1-10 アンゲル ヘイゼル エブニーザ 男子寮の部屋
「おーお来たか、迷える三人目よ!」
アンゲルが指定された部屋に入ると、劇のせりふのようなよく通る声が響いてきた。
見ると、そこにはソファーが二つ、テーブルが一つ、左右にドアがそれぞれ一つずつあり、そのうち一つの前に座り込んでいる男が、こちらを見てにやにやと笑っていた。季節に合わない、暑苦しい赤いジャケットを着ていて、染めたのか、髪は茶色と金髪が混じって不思議な色になっている。そして、見るからに人を軽蔑している笑いを浮かべ、偉そうにふんぞり返ってドアをふさいでいる。
もう一つのドアの前にも少年が座っていたが、こちらはちぢこまっていて、いかにも気弱そうだ。
「御覧の通りここには二部屋しかないんでね、お帰りいただこうかな?」
劇画のようなしゃべりの男が、嘲笑うような目でアンゲルを睨んでいる。
「僕、本当はこんなことしたくないんです」
気弱そうな少年がつぶやいた。こちらは学生らしく、白いシャツに黒のスラックス姿だ。
アンゲルはその少年のあまりの肌の青白さに驚いた。見るからにか細く、体が弱そうだ。
しかも目が白い。
アンゲルはその奇妙な目の色が気になって、じっと少年の目を見つめてしまった。
目が白いな。いや、グレーか?
いや、色がないぞ?なぜだ?盲目か?
「エブニーザ!」劇画男があきれたような声を出した「あー、俺はヘイゼル。ヘイゼル・シュッティファントだ。君も聞いたことがあるだろう?」
「ない」
「えっ?」
アンゲルが白けた顔で即答したので、ヘイゼルは驚いたようだ。
「シュッティファントだぞ」ヘイゼルが立ち上がって、アンゲルに近寄ってきた「聞いたことないか?」
「俺は管轄区から来たんだよ。ティッシュファントムなんか知らないね」
「シュッティファントだ!人をティッシュお化けにするんじゃない!」
ヘイゼルが叫んだ。耳に響く大声だ。
「ティッシュファントム……」
目の白い少年が、くすくすと笑いだした。
宗教画の天使みたいだな。
アンゲルは笑っているエブニーザを見てそう思った。青白すぎる顔色は除くとして、明るい金髪、奇妙な白っぽいグレーの瞳、端正で美しい顔立ち、笑った顔の優しさ。
確か、エリ・クレマーシュが描いた女神の絵に、そっくりな天使が描かれていたような気がする。美術の教科書に載っていた……。
「そっちの君は、何て名前だっけ?」
アンゲルはヘイゼルを無視して、気弱そうな少年に話しかけた。
「エブニーザ……デリス」
エブニーザの顔から笑いが消え、怯えが走った。
「俺はアンゲル・レノウス。心配しなくても君の部屋はとらないよ。こっちのティッシュ何とかを退治することにしたんでね」
「ティッシュじゃない!シュッティファントだ!!」
ヘイゼルがまた叫んだ。その声があまりにも大きかったので、アンゲルは両手で耳をふさいで後ろに数歩下がった。
「僕は床で寝るのに慣れてますから、そこのソファーで寝てもいいですよ」
「エブニーザ!!!」
ヘイゼルが、部屋の空気が振動するようなすさまじい声でエブニーザを怒鳴りつけた。
エブニーザは怯えてびくりと体を震わせた。顔からますます血の気が引いていく。
まるで犬のような扱いだな!とアンゲルはエブニーザを気の毒に思い始めた。しかも、話し方が妙に丁寧だし、怯え方も普通じゃない。友達同士にしては何かがおかしい。
「床で寝るのに慣れてる?それは問題だな」
「こいつは苦労人だからな」
ヘイゼルがつぶやき、後ろのドアを開けたかと思うと、中からサッカーボールを持ち出してきた。アンゲルに向かってにボールをかざしてにやりと笑う。
「これで勝負だ!」
「サッカー?」
アンゲルはにやりと笑った。サッカーは誰よりも得意だ。管轄区では少年チームに所属してメンバーをまとめていたし、去年の大会では、管轄区の優勝チームのフォワードだった。何より、目の前のティッシュお化けに負ける気なんて微塵もしない!
「悪いけど、勝つのは俺だ!」
「おーおー言ったなこの野郎!」
ヘイゼルがボールを思い切り蹴った、アンゲルは胸で軽々と受け止めてリフティングを始めた。ヘイゼルがボールを奪うために飛びかかってきた。
「ああ!駄目ですって!室内でサッカーは禁止だって前にも……」
エブニーザはおろおろしながら二人を止めようとしたが、二人があまりにもめまぐるしく動き回るのでとても追いつけない。アンゲルはヘイゼルにボールを渡さないように部屋中を飛び回る。ヘイゼルも本気で追いかける、二人とボールはソファーや家具の上を飛び、あらゆるものを倒し、エブニーザは泣きそうな顔で『やめてください!やめて!やめてってば!』を繰り返し叫んでいた……。




