1-9 エレノア 女子寮の部屋
「何よ、その変な格好は」
エレノアが部屋の重いドアを開けたとたん、不機嫌な、攻撃的な声が耳に入ってきた。
ここは女子寮の最上階。
部屋の窓辺に女性が立っているのが見える。
逆光で顔が良く見えないが、スタイルがいいことがそのシルエットからわかる。
マネキン人形のような体のラインが、くっきりと浮かび上がっている。
美しいな、とエレノアは思った。
「今日から同室のエレノアです。よろしく……」
「その変な服は何だって聞いてるのよ!」
女性が怒鳴った。
エレノアは瞬きをした。
何で怒ってるの?
「これ?これは馬に乗る時に着るものよ。かなり昔のね。私の家族は旅芸人だからこんな服ばかり持ってるの。100年戦争時代の衣装とかね。実際馬にも乗るわよ」
エレノアが何の気なしにそんな話をすると、
「旅芸人の娘がわたしと同じ部屋?事務のやつら、何考えてやがんのよ」
不機嫌な声、お嬢様にしては乱暴な言葉遣いと共に女性が近づいてきて、その顔が少しずつ、はっきりと、見え始めた。
意思的な、つりあがった眉と目。その視線の鋭いこと!まるで野生動物のようだ。エレノアは母が曲芸のために飼っていたレッドタイガーを思い出した。獲物を睨む目つきだ!
イシュハ・ヴァイオレット(イシュハの国旗の紫色)の縦縞の入ったブラウスと、黒いロングスカート。地味な服装だが、材質は見るからに高価で、どこかのブランドのものだろうとエレノアは思った。
美しい金髪は頭上でまとめられていて上品に見えるが、口元が不機嫌に歪んでいて、全体の高貴さを台無しにしている。左手の中指には大きなアメシストのはまった金色の指輪が見える。
機嫌が悪そうだな……。
エレノアは長旅(と、列車で一緒だった変な男の長話)で疲れていたので、今すぐベッドに倒れこんで寝たかったのだが、そういうわけにもいかないようだと覚悟した。
「エレノア・フィリ・ノルタよ」
エレノアは自分から手を差し出した。
金髪の女性は、その手をじっと、まるで、汚いものかどうかを判断するような見下した目で観察し、しかたないわね、というふうに自分の手を一瞬重ねて、すぐに戻した。
「フランシス・シグノー」
「綺麗な名前ね」
「古臭い、ださい名前よ」フランシスが腕を組んで、見下ろすような格好でエレノアを睨んだ「あなた、どこの出身?イシュハではなさそうね?」
「父がドゥロソ、母がアケパリよ」
「まあ!」フランシスが嘲笑うような笑みを浮かべた「どちらもイシュハと戦争をした国じゃありませんか!シグノーの娘のところにそんな子を送るなんて、ここの事務って挑発的ね?そう思わない?」
「他に空き部屋がなかっただけよ」
「フン」フランシスは鼻先で笑った「そんなお人よしな発言はやめなさい。ここはある意味、戦場よ?甘いこと言ってると騙されるわよ」
「誰に?」
「誰にって……いろんな人よ!いちいち聞くんじゃないわよ!」
フランシスはヒステリックに叫ぶと、右側のドアを開けて中に入り、バン!と勢いよく閉めた。そして、
「あんたの部屋はあっち!」
と叫んだ。
エレノアが逆側を見ると、もうひとつドアがあるのがわかった。
ああ、ようやく寝れる!
エレノアはスーツケースを抱えると、勢いよく『自分の部屋』に飛び込んだ。スーツケースを放り出し、勢いよくベッドに飛び込む。体全体が大きく跳ねた。柔らかい。
しばらくベッドの上でまどろんでいたが、ふと起き上がり、窓の外を見ると、そこには信じられないほど広く高い空と、どこまでも続く街並み。
空は暗くなり始めていて、街の明かりが無数の星のように大地を照らしている。
空と大地が逆になったようだ。
とエレノアは思った。以前ドゥロソの荒野を旅した時、空には満天の星、地面の方は荒野だから、ごつごつした岩だらけ。建物もなく、夜は真っ暗になった。
ここでは逆に大地が光で満ちていて、空には星が見えない。
本当に来ちゃったんだわ……。
エレノアは窓の外を眺めながら、自分がこの場所にいる不思議を思った。