3-15 エレノア ライブに行ってみる
エレノアは、学校の先輩たちが出演するライブを見に行くことになった。同じ音楽科の人たちがどんな曲を作って、どんな歌を歌うのか興味があったし、もしかしたら、仲良くなれる人も少しはいるかもしれない……。そんな期待をしながら。
しかし、辿り着いた会場は狭く、汚い小屋のようなところだった。
煙草の煙で空気が悪い。壁にはゴシックやハードロックグループのポスター、イベントの日程が貼ってある。十人ほど入ったらいっぱいになるようなスペースに、安物の丸椅子がたくさん並んでいて、ステージにはチューニングにてこずっている先輩が数人見えた。実は、予定開始時刻をもう30分以上過ぎているのだ。
「なんか、機材が合わなかったらしいよ」
と誰かが話しているのが聞こえた。
それくらい、前の日に調整できなかったの?
エレノアは心から疑問に思った。煙草の煙でのどがおかしくなりそうだったので、飲み物を探した。古い時代の衣装と帽子を身に着けていたエレノアは、ドリンクの販売員に、
「あれ、それコスプレ?似合うね。令嬢っぽい」
と言われてしまった。
苦笑いしていると、ハウス内が暗くなり、ようやく演奏が始まった。
しかし、どの出演者も……下手だった。
音楽学校の生徒のはずなのに、歌の音程ははずれ、ギターやピアノは弾き間違い、もともとどんな曲だったのか想像するのが難しいほど悲惨だ。バンドの音響もめちゃくちゃで、耳が割れそうなほどの大音響。
エレノアが耐えきれず耳をふさぐと、近くの席にいた学生が真顔で睨んできた。
曲の合間にMCが入るのだが、みんな気取っていて、偉そうで、『人類の未来を守ろう』とか『世界の平和のために歌います』とか、『俺の歌でみんなを幸せにするぜ』とか、演奏とまるでかみ合っていない壮大さだった。それに合わせて「イエーイ」とか「オー」とか叫んでいるのは、おそらく同じ学科の生徒か、顔見知りだろう。少なくとも、初めてこの会場に来た人が、あんな演奏でそこまで盛り上がれるとは、エレノアはどうしても思えなかった。
全ての演奏が終わるまで耐えて、帰ろうとすると、どこかで見たような顔の先輩たちに、
「どうだった?」
と、声をかけられた。
「あのー、よかった、です」
エレノアは笑いを作って答えたが、その場の空気は凍りついてしまった。明らかに嘘をついているとばれてしまったようだ。かといって他に何と言えばいいだろう『低レベルな演奏でがっかりです』なんて言ったら、何が飛んでくるかわかったものではない。
冷ややかな視線の中、逃げるように外に出たエレノアは、入口にいるケンタを発見。
「よう、エレノア。とっとと逃げるぞ」
「えっ?」
ケンタは、ギターケースでエレノアをかばうようにして近くに寄せ、ささやいた。
「先輩がたの耳に入らない場所に逃げて、悪口を言おう」
いたずらを仕掛ける子供のような口調だった。エレノアは笑ってしまった。
二人で道を走り、もう誰も追いかけてこないだろうというところで、
「最悪のライブだな。客がかわいそうだ」
とケンタが吐き捨てるように言った。
「えっ?」
「エレノアがさっき先輩に絡まれてるの見て、俺『顔見知り少なくてよかった』って思ったよ。このライブを『どうだった?』って聞かれたって『最悪だ、客をバカにしてんのか、ほんとにプロになる気があんのか?』としか言えない。アケパリ語で言うと『愚の骨頂』だな。練習不足が音からも明らかだ。そのくせ、トークだけは一人前に偉そうなんだから最悪だ」
「そこまで言わなくても」
とエレノアは言ったが、本心はケンタの言ったとおりだった。
「イシュハのライブハウスってみんなこんな感じなの?なんだか怪しげな」
「うーん、俺もよく知らないけど、ロックが主流だからね。だいたい似たようなもんだと思うよ。俺がアケパリでライブやった会場も似たようなもんだった」
「そう……」
エレノアは野外や、大きなテントの中で歌うことが多かったので、ライブハウスの暗い、閉鎖的な空間に圧迫されるような気がした。
もっと開放的な場所で活動はできないんだろうか……それにしても、どうしてあんな、未完成の未熟な状態で、人前で歌おうなんて思うんだろう……いや、自分だって、未熟な子供のころから人前で歌っていた……でも、何か違う気がする……何だろう?
「エレノア、やっぱり変な男が後ろをつけてくるんだけど」
「えっ?」
後ろを見ると、また、先日と同じ背格好の学生が、慌てて走り去っていくのが見えた
「何かしら……怖いわね」
「エレノアのファンなんじゃない?俺、そのうち襲われるかもなあ」
「やめてよ」




