1-3 ヘイゼル・シュッティファント シュタイナーの館
「エブニーザは絶対、イシュハの学校に行かせるべきです!」
同じく管轄区の、大富豪シュタイナーの豪邸の一室。
ヘイゼル・シュッティファントが、国会の宣誓のような口調で宣言した。
彼は北の国イシュハの大富豪の息子であるが、アルターの学校で問題を起こし、停学になったため国を抜け出して、シュタイナーのところへ『経済のお勉強』と称したバカンスにやって来た少年である。全ては父親のコネがなせる業である。
「そうかな?」ヨシュア・クルツ・シュタイナーは、デスクの上で華麗な革表紙の本をめくり、愛用のモノクル(片メガネ)をいじりながらつぶやいた「私は、ここにおいたまま、家庭教師をつけようと思っていたんだが。なんせあいつは音やら声やら、他人を怖がるだろう?監禁の後遺症で」
「だからこそですよ!シュタイナーどの!」
ヘイゼルが書斎の机にバン!と両手をたたきつけて、シュタイナーを覗きこんだ。
シュタイナーはこの呼びかけ方が気に入らなかったのか、顔をしかめた。
「確かにあいつは何にでも怯えるし、時々妄想めいたことをしゃべったり、勝手にパニックに陥ったり、困った奴ですよ。可哀相な奴です。さんざん暴力をふるわれたんだから仕方ありません。でも、今のうちに普通の、世間というものに慣れておかないと、本当に将来は危うい。今やみんな競争しているのですからね。甘やかしていたらあっという間にどん底に落ちちまう。それに、あいつは素晴らしい才能を持っているのですぞ!難解な本も簡単に読むし、学校に行ってない癖に何ヶ国語も読めるし(しゃべるのは母国語でも苦手なようですがね!)株の暴落も、世界情勢の行方もぴたりと当てるんです!予知能力というのか洞察力と言うのか、とにかく、ここでいつまでも被害者扱いしていたのでは、せっかくの才能がつぶれますよ。これはあいつだけじゃなく、あなたにとっても損失じゃないですか?」
シュタイナーは、選挙演説のように勢いよくしゃべるこの少年を、うさんくさそうな顔で見つめていた。
「ご心配なく。俺もアルターの学校に戻る決意をしたのです(ほんとは二度と行きたくないんですけどね、あんな古臭い年寄りだらけの監獄にはね!)あそこの寮は二人部屋だ。俺があいつと同じ部屋に住んで面倒見ますよ」
「そこまで君がエブニーザに入れ込む理由は何だね?」
「あいつは使えるからですよ」
ヘイゼルは、策略を含んだ、そして、それを隠さずに前面に押し出した上目づかいで、目の前の大富豪の顔を覗き込んだ。
「他に理由が要りますか?」
不敵に笑うその顔つきは、とても十代の少年には見えなかった。壮年期を過ぎて経験を積んだ策略家の顔だった。
「いかにもシュッティファントらしい発言だな!」
シュタイナーが人を呼んだ。執事が入ってきた。わざとらしくモノクルに手を当てながら、何か書類を見せて指示を与えているようだ。
小声で話していたのではっきりは聞こえなかったが、ヘイゼルは、事態は自分の希望どおりに動いていると思った。なぜなら、シュタイナーの小声の端々に『アルターの学校……医者は近くに…………そういう子供のサポートは……』というフレーズが聞こえたからだ。
「いいだろう。費用は出そう」執事が去ったあと、シュタイナーが表情を変えずに言った「ただし、エブニーザ自身が行きたいと言うのであれば、の話だ」
「行きたいに決まってますよ」
ヘイゼルが自信ありげに笑った。