘書課長・高畑政幸。彼は優秀な裏方である。見た目は姿勢の良いお爺さん。だけど億田金一郎の懐刀。裏の顔を持つ少し危険な男である。




