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アンゲルとエレノア  作者: 水島素良
第三章

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3-9 アンゲル ヘイゼル エブニーザ 男子寮の部屋 

 エレノアはエブニーザに気があるな!

 アンゲルは、エレノアのうきうきした話し方から(勝手に)確信していた。

 寮に帰ってからエブニーザの部屋のドアを叩いた。反応がない。

 帰って来てないのか?

 何度もたたいたが、反応がないので、あきらめた。

 ソファーで勉強しよう……と思ってドアに背を向けたとたん、中からうめくような声が聞こえた。

「エブニーザ?」

 もう一度ドアを叩く。ドアノブを回す。カギは開いていた。

「入るぞ?」

 ドアを開けると、エブニーザが真っ青な顔で床に倒れていた。全身ががたがたと震えている。

「おい!どうした!?」

 慌てて顔を覗き込むと、異常なほど目を見開いていた。何か話そうとしているのだが、言葉がうまく出ないのか、うなるような声を発するだけで、何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 アンゲルはあわてて事務に走った。どう対処していいか全くわからない。とにかく慌てていた。事務にかけこんだはいいが、あわてすぎて息が上手くできず、自分でも何を言っているかわからない説明になってしまった。

 事務が医者を呼び、医者が部屋に到着した時、ヘイゼルが帰ってきた。

「ああ、また何か思い出したのか?」

 医者が部屋にいることに、全く驚いていない様子だ。

 二人で、エブニーザをベッドに乗せ、医者が薬を飲ませた。

「心配しなくてもいい。でも、今日は安静にするように。興奮するようなことを言わないようにね」

 とだけ医者は言い残して、去って行った。

「よくあることなんだ」眠っているエブニーザを覗きこみながらヘイゼルが話し始めた「突然昔のことを思い出して、パニックだ。いや、別な光景を見たのかもな」

「別な光景…?」

 一体何の事だ?

「寝てりゃ治まる。それとな」ヘイゼルが深刻な面持ちでアンゲルを睨んだ「こいつが『かわいそうな女の子』の話を始めたら、だまって聞いてやってくれ。絶対『そんなの妄想だ』なんて言うなよ?」

「は?」

「こいつと仲良くしてたらいずれそういう話もされる。頼むから黙って聞いてくれ」

「おいおい、お前らしくないな、頼むだって?」

「大事なことなんだよ。頼む」

 ヘイゼルのいつになく真剣な様子から、これはかなり深刻な話だ、とアンゲルも気がついた。しかし、どういう意味なのかはさっぱりわからない。

「その『かわいそうな女の子』って何だよ?」

「そのうちわかるさ」

 しばらく二人とも黙っていた。こういう場に適切な会話なんて二人とも知らないのだ。かといって、この場を離れていつも通りの生活に戻っていいものか?

 ふと、アンゲルはシギに聞いた話を思い出した。

「お前、利用できない奴としか仲良くしないって本当?」

「そんなことをストレートに聞く奴があるか」とヘイゼルが呆れた顔をした「その通りだ」

「おいおい、俺はごめんだぞ、お前に利用されるのなんざ……」

 ヘイゼルがにやりと笑った。

「悪いが、もう利用済みだ」

「えっ?」

「まあ、気にするな」

 ヘイゼルが部屋を出て行く。

 アンゲルはあわてて追いかけた。

「おいおいおい、どういうことだよ?俺に何したんだよ?」

 しかし、ヘイゼルは何も答えずに自分の部屋に入り、アンゲルの目の前でドアを勢いよく閉めた。ノックをしても反応がない。

 アンゲルはソファーに戻って読書を始めたが、いろいろなことが気になって集中できなかった。そうだ、エレノアがエブニーザの話をしていたんだっけ?それにしても『かわいそうな女の子』って何だよ?それに、ヘイゼルは一体俺を何に利用したんだ?



 その頃、シュッティファントの当主(ヘイゼルの父親)は、バカンス先で日光浴をしながら、秘書とこんな話をしていた。

「管轄区から来たとても優秀な学生が、どうしても、どうしても、どーうーしーてーもーヘイゼルと同室じゃないと嫌だと言い張っているらしいのだ」

「え~?それ本当ですかぁ?」若くてかわいい水着の秘書が、心から疑問の声を発した「あんなわがままと同じ部屋がいいなんて、言っちゃ悪いけど金目的ですかぁ?」

「それが、そうでもないらしい。純粋なるシュッティファントのファンらしい。たまにそういう奇特な人間もいるものだ。しかし、私はヘイゼルを、北の更生施設にでも放り込もうと思っていたのだが……」

「北っていうと……あれですか、この前テレビでやっていた、鬼教官が3年がかりでびっちり不良をいびりまくって、気力のないつまらない人間に作りかえるという……?」

「人聞きの悪いことを言わないでくれたまえ。極めて真面目で社会的に有益な施設だよ。乱暴な人間を大人しくするのだ。世の中のために役立っているのだよ。私も出資しているから入れるのは簡単なのだ」

「じゃあ、その学生もいっしょに放り込んじゃえばいいじゃないですかぁ」

「しかし、管轄区からの真面目な学生にそんなことをしたら国際問題になりかねん。最近管轄区とイシュハは微妙な関係なのだ。しかも、シュタイナーからあずかった子も一緒にいるからな。うかつなことはできんのだ」

「シュタイナーが絡んでるんならしょうがないですねぇ」

「まあ、あのヘイゼルと一緒で何日持ちこたえられるか疑問だね。管轄区の二人組がどちらもダウンしたら、息子を北に送りこむことにしよう……」



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