母は元ライダー
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等は全て実在するものと一切関係ありません。
大島サイクルで買ったバイクで走り出した新一年生3人組。楽しい時間はあっという間に過ぎて解散となった。
「「「じゃあね~!」」」
2人と別れて自宅へ帰った四葉は愛車となったトゥディを元ライダーの母に見せる事にした。
「ただいま~お母さ~ん、バイク買って来た~」
「おかえり…あら、可愛らしい」
丸いライトに黄色い車体。トゥディは女性にも扱いやすいスクーターだ。ただし、この車体は大島の遊び心と2種登録するのにボアアップキットと駆動系に手が入っている為、少々元気な走りとなっている。
「お母さんも一緒に選びたかったなぁ…あ、80㏄なんや」
「お母さんは何に乗ってたの?スクーター?」
ほんわかした母がスクーターに乗る姿を思い浮かべた四葉だったが、母の答えは意外なものだった。
「NSR80やで、元気なバイクやったんよ、エヌハチって呼んでたんやで」
「ふ~ん、お母さんも青春してたんだ」
実は四葉、NSR80がどんなバイクか分かっていない。
「懐かしいなぁ…『何人たりとも私の前は走らせ無えっ!』って…」
「え?道でそれってヤバくない?」
ニコニコとしているが物騒な事を言い出した母。ハンドルを握った途端に顔が変わった。
「チョット乗らせてね…クックックッ…この感覚…久しぶり…子宮が疼くわ…」
「お母…さ…ん?」
「興奮するわねぇ…今夜は男を抱きたい気分ねぇ…今日はスタミナメニューよ…」
「何を言ってるの?」
ハンドルを握ったとたんに表情が変わる母を見た四葉は嫌な予感がした。
キックペダルが踏み込まれ、キック1発プルンとエンジンは始動した。途端にスキール音と共に母と愛車はとんでもない勢いで走り出した。
「4ストの割にパワ-が有るじゃな~い!カモ~ン!パワ~!」
「お母さん!無茶しないで!お願いだから壊さないで!」
「ウオォォォ!何人たりともぉぉぉ!」
「わ…私のトゥディが…やめて!乱暴にしないで!」
ウイリーや膝すりを始めた母を見て四葉は自分のバイクが壊されるのではないかとハラハラした。そんな娘の気持ちを知ってか知らずか母は華麗にジャックナイフやアクセルターンを決める。少し前のホンダのCMで流れていた歌が四葉の頭の中に流れた。Do you have a Honda?.Yes I have a Honda…
「いやっほう!パワァァァァ~!」
(お母さん…私の知ってるお母さんと違う…怖い)
「Iam most motorcycle crazy …………in the world!」
鼻歌交じりで華麗な技を決める母。ちなみに鼻歌はあの番組のテーマである。
「スピードは人を狂わせる…危険だ!」
自分は母の様な走り方はせず、静かに走ろうと決意する四葉だった。
しばらく走ると満足したのだろう。母は恍惚とした表情で戻ってきた。
「うん、なかなかよくメンテナンスしてある…ちょっと興奮した」
「お母さん…お母さんだよね?…ビックリした…」
四葉は母に驚いたが、乱暴な乗り方をされても壊れなかったトゥディにも驚いた。
「お父さんには内緒ね、叱られるから」
「お父さんどころか警察にも叱られるわっ!」
◆ ◆ ◆
夕食の時、四葉は1日の出来事を父に話した。
ちなみに夕食は安曇河名物の鶏肉の味付けだ。今都の人は鶏肉を貧乏人の食べる物と馬鹿にしているが、安曇河町民にとってはソウルフードで元気の源だ。
「そうか、バイクを買うたか…血は争えんな、修羅の道…冥府魔道に…」
「はい、あなた」
ガックリと肩を落として恐ろしい事を言う父。若い頃に何が有ったのか知らないがおおよその想像はつく。自分が母の様な狂気じみたバイク乗りになるのではないかと心配しているんだろう。
「私はお母さんみたいなことはしない」
父の気持ちを察して断言した四葉だったが、半分は母の血が流れている。その半分である母はとんでもない事を口走った。
「この子ったらウイリーは出来ない、ハングオンも習ってないのよ」
「三葉…こんなにニンニクを食べたらお腹壊す…」
事も無げに言う母、久しぶりにバイクに乗ったのが楽しかったのだろう。妙に艶やかだ。その表情を見た父の顔は引き攣っていた。必死になって擦り下ろしニンニクを母に突き返している。
「四葉、ご飯の後でお父さんとお話をしよう」
「うん、私もお母さんの事で聞きたい事が在る」
「その前にしっかり食べて精を付けなきゃ…ね、久しぶりに…ね♡」
「ななななな…なんなんあ…何の事かな?」
「お父さん、何か有ったの?」
「四葉は早く寝なさい♡」
晩御飯を食べてから四葉はバイクで通学するにあたって父と約束をした。
「大事な話やから、心して聞きなさい」
「正座でするほど大事な話?」
無言でうなずく父を見た四葉は只事ではないと思った。
「誰かが言いました。その女性は2ストロークエンジンの匂いで性的興奮をする。スピードで高揚する。事故でさえも幸せを感じて恍惚の表情を浮かべると…それがお母さんや」
「それって人間なの?」
父の表情は真剣だ。冗談ではないらしい。
「いいか、母さんもバイクで通学してたんやけどな、ハンドルを握ると性格が変わる」
「うん、知ってる」
(子宮が疼くなんて言ってたもんね…あれは絶対にバイクに乗せたら駄目な人だ)
「お父さんは、お前が母さんの様にならない事を祈っている。もしも母さんと同じ様にハンドルを握ると性格が変わる様になったら全力でお前からバイクを取り上げる」
四葉は『あんなになる人は極一部じゃない?』と言いたい所を堪えて父の話を聞いた。
「お母さんはな、それはそれはバイクに乗るのが上手でな」
「うん、見た」
久しぶりと言いながら繰り出した数々のテクニックは驚くものだった。
「で、調子に乗って走り回って、単独事故を起こしてバイクを廃車にしてるんや」
「それからバイクに乗ってないんや…」
「いや、それに懲りる事が無かったからお前のお爺ちゃんがバイクを取り上げた」
「懲りんかったんや…」
普通は事故を起こしたら気を付けて乗る様になる。ところが母は懲りずにどこまで速く走れるのかを追い求め続けた。そして祖父にバイクを取り上げられてしまったのだ。
「そんな訳で、お父さんは四葉が楽しく安全にバイクに乗る事を願っている」
「わかった、安全第一で乗ります」
「ところで四葉、お前が聞きたい事は何や?」
「お母さんがバイクに乗らなくなった訳だったんだけど…そう言う事ね」
「結婚してから50㏄のスクーターを買った事が在ったんやけどな」
「ふ~ん、まぁ想像はつくけど」
「お前をベビーシートに乗っけたままで暴走したから処分した」
「それは想定外だったなぁ…」
母の様に暴走はしない。安全第一で走る。最高速度は法定速度。そう誓う四葉だった。




