父は元街道レーサー(ただし自転車)
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
大島サイクルで買ったバイクで走り出した新一年生3人組。楽しい時間はあっという間に過ぎて解散となった。
「「「じゃあね~!」」」
2人と別れて自宅へ帰った瑞樹は買ったバイクを父に見せる事にした。
「ただいま~お父さん、バイク買った~」
「ん~気を付けて乗れや~」
せっかく買ったバイクを見ようとしない父に瑞樹はムカついた。娘がせっかく見せようとしているのに無関心とは何事だろう。意地でも見せようと決めた。
「見てぇな~せっかく選んだんやし~」
「しゃあ無いなぁ…お父さんはバイクは分からんぞ?」
何とか父をガレージまで連れてきてDio改を見せたが反応は薄い。
「ふ~ん、何か古ぼけたバイクやな」
「安かったんやもん。5万円やで!」
瑞樹は安くそこそこのバイクを買ったので褒めて欲しかった。
「ふ~ん…大島サイクル…大島…大島…ん?」
「お父さん、どうしたん?大島のおっちゃんが何か有るん?」
「瑞樹、エンジンをかけてみてくれるか?」
「うん、キック1発でかかるんやで、ホラッ!」
プルンッ…ブンブンブンブン…
キック1発でエンジンはかかり、辺りに2ストオイルが燃える匂いと煙が漂った。
「こ…この音は…大島…大島やな…バイク屋になってたんか?」
「?、大島のおっちゃんってお父さんの知り合い?」
「お父さんが話してたやろ?自転車で事故にあった同期の話。それが大島や」
「でも、何でバイクの音で分かるん?自転車と全然違うやん」
機械は使う者や調整する者次第で癖が出る。
「この融通が利かん堅い音。妙にしっかり調整したブレーキ、間違いない」
「そんな事で分かるん?」
父は機械に強い。仕事は竹細工の職人※だが仕事で使う機械のメンテナンスは自分でする。
その父が分かると言うのだから嘘ではないのだろう。※扇子の骨なので竹細工とは違う
「お父さんの同期で一緒に自転車で走ってたのが大島や」
「大島のおっちゃんがそうなん?」
大島と言う名字は安曇河で多くは無いけれど珍しい訳でもない。父の言う大島と自分の知る大島は別の人物ではないかと瑞樹は思った。『道路で危ない事をするな』『競走はサーキットで』と言う『大島のおっちゃん』が父と一緒に自転車で走り回って事故を起こしたなんて思い浮かばない。
「そうか、多分あいつや…短い毛でこ~んな顔やろ?」
「うん、こ~んな顔で禿げかけてる」
父の言う特徴は確かに『大島のおっちゃん』だ。
「そうか、あれから随分になるなぁ…久しぶりに会ってみたいな」
◆ ◆ ◆
夕食を終えて部屋に戻った瑞樹はベッドに寝転んで今日の出来事を思い出していた。
「大島のおっちゃんはお父さんと同級生やったんか」
瑞樹の父は第二次ベビーブーム世代。『同期が特技を持ち寄れば家一軒が経って車・バイクも揃う』と父は言う。終戦直後の復員からの第一次ベビーブームの世代の子供たち、石を投げると同期に当たる。それが父の世代だ。
「お父さんと一緒に買いに行ってたら安うで買えたんかなぁ」
第一次ベビーブーム世代は安曇河で就職して地元に残る者が多かった。だが、第二次ベビーブーム世代は県外に出たものが多い。進路の選択肢が増えた影響が有るのだろう。県外の大学へ進学した後にそのまま大学のある都会で就職した者が多い。その分、数少ない地元に残った同期の結束は固いのだ。
「お父さんは同級生と飲み会とか行くのに、長い間おっちゃんと会ってない」
結束の固い動機にも拘らず会っていない。あまり仲良しでは無かったのだろうか?
「私は私でおっちゃんのお世話になれば良いか」
父とおっちゃんは何故疎遠になったのだろう?瑞樹は疑問に思ったが深く考えない事にした。




