5-13 アンゲル エレノア
アンゲルとエレノアがフランシスの部屋に行くと、まだ白ひげが二人にお説教(常識がどうとかいう、いかにもヘイゼルが嫌いそうな話)をしていた。
「あれ誰?」
「さあ……」
「小さいころからお説教をされている方で、二人とも、あの方が苦手でいらっしゃるの」女中がそーっと二人の間に割って入ってきた「とても話が長いですから、しばらく静かですよ」
仕方がないので、二人はアンゲルの部屋に戻った。
アンゲルはそこで初めて『エレノアと部屋に二人っきり……』と気づいて顔が真っ赤になった。
いや、別に、変なことを考えているわけじゃないけどな!!
「エブニーザはどこに行ったのかしら?」
エレノアがつぶやいた。
アンゲルは『またエブニーザか!』とがっかりしたが、一緒に探しに行くことにした。
しかし、館内をひととおり探しても見つからない。
「どこ行ったんだ?」
アンゲルがふと窓の外を見ると、誰かが倒れているのが見えた。
慌てて外に出ると、やはりそれはエブニーザだった。
そばには、何かを燃やした跡がある。
「エブニーザ!」
エレノアが慌てて、エブニーザをゆすって起こそうとしたが、反応がない。
「他に燃やすもの、ない?あと、食べ物」
「えっ?」
エレノアが非難するような目でアンゲルを見た。アンゲルは構わずに笑った。
「ヒマだから、三人でここでなんか焼いて食おう。あの二人がいないうちに平和な休暇を楽しもうじゃないか」
アンゲルはわざとらしい、おどけた声でそう言うと、
「寒いな。コートも取ってきた方がいいかも」
ひとり言のようなことをつぶやきながら、館に戻っていった。
「エブニーザ!起きて!風邪ひいちゃうってば!」
エブニーザは薄眼を開けたが、目の前にいるエレノアに気がつくと、
「……ほっといて」
と言ってまた目を閉じてしまった。
「ほっといてって……」
そんなに私と話すのが嫌なの?
エレノアはがっかりした。
それにしても……あいかわらず、なんて綺麗な顔をしているんだろう。
アンゲルは館の中に入って、まず自分の部屋にコートを取りに行った。それから、フランシスの部屋を覗いて、まだ白ひげが説教を続けているのを確認。
いいぞぉ、一生しゃべってろ!!
にやけながら台所を探し出し、
「燃やすものと、食べ物あります?」
と聞いてみた。中にいた女中が怪訝な顔をしたが、説明すると、新聞紙の束、マッチ、じゃがいも、小魚の干物を渡された。
「なんだろうこれ、食べたことないなあ……」
小魚をかかげて見ながら外に出ると、まだエブニーザは寝ていて、そばにエレノアがすわりこんで、心配そうな、さみしそうな顔でエブニーザを見おろしていた。
アンゲルはため息をついた。
あの顔は、完全に恋をしてる顔だなあ……。
「こんなのもらったよ」
アンゲルは、無理矢理笑顔を作りながらエレノアに近づいていき、自分のコートをエレノアの肩にかけた。
「あなたは寒くないの?」
「平気」
「この前凍えてたじゃないの。寒いのは苦手なんじゃ……」
「……そんなこともあったね」アンゲルは自分が嫌になってきた「エブニーザは?」
「一回起きたのに、『ほっといて』ってつぶやいてまた寝ちゃったのよ!」
エレノアは不満そうに叫んだ。
「よほど人に会いたくないんだなあ……さっきもクローゼットに閉じ込められた時『ここのほうが静かでいい』って言ってたんだよ。出てきたくなかったみたいだ。そもそもこの別荘にも来たくなかったらしいんだよ。クーがいないし」
「クー……」
エレノアが暗い顔をした。アンゲルはそんなエレノアを見たくなかったので、手元に集中した。新聞紙をばらばらにし、ジャガイモを埋めて火をつけた。幸い風はほとんどない。
「これ、どうするかなあ……放り込めばいいかな?」
小魚を見て悩んでいると、エレノアが、
「網か棒、ない?」
と言いだした。そして林に走っていって、細い枝を何本か拾い、小魚を突き刺して、炎の周りに立てていく。
「慣れてるね」
「旅芸人の生活って、キャンプみたいなものだから」
エレノアが笑って、旅先でのいろいろな出来事をしゃべりだした。アケパリの母方の祖母は薬剤師で、庭がハーブで埋め尽くされていること。アケパリの公演はいつも大盛況だったこと。母が猛獣使いなので、小さいころからレッドタイガーや蛇と遊んでいたこと。旅先で資金がなくなったとき、父が『釣り禁止』の川でこっそり魚を釣って、それで何とか栄養を取っていたこと。キュプラ・ド・エラのサーカスと共演した時、ピエロの女の子と仲良くなったのに、その子が公演中の事故で亡くなってしまったこと。ドゥロソでエレノアが男に追いかけられたとき、曲芸師の父親がトラの檻を開けたとたん、男が悲鳴を上げて逃げて行ったこと……。
「そりゃ逃げるだろ。食われたくないし」
アンゲルはそう言いながら『自分がやられたらどうしよう?』と内心怯えていた。
「でも、トラは檻から出てこなかったのよ」エレノアが、焼けた小魚をかじりながら笑った「母の言うことしか聞かないの。入口を開けても逃げないのよ」
「へえ……」
エブニーザも、眠ったふりをしながら聞いている……。




